劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真由美メインはこれで終わりですかね……真由美が出る競技は終わりですし


気になる視線……

 クラウド・ボールと言うのは、テニスに近い競技だ。しかしサーブと言う制度は無い。一定時間でボールを追加し、目まぐるしくボールが互いのコートを行き来する……と言うのが一般的な試合の情景なのだが、達也の目の前で繰り広げられている試合は、少し毛色が違った。

 真由美の相手も魔法オンリーのスタイルで挑んできたのだが、十師族の直系たる真由美の相手を務めるには、些か力不足感が否めないと達也の目には映った。

 一セット三分の競技時間にも関わらず、相手選手は一時間動きっぱなしのように汗を掻き、保有想子も枯渇気味だった。

 

「(会長相手だから意識してるのかもしれないが、自分の限界を見誤ってるな)」

 

 

 一矢報いたいと言う気持ちは、達也には理解出来ないものだ。インターバルの為にブザーが鳴らされると、対戦相手はその場に膝をついて崩れた。

 

「(九校戦のメンバーに選ばれてるわりには、自滅するんだな……会長のレベルが高いのか、それとも相手のレベルが低いのか……前者だろうな)」

 

 

 真由美の魔法力は、達也から見ても高校生レベルでは無いと思える程のものだ。その真由美相手に真っ向から立ち向かった対戦相手は、他から見れば勇敢とも思えるだろうし見ている者の興奮を沸き立てるのかもしれないが、達也から見ればただの無謀無策の猪武者と同じにしか映らない。

 

「(もう少し楽しめると思ったんだがな……)」

 

 

 楽しむと言う感情は達也には無いが、それなりに期待してた九校戦だっただけに、この結果は残念な他無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターバルの間にベンチに戻るのが普通なのだが、真由美は得体の知れない感覚に囚われていた。

 

「(この視線……他の男の子たちの視線とは違う……)」

 

 

 スタンドから向けられる異性の視線は、自分の太ももや胸元、チラリと見えるアンダースコートに集中しているのだが、コートのすぐ傍、ベンチから向けられる視線はそんな生易しいものでは無かった。

 

「(私の全てを見透かされてるような……『七草真由美』を構成する全てを見られてるような、そんな感じがする……)」

 

 

 今まで感じた事の無い視線に、真由美の足は動こうとはしない。いくら動いてないとは言え、ずっとコートに立たずんでるのではチームメイトに心配を掛けてしまうし、汗を拭いたり水分だって補給しておかなければならないのだ。しかしタオルも水分もベンチに――つまりは得体の知れない視線を向けてきている達也の隣にあるのだ。

 

「(この視線に私より年下の女の子が耐えられるはず無い……達也君が担当してる一年生から苦情は無かったし……それじゃあこれは気のせい? それとも私だから感知出来るの?)」

 

 

 コートに立ちっぱなしだったので、そろそろ運営本部の人間が騒ぎ出しそうになったのを感知して、真由美は自分を鼓舞した。

 

「(ええい! 女は度胸!!)」

 

 

 足に前進を命令して、真由美は達也の待つベンチに向かって行った。

 

「お疲れ様です」

 

 

 傍に来ると、さっきまでの視線が嘘のように霧散した。何時も通りのポーカーフェイスの下に、自分にも感じ取らせない何かを隠しているが、決して裏切られないと信頼出来る年下の男の子がそこには居た。

 

「お疲れ様って、まだ試合は終わってないんだから気を抜いちゃダメ!」

 

 

 さっきまでの長考が恥ずかしかったのか、真由美は何時も以上に年上ぶった。気を抜くなと言われても、達也の出番は試合合間かこのインターバルの間だけなのだから、その表現はおかしいのだが、達也が指摘したのは、もっと別の事だった。

 

「いや、終わりですよ。対戦相手が棄権してこの試合は終わりです」

 

 

 達也の断定口調に、真由美は振り返り相手を確認した。するとタイミングよく審判団と相手スタッフが何かを話していた。

 

「魔法の連続使用による想子の枯渇でしょう。会長の相手を務めるには力不足でしたね。行きましょう、一応CADをチェックしておいた方がいい」

 

「そうね……よく見てるだけで分かるのね」

 

「キチンと視ていれば分かりますよ」

 

 

 達也に主導権を握られた形なのだが、真由美はその事を気にしなかった。「弟みたい」と言うのは、その場を和ます為の冗談だったのが、何割かは本気だったのかも知れない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 CADのチェックを済ませ、真由美の希望通り達也はプログラムを弄る事無く真由美にCADを返した。そして第二回戦、真由美は試合開始と共に戸惑いを感じる。

 クラウド・ボールと言う競技は、半日で最大五試合をこなさなければいけない競技だ。あからさまに精度が向上する感覚はありえないはずなのだが……

 

「(何で? 何でこんなにも無駄が無く魔法が発動出来るの?)」

 

 

 相変わらずの無双っぷりで観客は気付かないが、使用している本人にははっきりと分かる。第一試合よりも今の方が調子が良い。体力は消耗してるので、体調面での可能性は無い。となると、可能性は一つしか無い。

 真由美は第一セットを取ると、第一試合とはうって変わってズンズンとコートからベンチへと移動した。

 

「達也君の嘘吐き! プログラムは弄らなかったんじゃなかったの!」

 

「……弄ってませんが、何か問題でもありました?」

 

「術式構築の効率が明らかに上がってたわよ! ハードを弄る時間なんて無かったし、ソフトを弄ったとしか考えられないじゃない!」

 

「……効率が上がったんですよね? 下がったんじゃなく」

 

「それは……」   

 

 

 自分が明らかに理不尽な怒りをぶつけてると自覚した真由美の勢いは、みるみるとしぼんでいった。

 

「とりあえず座りましょう」

 

 

 対する達也は微動だにせず真由美に着席を促す、どっちが年上か分からない感じだ。

 

「効率が上がったのは、ゴミ取りをしたからです」

 

「だって分解もしてなかったし、そもそもそんな時間無かったでしょ?」

 

「ハードのゴミ取りでは無く、ソフトの方ですよ。CADのシステム領域に、アップデート前のシステムファイルの残骸が散らばってたので、それを取り除いたんです。普通なら気付く事も無いので言いませんでしたが、会長の感性を甘く見てましたね。スミマセン」

 

「い、良いのよ別に! 達也君は自分の仕事をしてくれただけだもんね。私の方こそゴメンなさい……」

 

 

 エンジニアとしての仕事を全うしてくれた達也に対して、自分は何て理不尽な事を言ってしまったのだと、真由美は恥じた。だがこうして素直に頭を下げられるのが、真由美の美点だと達也は思っている。

 

「ねえ達也君」

 

「何でしょう?」

 

「後でそのゴミ取り? の仕方を教えてくれるかな?」

 

「もちろんですけど、今は試合に集中して下さい」

 

 

 達也としてはそれ以上に意味は無かったのだが、真由美はやけに気合が入っていた。

 

「任せなさい! お姉さんの活躍、しっかりと見てるんだからね!」

 

 

 色々とツッコミを入れたかったが、張り切ってるのだし別に良いかと、達也はあっさりと流した。

 結果、全試合パーフェクトで真由美は女子クラウド・ボールを制したのだった。




詰め込んだ為に、調整のシーンはカットしました

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