風呂から出てきた五人を、水波は普通の態度で出迎えた。その態度に深雪たちは何か言いたげな雰囲気を醸し出していたが、達也が何も言わせない程のオーラを感じさせたので、誰も何も言えなかったのだ。
「水波が仕向けたんだな?」
「何のことでしょうか」
「……いや、この話は後日ゆっくりするとしよう」
「かしこまりました」
水波は誤魔化すつもりは無かったが、この場でお説教されずに済んだ事を心の底から喜んだ。だがもちろんそんな感情は表に出さずに、恭しく一礼して達也の言葉に応えたのだった。
「皆さんはもう休まれた方がよろしいのではないでしょうか」
「そうだな。いろいろあったからな」
「では、お三方はどちらでお休みになっていただきましょうか。生憎客間などありませんし」
元々客間だった部屋は水波が使っており、両親の部屋は既に片付けて今は別の用途で使っているので、人が休める状態ではない。
「ちなみに、あたしたちが使える部屋って?」
「深雪様の部屋にお一人、私の部屋にお一人、そして達也さまの部屋にお一人、ですかね」
「私が達也様の部屋で休むから、どなたか私の部屋を使っても構いませんよ」
「それはズルいわよ、ミユキ! こうなったら公平を期すために、ミユキも交えた四人でくじを引いてきめましょうよ! それならミユキも文句ないでしょ?」
リーナの提案に、エリカも真由美も同意する。深雪としては無条件で達也の部屋で休めるかもという期待を打ち砕かれたが、可能性は残ったので不承不承ながらも頷いたのだった。
「では、ご用意いたしますので少々お待ちください」
四人の提案を受けて、水波がすぐにくじを用意し始める。その間、達也は水波が淹れてくれたお茶を飲みながら成り行きを見守っているのだった。
「今度ばかりは負けられないわね」
「マユミは相合傘したんでしょ? だったらいいじゃない」
「バイクに二人乗りして、達也くんに抱きついていたリーナさんに言われたくないわね」
「達也様と同じ部屋、達也様と同じ部屋……」
「なんか怖いわね、みんな……」
ここまで必死な態度を見せられると、自分は辞退した方が良いのかもしれないという錯覚に陥りそうになったエリカだったが、自分だって達也と同じ部屋がいいという気持ちを思い出し、慌てて頭を振った。
「お待たせいたしました。何方からお引きになられますか?」
水波の言葉に、四人はハッとして視線を合わせた。
「(確立は四分の一、だけど早い者勝ちみたいな感じもするし……)」
「(ワタシの運はそこまで良い方じゃないから……後に引いた方が確立が上がるかしら……)」
「(私と達也様の間には、他の誰にも邪魔出来ない絆があるはず……だとしたら何時引いても私が当たりくじのはず……)」
「(うーん……他の三人のやる気がちょっと怖いわね……ゆっくり休むためには、あたしは最後の方が良いかもしれないわね……)」
達也と同じ部屋を狙う三人と、お風呂で満足したのか休息を望むエリカの考えが交錯する中、最初に動いたのは真由美だった。
「年功序列でいいかしら?」
「でも、マユミ以外同い年よ? そこはどうやって決めるのかしら?」
「実力勝負でもいいけど?」
「あ、あたしは最後でいいわよ、そうなると……」
魔法技能は兎も角、戦闘技術ならそれなりに自信があるはずのエリカではあるが、深雪とリーナを相手にして勝てる未来が視えないのか、大人しく引き下がった。
「あらそう? じゃあミユキとワタシの一騎打ちかしら」
「素直にじゃんけんで決めればいいだろ。家が崩壊する可能性があるのは勘弁してほしいんだが」
「そうですね。達也様の言う通り、じゃんけんで決めましょう」
「それだったらエリカも参戦出来るわね」
「一度辞退したんだから、あたしは良いわよ。てか、七草先輩が一番で決定なの?」
エリカの疑問に、深雪とリーナは一瞬考える素振りを見せたが、特に気にした様子は見せなかった。
「マユミがワタシたちより年増であるのは事実だもの。それを武器に一番を狙ったんだから、大人しく一番は譲りましょうよ」
「そうね。七草先輩が私たちより長く生きているのは事実だものね」
「ちょっと! 誰が年増よ! いいわ! 私もじゃんけんに参加してあげようじゃないの!!」
リーナと深雪の作戦にハマった感じがしないでもないが、真由美もじゃんけん勝負に参加する事になった。その結果、一番は深雪、二番目が真由美、三番目がリーナの順に決定した。
「やはり私と達也様との間には確固たる絆が――」
「深雪様はご自身の部屋ですね」
「………」
無慈悲なる水波の宣言に、深雪の動きが停まる。
「残念だったわね深雪さん! この私が勝者なのよ!」
「七草様は私の部屋です」
「………」
深雪相手に勝利宣言をした真由美ではあったが、その結果は水波の部屋。残るは深雪の部屋と達也の部屋の二つだと、リーナは意気込んでくじを引こうとして、確認の意味を込めて水波に残るくじを公開させた。
「この通り、一つは達也様の部屋行きのくじでございます」
「不正はなかったわね。ミユキとマユミは大人しくくじの結果に従う事ね」
深雪と真由美が後々文句を言えないようにしたのか、リーナはニヤリと笑みを浮かべた。その笑みを受けて、深雪と真由美は地団駄を踏みたい衝動に駆られたが、淑女らしく耐えた。
「ワタシが選ぶのは、これよ!」
高らかにくじを掲げるリーナだったが、そこに書かれていたのは「深雪の部屋」という文字だった。
「おめでとうございます。千葉様が達也様の部屋でございます」
「あ、あはは……戦わずに勝っちゃったわね」
「無欲の勝利だと思われます」
水波はエリカの考えを知っていたかのようなコメントを残し、エリカに当たりくじを手渡して真由美を自分の部屋に案内するために彼女の背中を押してリビングから去っていったのだった。
でも勝つのはその+1だったり……