とりあえず達也を預かった幹比古と美月は、自分たちが達也の敵ではないという事を説明する事にした。既に自己紹介は済ませているが、子供らしい警戒心を持って接している感じがしてならなかったのだ。
「柴田さん、どうやって達也に僕たちが敵じゃない事を説明したらいいと思う?」
「そうですね……達也さんですから、警戒心が強くて当然な気もしますが」
「そうだよね……子供の姿をしてるからアレだけど、この子は達也なんだもんね……」
普段の達也の警戒心からすれば温いかもしれないが、ずっと警戒されているのは幹比古も耐えられない。だからどうすればいいか尋ねたのだが、美月はその辺り理解していないらしい。
「とにかく、もう一度自己紹介と、達也とどんな関係なのかを説明しよう」
「そうですね」
幹比古の意見に美月は小さく頷き、達也と目線を合わせて再び自己紹介をする。
「えっと、柴田美月です。達也さんとは同じクラスで、普段からお世話になっています」
「吉田幹比古、達也とはいろいろお世話になってる。僕と柴田さんは達也の友達だよ」
「……柴田さんと吉田さんは付き合ってるんですか?」
「「えぇ!?」」
普段の達也なら聞いてこないであろうことを聞かれて、幹比古と美月は声を揃えて驚いてしまう。これがエリカだったらまだ納得するのだが、達也がこんなことを聞いてくるなんて、子供の姿をしているとはいえ不意打ちだったのだ。
「僕と柴田さんは友達だよ。お付き合いとか、そういう事をしている関係じゃない」
「ふーん……仲良さそうだったからもしかしてとは思ったんだけど、違ったんだね。ゴメンなさい」
「た、達也さんが謝ることじゃないですよ」
「そ、そうだよ。実際僕と柴田さんの仲が良いのは事実だし」
「そうですか……」
まだ何か聞きたそうな顔をしているが、達也はそれ以上二人の関係を聞いてくることは無かった。
「それじゃあどこかに移動しようか。達也は何処に行きたい?」
「良く分かりません……吉田さんと柴田さんが行きたいところで構いません」
「そっか……あと、その呼び方止めてくれるかな? 何だかこそばゆい感じがするんだけど」
「私もです。何時も通り『美月』と呼んでください」
「僕も『幹比古』でいいよ」
「そうですか……ですが、お二人は互いに苗字で呼んでいますよね? 何故自分は名前で呼んでいたんですか?」
「それは……まぁ達也には妹さん――あっ、従妹か。まぁとにかく、司波姓が二人いたから、僕たちは達也の事を名前で呼ぶことになったんだよ」
「そうでしたか。細かい事を聞いてすみませんでした」
ところどころ子供っぽい口調になっているが、基本的に達也の喋りは大人な雰囲気を感じさせるものが多い。これは恐らく、達也が四葉家の人間だということが関係しているのだろうと幹比古は感じていた。
「それでは、『幹比古さん』『美月さん』とお呼びしますね」
「敬称も無くていいんだけど」
「いえ、これは譲れません」
「そう……じゃあ達也の好きにしてくれ」
彼の中で譲れない何かがあると言われてしまい、幹比古はそれ以上強く言えなくなってしまった。
「それじゃあ達也さん、はぐれるといけませんので、手を繋いでおきましょう」
「そうだね。じゃあ柴田さん、達也と手を繋いでおいて」
「はい」
美月で大丈夫だろうかと、幹比古は何処となく不安を感じていたが、彼女がやる気なのだから信じてみようと思った。だが、その信用はすぐに崩れ去った。
「あ、あれ? ま、待ってください」
「柴田さん……」
少し人が多い場所にやってきただけで、美月は人の波にさらわれてしまった。子供の姿の達也は平然とその人波を抜けてきたのに、高校三年生である美月は抜けられない……やはり子供の姿でも達也なんだなと感じつつ、幹比古は美月を助けに動いた。
「大丈夫かい、柴田さん」
「は、はい……ゴメンなさい、吉田君」
「あの、自分よりも幹比古さんと手を繋いだ方が良いのではないでしょうか」
「い、いえ……大丈夫です」
子供の姿をしているとはいえ、達也はしっかりとしている。むしろ自分が心配されるようでは駄目だとさえ思っているように感じられた。その姿を見た美月は、自分もしっかりしなければと心に決め、もう一度達也と手を繋いで歩き出す。
「今は私がしっかりしないと」
「頑張ってね、柴田さん」
幹比古も美月の意思を尊重する形を採り、とりあえずこの人混みを抜ける事だけに意識を向ける事にした。何かあっても達也が何とかしてくれる、と思っているのも多少感じられたが、その事にツッコミを入れる人間はこの場にはいなかった。
「よし、ようやく人の少ない場所に出られたね」
「そうですね」
「つ、疲れました……」
「大丈夫ですか、美月さん?」
「は、はい……ゴメンなさい、達也さん。結局私が足手纏いになっていたみたいですね」
「気にしなくても大丈夫です。美月さんのお陰で自分が蹴られること無く歩めたんだと思いますし」
子供ながらに自分を慰めてくれている、ということが分かった美月は、達也の頭を軽く撫でて笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます、達也さん」
「いえ、お礼を言われることでは」
「それじゃあ、何処か落ち着ける場所に入ろうか」
幹比古の提案に、達也と美月は頷いて同意するのだった。
美月はやっぱりこうなったか……