夢と分かっていながらも、達也は穂波との再会を嬉しく思っている。自分の人生の中で、初めて『深雪以外』で大切だと思えた相手なのだから仕方ないのかもしれない。
「そういえば達也くんは、奥様の夢は見ないの?」
「見ませんね。そもそも、俺は夢を見る事自体があまりないので」
「そうなの? じゃあ、私は特別だって思っちゃってもいいのかしら?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる穂波に、達也も笑みを浮かべて頷く。
「人の夢に狙って出てこられるのですから、特別だと思いますよ」
「そういう事を言ってるんじゃないんだけど……達也くん、分かっててやってるでしょ?」
今度は抗議の視線を向けながら頬を膨らませる穂波。その態度が子供っぽいと感じて、達也は楽しそうな笑みを浮かべる。彼にしたら珍しい態度に、穂波が首を傾げた。
「達也くん、なんだか楽しそうね」
「子供の頃は良く分からなかったのですが、桜井さんって結構子供っぽいんですね」
「私は変わってないわよ? 達也くんの見る角度が変わっただけだと思うけど」
「そうなんでしょうね。あの時の俺は、深雪だけで精一杯でしたから」
「そう? 結構周りに目を配れる子だったと思うけど」
同年代と比べれば、確かに達也は周りに目を配れるほどの落ち着きを備えていたが、今の達也と比べればまだまだだったのだろうと穂波も理解している。だが、からかわずにはいられないと思い口を開いたのだった。
「桜井さんがこのように子供っぽい一面を持っているなど、あの時は分からなかったんですから、視野が狭かった証拠だと思いますが」
「私は奥様の、達也くんは深雪さんの事を最優先にしていたから仕方ないだけだって。今はその枷も無くなって、余裕が出てきたわけでしょ?」
「あの人の事は兎も角としても、深雪だけに集中していたのは確かですね。深雪になにかがあったら、俺は生きていけないと思っていましたから」
「今は違うの?」
「守らなければいけない人が増えただけで、深雪に手を掛けようとした相手には容赦しません」
「今の達也くんが言うと、迫力が違うわね」
本来の魔法力が解放されているため凄みが増していると感じながらも、穂波は笑顔だった。彼女が達也に畏怖を抱くことは無い。
「相変わらず凄い殺気よね、達也くん」
「平然と受け止めている桜井さんに言われても……」
「だって、私にとっては可愛い弟みたいな存在だしね」
「弟、ですか」
「まぁ、それ以上の感情を抱いていたのは否定しないわよ。達也くん、奥様から冷遇されていたから、その代わりに私が――って思った事もあるし」
「母親みたいな感情を抱いていたと?」
「うーん……それも違うのよね」
達也の母親だとしたら、穂波は若過ぎるのだ。代わりとはいえ、そのような感情ではないようだと達也も分かっていたが、念の為問いかけたのだった。
「母性を感じていたのは否定しないけど、やっぱり男の子として見てたのかもね。私たちには出会いが少ないし、達也くん以上の異性なんてあった事が無かったから」
「桜井さんはSPとして外の世界に出てたじゃないですか」
「あー、あの人たちは無いわね。そもそも、ガーディアンとしての経験値を高めるためだけに派遣されてたんだし、そういう感情は一切芽生えなかったわね」
バッサリと切り捨てる穂波を見て、達也は会ったことも無い元同僚たちにちょっとだけ同情した。
「まぁ、私がたとえ生き残っていても、達也くんといい感じにはなれなかったでしょうけどね。私が大丈夫なら、水波ちゃんだって今頃……」
「水波がどうかしたんですか?」
「達也くん、気付かないフリは良くないわよ? まぁ、応えてあげられないんだから、知らないフリをしてるのも優しさなんだろうけどさ」
穂波が言おうとしてる事は、さすがに達也も知っている。水波が自分に主に向けるにふさわしくない感情を抱いている事を。だが新発田勝成の婚姻を認める際に『本家の当主の嫁に調整体はふさわしくない』とはっきりと真夜が言っているのを、水波も人づてに聞いているのだ。だから自分の気持ちを表に出さず、メイドとして達也と接しているという事を。
「深雪さんだって調整体なのに、世の中って理不尽よね」
「深雪は特別だからですよ」
「完全調整体でしょ? どうして私や水波ちゃんは普通の調整体だったのかしら」
恨みがましく呟く穂波に、達也はどう声を掛ければ良いかと悩んだ。慰めも励ましも無意味だという事が分かるからこそ、かける言葉が見つからなかったのだ。
「あぁ、達也くんが気にする事じゃないわよ。こればっかりは運命だってあきらめてるから。たぶん水波ちゃんも同じよ」
「そうですか」
「それでも達也くんが気にするなら、そうねぇ……たまには水波ちゃんにご褒美でもあげたら?」
「ご褒美、ですか?」
いったい何を、と視線で問いかける達也。穂波は少し考えるそぶりを見せて、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「労いの言葉と一緒に、頭を撫でてあげれば? さすがにキスは看過できないでしょうけど、それくらいなら深雪さんだって我慢出来るはずよ」
「まぁ、それくらいなら……」
「そろそろ時間みたいね……残念だわ」
達也が覚醒すると分かり、穂波は心底残念そうにため息を吐く。達也としても己の体内時計の正確性を恨みがましく思ったが、こればっかりは仕方がない。
「それじゃあ、また機会があったら会いましょうね」
最後に頬に口づけをして、穂波は消えていった。目を覚ました達也は、何時も通り着替えを済ませ、頬に感触が残っている事を不思議に思いながら八雲の寺へ向かったのだった。
水波の事を気に掛ける穂波さん優しい……