水波たち三人は、とりあえず目についたものを試着していく。まずは自分たちが気になったものを、という決まりで水波は数着選んで試着していった。
「(普段着ないので、似合っているのかもわかりませんね……)」
自分にどんな服が似合うのか、水波はイマイチ把握していない。普段からメイド服や、動きやすい服重視だったので、こういったおしゃれなお店にある服を着る機会など滅多にない。今回のパーティーには四葉家が用意してくれたドレスで参加したので、自分で服を選ぶという事に慣れていないのだ。
「(香澄さんや泉美さんは、七草家のご令嬢だというのに、こういう事に慣れている様子でしたし……)」
香澄と泉美はよく真由美と買い物に出かけたりするので、自分で服を選ぶことも結構あるのだ。というか、あまり侍女に任せたくないという気持ちが強いので、服装などの支度は自分たちでする事の方が多いのだ。
「お待たせー!」
「あら? 水波さんはそれだけしか選ばなかったんですか?」
「えぇ……自分に似合いそうな服、と言われましても、イマイチピンときませんでしたので……」
「そうなの? それじゃあ、ボクと泉美で水波に似合いそうな服を見繕ってくるよ」
「ちょっと香澄ちゃん! そ、それじゃあ水波さんは、ここで待っていてください」
香澄に引っ張られるように去っていった泉美に言われた通り、水波は試着室付近で洋服を眺めていた。
「こちらのは光井様に似合いそうですね……こちらのは千葉様でしょうか?」
達也の婚約者に似合いそうな服を見ては、自分には似合わないだろうなとため息を吐く。おしゃれなど縁のない世界だと思い込んできたので仕方ないなと、水波は自分のこれまでの人生を振り返って、誰にするでもない言い訳を心の中で呟く。
「(所詮私は調整体ですからね。主を命がけで守るだけに作られた存在、そんな私がこのような服を着たところで意味はありませんし……)」
同級生たちが楽しそうにファッションの話をしていても、水波はその話題に混ざることは出来ないし、混ざろうとも思わない。常に深雪の側で生活しているからか、どんなおしゃれな服で着飾った同級生を見ても、深雪には敵わないと思ってしまうのも要因の一つではある。
同じように、常に達也の側で生活しているから、同学年の男子がどうしても子供っぽく思えてしまうのだ。これは同級生に限らず、達也の同級生にも当てはまるのだが。
「(そんな中でも、香澄さんと泉美さんは別ですからね)」
七草家の人間であるという事を差し引いても、あの二人なら深雪に劣らないだろうと水波は思っていた。もちろん深雪の方が上なのには変わらないが、他の同級生たちよりかは様になるだろうと思っているのだ。
「お待たせ。とりあえず水波に似合いそうな服をテキトーに持ってきたから、着てみたい服から順に試着してみてよ」
「これを…私にですか……?」
「うん。ほら、水波ってスタイル良いだろ? だから似合うんじゃないかなって思って」
「深雪様が着た方が似合うと思いますが」
「あの人と比べちゃ駄目だって……あの人は何を着ても似合うだろうし……」
香澄の言葉に納得した水波は、とりあえず一番上にあった服を手に取り試着室へ入る。
「(やはり、似合っていませんね……)」
自分で確認して似合ってないと判断して着替えようとしたが、せっかく選んでくれたんだから一応見せた方が良いだろうと思い直し試着室のドアを開ける。
「如何でしょうか?」
似合っていないとはっきり言ってもらえた方が気が楽だと思いながら、水波は香澄と泉美に感想を求める。
「うわぁ……凄く綺麗だよ」
「同性ですが、思わず見とれてしまいました」
「お世辞は結構ですよ」
「お世辞じゃないって! やっぱりボクの見立ては正しかったね」
「香澄ちゃん、こういうのは得意ですもんね」
自分が想像していたのと違う反応を見せられて、水波はどう反応すればいいのかと固まってしまった。
「せっかくだし、達也先輩に見せてみなよ! あの人はお世辞を言わない人だって、ボクたちより水波の方が知ってるでしょ?」
「まぁ、知ってはおりますが……」
つまりこの服を買え、ということなのかと水波は内心ため息を吐いたが、何着も着せ替え人形の如く服を着せられずに済んだと思えばいいかと、無理矢理自分を納得させたのだった。
双子と別れ家路についた水波は、勢いで買った服に視線をやり何度目か分からないため息を吐いた。
「(ついつい乗せられてしまいましたが、おしゃれをする機会なんてありませんし、そもそも私は似合っていないと思ったんですが……)」
あの二人がお世辞を言っている風ではなかったので買いはしたが、今からでも遅くないから返品しようかと悩みつつ、とうとう家についてしまった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、水波ちゃん。あら? お買い物してきたのね」
「香澄さんと泉美さんに勧められてつい……」
「似合ってるわよ。とっても可愛い」
「そうでしょうか?」
「そうよ。水波ちゃんは服装とかに無頓着だったからね。きちんとおしゃれすればそこらへんの子には負けないだけの見た目をしてるんだから」
そういって深雪は水波の背中を押して、リビングにいる達也に水波の格好を見せる。
「達也様、水波ちゃんの服、可愛いと思いますよね?」
「ああ。似合ってるぞ、水波」
「あ、ありがとうございます……」
「あら。私が褒めた時は否定したのに、達也様が褒めると素直にお礼を言うのね」
「そ、それは!」
「冗談よ。本当に可愛いし似合ってるもの」
達也に褒められた嬉しさと、深雪にからかわれて焦ったのとで、水波は急に足の力が抜けて、その場に座り込んでしまったのだった。
水波も深雪より達也ですからね……