沖縄から戻ってくる達也を出迎えようと、三人の少女が空港で鉢合わせした。
「あら、千葉さんにアンジェリーナさん、こんなところで奇遇ね」
「七草先輩こそ、こんなところで何をしてるのですか?」
「マユミにエリカ、貴女たちもタツヤ目当てなのかしら?」
一人目は七草真由美、二人目は千葉エリカ、三人目はアンジェリーナ・クドウ・シールズ。三人とも達也の婚約者であり、今回沖縄に同行しなかった側の婚約者である。
「ここは私に譲ってくださらないかしら? 千葉さんもシールズさんも、達也くんと学校生活を楽しめるんだし」
「ワタシは学園には通わないので、エリカは我慢して、ワタシとマユミの二人でタツヤの相手をしましょう」
「ちょっと待ちなさいよ! リーナは達也くんとバイクにニケツして鎌倉まで行ったんでしょ? 十分抜け駆けだと思うけど」
「あれはそんな雰囲気じゃないわよ! そもそもエリカだって、ワタシと戦った後達也とニケツしたんでしょ!」
「二人とも達也くんの腰に手を回して密着した状態で風を感じた事があるのね。それじゃあやっぱり、ここは私に譲ってもらわないと。私はそんなうらやまけしからん状況になった事ないし」
「一昨年の九校戦、達也くんに壁ドンしてもらったらしいじゃないですか」
「な、何でそんなことを知ってるのかしら?」
まさか知られているとは思っていなかった真由美は、エリカの追及にあからさまに動揺してみせる。
「渡辺摩利から聞いたことがあったんですよ。七草先輩が異様に浮かれていた時があって、その時に問い詰めたって」
「摩利が……黙ってるって約束したのに」
「あの女の口を割らせるのなんて、大して難しくありませんから」
エリカだから言える事であり、摩利はかなり口が堅い方なのだ。それでも摩利が口を割ったという事は、エリカが相当な事をしたのだろうと、真由美にも想像出来たのだった。
「壁ドンって、苛立った時に思いっきり壁を叩くことよね? そんなのが羨ましいの?」
「そっちじゃないわよ。まぁ、説明するのも面倒だから、これでも見て確認して」
エリカが端末を放り投げてリーナに渡す。危なげなく受け取ったリーナは、エリカが意味した壁ドンがどういうものかを知り、何かを妄想して顔を真っ赤に染め上げた。
「おやおや~? リーナは何を想像したのかな~?」
「な、何でもないわよ! それよりも、マユミはこれをタツヤにしてもらったというの? 相当な抜け駆けじゃない」
「あの時はいろいろな偶然が重なっての事だもの! しかも、甘い状況を楽しめる程の精神的余裕も無かったし、殆ど事故なの!」
三人が派手にもめ始めたのを受けて、空港職員が動き出しそうになったタイミングで、三人の目当ての人物がゲートから姿を現した。
「エリカにリーナ、それに七草先輩まで……何故ここにいるのでしょうか?」
「ハイ、深雪。達也くんと深雪のお出迎えをしようと思って」
達也と一緒に現れた深雪に対して、一番早く反応してみせたのはエリカだった。
「この後深雪たちの家に遊びに行ってもいい? 沖縄には行けなかったから、せめて土産話でも聞かせてよ」
「そんなもの無いわよ。遊びに行ったわけじゃないって、エリカだって分かってるでしょ?」
「だからだよ。達也くんや深雪の武勇伝を聞かせてほしいのよ。それと、水波ちゃんが淹れてくれた美味しい紅茶でもあれば、十分暇は潰せるからさ」
「達也様の武勇伝なら、思う存分聞かせてあげるわよ?」
「今回の沖縄での武勇伝だけで結構だからね? 今までの達也くんの武勇伝を全部聞いてたら一日じゃ足りないだろうし」
「あらそう……残念ね」
本気で過去の武勇伝を全て語るつもりだった深雪は、エリカに先手を打たれてちょっと残念そうにしてみせた。
「それで、リーナと七草先輩は何故こちらに?」
「私も千葉さんと一緒よ。達也くんのお出迎えをしようと思って空港に来たら、千葉さんとシールズさんとばったり鉢合わせたってわけ。私も達也くんの武勇伝を聞きたいのだけど、この後家に行ってもいいかしら?」
「私は構いませんよ。その代わり、おかしな動きを見せた時点で帰っていただく事になりますので」
「そんなことするわけないじゃないの。それとも、深雪さんは達也くんの部屋で何かをしようとしたことがあるのかしら?」
真由美のカウンターに、深雪は猫の皮が剥げそうになったが、何時も通りの鉄壁のスマイルで誤魔化した。
「わ、ワタシだってタツヤの武勇伝を聞きたいわ! ミユキ、ワタシも行ってもいいでしょ?」
「まぁ、リーナだけ除け者にするわけにもいかないしね。ただし、貴女は達也様を手にかけようとした前科があるのだから、警戒されて当然だと分かってるわよね?」
「あら。ワタシ如きがタツヤに敵うはずないでしょ? それはミユキが一番分かってるんじゃないのかしら?」
「もちろん。リーナ如きが達也様に勝てるはずもないのは分かってるわよ。ただ、達也様に手を挙げた時点で万死に値するという事を忘れないでね。今度は一切の手加減なく、本気で貴女を停めるからね」
河原で一騎打ち――ではないが、それに近い事をして深雪に負けた過去があるリーナは、その時の事を思い出して身震いをしたのだった。
「それじゃあ、無人タクシーを二台呼びましょうか。一台は私たちが、もう一台はエリカたちね」
「仕方ないわね」
ここで深雪に歯向かったら遊びに行くことすら不可能になってしまうと理解している三人は、渋々といった感じで深雪の提案を受け入れたのだった。
また水波の胃に負担が……