水波に家事を任せてただ達也とゆっくりする。少し前までは水波に達也の世話を取られるという考えからありえなかったことだが、今はこんな時間もいいかもしれないと思い始めていた。
「達也様は、新入生主席の三矢詩奈ちゃんの事をどう思いますか?」
「会った事がないからどう思うかもないが、七宝のように野心家ではないらしいな」
「あら、何処でお聞きになられたのですか?」
「母上に報告する際に、そういう話を聞いただけだ」
達也が自分に隠れて詩奈と会ったのではないかと一瞬考えた深雪ではあったが、種を明かされれば簡単に納得が出来た。同じ十師族であり、四葉の力を以ってすればそれくらい調べられるだろうと深雪も知っているからだ。
「新入生主席よりも問題なのは、反魔法師運動の方だろうな」
「まだ落ち着かないのですか?」
「落ち着くどころかヒートアップしてると言えるだろう」
「まったく……魔法師も一国民であることを理解していないのでしょうか」
「していても気づかないフリをしているだけだろ。こういうのは世間を騒がした方が勝ち、みたいなところがあるからな」
過激な報道をしているマスメディアに対して、達也がそのような嫌味を溢す。元々マスコミ嫌いな達也だが、これが原因でさらに嫌いになっているようだと深雪は感じていた。
「亜夜子ちゃんもですが、達也様のマスコミ嫌いも相当ですよね」
「事実を公平に報道するのであれば、俺だってここまで毛嫌いすることは無い」
「その通りですが、それは難しいのでは?」
「だが、出来ない事ではないだろ。まぁ、こんなところで俺たちがマスコミの事で論じる必要は無いんだが」
「そうですね。今はゆっくりと過ごしましょう」
達也を休ませるために自分がここにいるのだと思い出し、深雪は何か話題は無いかと思考を巡らせる。
「達也様が当主になられた場合、序列などは如何なさるおつもりですか?」
「特に何もしないが……それが何か?」
「達也様に対して反抗的な態度を示している青木さんなどは、何処か遠くに追いやるべきではないでしょうか? 例えば、司波達郎と共に更迭するとか」
「青木さんの能力を四葉から切り離すのは惜しいだろ。それに、あの人だって特に何かをしたわけじゃないんだ。いきなり更迭されたら他の重役から不満が出るかもしれないだろ」
「何もしていないから更迭されるんですよ。何も結果を出さない重役など必要ありませんし、達也様を道具扱いしていた時点で、後妻と共に追い出したい気分です」
深雪の父親嫌いも相変わらずだと達也は思っていたが、自分に対する態度でどうこうするつもりは達也には無かった。だが、深雪だけではなく真夜も同じような事を言っていたなと思い出し、万が一の時は好きなようにやらせようと心に決めたのだった。
水波が用意してくれた夕食を摂り、達也は入浴の為に風呂場へ向かう。その背中を名残惜しそうに見送っていた深雪に、水波が耳打ちをする。
「お背中をお流しして差し上げたら如何でしょうか?」
「そっ、そんなこと出来るわけないでしょ! 達也様の裸体を……」
「達也さまと深雪様は元兄妹、現在も従兄妹関係なのですから、他の婚約者の方よりかは問題ないと思いますが」
「そうかしら……」
「それに、この家にはお二人を除けば私しかおりません。私は誰かに深雪様の言動を漏らすつもりはありませんし、達也さまもそのような事を言いふらすお方ではありません。ですので、深雪様さえ問題ないのであれば、出来ないという事は無いと思いますよ」
「そう、ね……達也様のお背中をお流しするのは私の義務ですものね!」
何かおかしな解釈をしたようだと水波は思ったが、せっかく決心したのに水を差すのもあれだと思い口は挟まなかった。
「それじゃあ、私もお風呂に行くわね」
「ごゆっくりと。こちらは私が片づけておきますので」
水波に背中を押され、深雪は達也が入浴中の風呂場に向かう。驚かす事は出来ないが、もし自分が入ってきた時に拒否反応を示さなければ、それは同意されたに等しいと深雪は思っている。
『深雪、どうかしたのか?』
「達也様、お背中をお流しいたします」
脱衣所と浴室を隔てる扉越しに達也に声を掛けられ、深雪は用件を告げる。深雪には達也程気配を察知する能力は無いが、この距離で相手が達也ならどういう反応をしたのか手に取るように分かる。
『……深雪がしたいようにすればいい』
「っ、はい!」
達也が許可してくれたのが嬉しかったのか、深雪は必要以上に大きな声で返事をする。さすがに肌を見せるのはと躊躇われたが、今更それくらい気にする必要ないのではと考え、深雪も衣服を脱ぎ去り浴室へ移動する。
「達也様、あまり見ないでください」
「いや……すまない」
達也が見ているのではなく、深雪が見ているのだが、達也はその事にツッコミは入れずに素直に謝った。
「それでは、お背中お流しいたします」
「ああ、頼む」
目を瞑り深雪に背中を向ける達也。深雪はその背中の大きさに息を呑み、今更ながらに恥ずかしさを覚えていた。
「(つい水波ちゃんに乗せられちゃったけど、これって大胆過ぎないかしら?)」
いくら達也が目を瞑っているとはいえ、自分はバッチリと達也の裸体を視界に収めているのだ。この後気まずくなるかもしれないと思いつつ、深雪は精一杯達也の背中を流す事だけに集中するのだった。
思いっきり甘えてる感が出てる