劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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四月も半分が終わってしまう……


IF婚約者ルート深雪編 その3

 風呂とは別の理由で逆上せた深雪は、水波が用意してくれた冷たい水を一口飲み、リビングのソファに腰を下ろした。

 

「深雪様、大丈夫ですか?」

 

「少し休めば大丈夫よ……水波ちゃんに乗せられてついつい行動に移しちゃったけど、今思うと大胆過ぎないかしら? 達也様にはしたない子だと思われたらどうしましょう」

 

「達也さまが深雪様の事をそのように思うはずがありません。そもそも、深雪様を拒否しなかった時点で達也さまも同罪ですから」

 

 

 達也が深雪の願いを断ることは無いと分かっていて深雪の背中を押した水波は、ある意味確信犯だったのだろうと、深雪は今更ながらに考えていた。

 

「それで、達也さまは?」

 

「地下室でCADの調整をなさるそうよ。沖縄で使った秘術の改良も兼ねるそうだから、結構時間がかかると仰られていたわ」

 

「達也さまの秘術……『ゲートキーパー』ですか……」

 

「なにか不安でもあるのかしら?」

 

 

 歯切れの悪い水波に、深雪はこの際だから何を気にしているのかを尋ねる。ここには自分と水波しかいないのだから、誰に遠慮する必要も無いという意思表示をして、水波に問題点を尋ねたのだ。

 

「達也さまが得意とする『アンティナイトを必要としないキャスト・ジャミング』同様、対処法が確立されない限り世に出さない方が良いと思います」

 

「確かにキャスト・ジャミングも反魔法師主義者も使おうとすれば使えるからと発表をしていないけど、今回の秘術は叔母様が完成を待ち望んでいるものだもの。いくら達也様とはいえ、叔母様から正式に依頼されているものを完成させずにおくなどという事は出来ないわ」

 

「ならせめて、完成を遅らせる事は出来ないでしょうか? 今の時世に魔法師無力化魔法など、危険でしかないと思うのですが……」

 

「常にゲートを見張る必要があるから、今のところ達也様にしか扱えない魔法……でも、達也様はいずれ魔法師なら誰でも使えると考えているものね……他国のスパイがこの魔法を使って、この国の魔法師を貶めるかもしれないわね……一度、達也様に相談した方が良いかもしれないわね」

 

「では、その意見は深雪様から達也さまへお伝えください」

 

「私が? 水波ちゃんの懸念なのだから、水波ちゃんが伝えるべきだと思うけど」

 

「私が進言するよりも、深雪様が進言なさった方が達也さまもご一考してくださると思いますし、真夜様のお耳に入った場合、私の意見では一蹴される可能性がありますので」

 

 

 水波は気にし過ぎではないかと深雪は感じたが、確かに真夜が完成を待ち望んでいるものにストップを掛けたのが水波では後々、彼女の立場が危ういかもしれない。そう感じて深雪は水波の意見を達也に伝えるために地下室へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調整が済み、いよいよ研究再開というタイミングで深雪がやってきたのを受けて、達也は彼女を正面に座らせて用件を尋ねた。

 

「――なるほど。確かにその可能性はあるだろうね」

 

「キャスト・ジャミング同様、達也様が対抗策を編み出すまでは発表しない方がよろしいと考えます。もちろん、四葉家内のみで使用する分には完成を急いだほうがいいとは思いますが」

 

「母上が期待しているからね。のんびりとしてる暇は無いだろう。だが、確かに水波の懸念は一考に値する」

 

「……私、水波ちゃんの懸念だと言いましたっけ?」

 

 

 自分が口を滑らしたのかと不安になったが、達也は人の悪い笑みを浮かべながら首を横に振る。達也は深雪から聞かされた懸念を、最初から水波のものだと理解していたのだとその表情から理解し、深雪は不貞腐れたように視線を逸らした。

 

「相変わらず達也様は意地悪です! 最初から水波ちゃんの意見だと分かってて聞いていたのですね」

 

「深雪の懸念でもあるだろうとは思ったが、キャスト・ジャミングの時も深雪は公表しても良いと考えていただろ? だから、今回も誰かに説得されて意見を変えたんじゃないかと思っただけだ。そして、この家にいるのは俺と深雪を除けば水波だけだ」

 

「さすがです、達也様。お見事な推理です」

 

「これくらい誰にだって分かると思うぞ」

 

 

 手放しに賞賛してくる深雪に、達也は苦笑いを浮かべながら彼女の頭を撫でる。

 

「一度、母上に相談した方が良いだろうな。だが、もちろん深雪や水波の名前は伏せておくから、そんな顔をするな」

 

「大丈夫でしょうか? 叔母様は『ゲートキーパー』の完成を待ち望んでいるとお聞きしていますが」

 

「深雪や水波の懸念する事は確かにあるんだ。母上だって考え無しに進めていいとは考えないと思うぞ」

 

「そうだと良いのですか……」

 

「まぁ、こっちの研究が出来なくても、恒星炉の方があるから暇にはならないさ」

 

 

 深雪が少し期待した表情を浮かべていたので、達也は申し訳なさそうに告げる。二つ同時に研究を進めていたのだから、今までが忙しすぎただけで、元に戻るだけだと。

 

「残念ですが、達也様の邪魔はしたくありませんので」

 

「今日くらいは甘えてもいいぞ?」

 

「えっ! ……も、もう子供ではありません」

 

「明日からまた忙しくなるんだ。今日くらいと割り切ればいいだろ」

 

 

 達也の提案は物凄くありがたいのだが、深雪はさっきの風呂場での事を思い出して踏み出せずにいた。だが、達也が繰り返し提案すると、深雪の中で何かが崩れ去った。

 

「では、深雪が眠るまで手を握っててくださいますか?」

 

「いいよ、そのくらいでいいならね」

 

「えっ……もっと望んでも宜しいのでしょうか?」

 

「抱いてほしい、以外なら構わないぞ」

 

 

 達也の言葉に顔を真っ赤にしながら、深雪は達也に「同じベッドで寝たい」とおねだりしたのだった。




最後の最後でヘタレる深雪……

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