劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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たまには出してあげないと……


IF夢ルート その1

 沖縄から戻ってきた日の夜、達也は珍しく夢を見た。普段は夢など見ない程深い眠りに就くのだが、今日はそれほど熟睡出来なかったのだろうと、達也は自分の状況を冷静に分析していた。

 

「沖縄に行ったせいでですか? 貴女がここに現れたのは」

 

「久しぶりだっていうのに、随分と冷たい反応ね? 昔みたいにもうちょっと柔らかく接してくれても良いんじゃないかしら? それとも、沢山の女性が婚約者として君の側にいるから、もう私になんて興味なくなったのかしら」

 

「そんなことは言ってませんし、思ってもいません。ですが、夢の中でしか会えない貴女とどう接すればいいのか分からない、という事は感じています」

 

「相変わらず何でもかんでも理論付けて考えようとするのね。どうせ夢なんだからって割り切って接してくれればいいわよ」

 

「そもそも、夢だからといってこんなに都合よく現れる事が出来るんですか?」

 

「君の心に私が根深く居ついてるからじゃないかな? 奥様より私の方が君に近かったって事だと思うけど。実際、奥様が君の夢に出てきたことは無いでしょ?」

 

「ありませんね。そもそも俺は夢を見ない体質ですから。こうして貴女が現れる時じゃなければ、こうして夢の中でまで考えを纏めようとは思いません」

 

「そう……わざわざ私の為に沖縄まで来てくれてありがとね」

 

「何も桜井さんの為だけってわけじゃなかったのですがね……深雪は兎も角、俺は別の用事もありましたから」

 

 

 少し視線を逸らしながら、達也は沖縄滞在の目的が慰霊祭の為だけではないと告げる。もちろん穂波もその事を知っていたが、あえて知らなかったように反応して見せる。

 

「達也くんにとって、私はもうそれだけでしかないと?」

 

「分かってて言ってますよね? 何時までも貴女に固執してられる立場では無くなってしまったのですし、貴女の生き写しである水波を見るたびに不甲斐なさを感じている事も」

 

「生き写しというより、同じ遺伝子を持つ子だからね。それにしても、この数年で達也くんは本当に強くなったね。立場もそうだけど、あの時と比べれば魔法の方もだいぶ成長してるし」

 

「封じられていた魔法力も取り戻しましたし、それ以上に鍛錬も欠かさなかったので」

 

「達也くんはあの日、数えられない程の人を救ったのに、君自身は救われなかったのね」

 

 

 ゆっくりと達也との距離を詰めていた穂波は、達也を癒すように――あやすように抱きしめる。彼があの時本当に救いたかったのは二人。一人はもちろん深雪で、もう一人は今目の前にいる女性。夢だと分かっているのに、会うと嬉しく、心が締め付けられる相手だけだったのだ。

 結果的に大勢の人を救い、事実を知るものからは英雄視されたりもしたが、達也は自分が救えなかった彼女の事を今でも気にしているのだ。今の力があの時あれば、とは思わないが、もう少しうまく立ち回れなかったのだろうかとは思う時がある。その都度、自分のふがいなさと実力不足を痛感し、更に高みを目指そうとこれまでやってきたのだ。

 そんな達也の心の裡を見透かしたように、穂波は優しく達也を抱きしめる。泣くことはしないが、達也は全身の力を抜いて、穂波に身体を預けた。

 

「何時までも過去に引き摺られるのは悪い事じゃないわ。でも、気にし過ぎは駄目よ」

 

「分かっています。響子さんにも言いましたが、あの式典で区切りをつけるべきだと分かってはいるのですがね」

 

「響子さんって、確か独立魔装大隊の人よね? 随分と親しそうだけど」

 

「婚約者の一人ですし、いろいろとお世話になったりお世話したりの間柄ですから」

 

「生きてる時に達也くんに名前で呼ばれた事なんて数えるくらいしかないのに、羨ましいわ」

 

「そんなこと言われましても、桜井さんが存命の時は、まだ司波深夜も存命でしたから。彼女のガーディアンである貴女と必要以上に親しくしていたら、あの人が怒った事でしょう」

 

「まぁ、奥様は必要以上に達也くんに厳しかったからね。今思えば、実の息子じゃなかったからなのかしら?」

 

「どうでしょうね。深雪の考察では、精神構造干渉魔法の副作用なのではないかとの事ですが」

 

「まぁ、あれだけの魔法を使って、何の副作用もないなんて方がおかしいんでしょうけど、他の人には奥様は優しかったわよ?」

 

「だから、俺に対してのみに出た副作用なのではないかと」

 

 

 達也がほとんどの感情を失ったのと同時に、深夜も達也に対しての愛情を失ったのではないか、というのが当時深雪が感じた事だった。だがその真相を調べようにも、既に深夜は他界しており、真夜はその事に関して一切口を開こうとはしない。だから深雪も自分の考えが当たっているのか、それとも間違っているのか確かめようがないのだが、自分の考えが当たっていると何か確信めいたものを感じさせていた。

 

「真夜様は当時から君の事を息子のように接していたけど、まさか本当に息子だったとはね」

 

「母親だと思っていた相手が伯母で、叔母だと思っていた相手が母親だった、というだけの話ですから。そもそも、遺伝情報で知っていましたから」

 

「ほんと便利よね、その眼」

 

 

 精霊の眼の事は穂波も知っているので、達也が深夜の子ではないという事を本人が知っていたと言っても驚く事は無かった。むしろその程度の事に気付かなかった自分を恥て、小さくため息を吐いたのだった。




良く見える目、羨ましいです……

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