同じ調整体だからと言って、穂波と水波は別の人間である。だが、どうしても仕草や思考が似てしまうのは、同じ環境で育ったからなのかもしれない。
「やっぱり水波ちゃんも達也君の事が好きなのね」
「恐れ多い事ですが……」
「まぁ、達也君の魅力に抗えるわけも無いし、仕方ないと思うわよ」
司波家の同じ部屋で生活している穂波と水波は、主たちには聞かせられない話題で盛り上がっていた。
「私たち調整体魔法師は、本家の当主の嫁としては相応しくないからね」
「伯母様みたいに私もある程度長生きできると証明されれば、少しくらいチャンスがあるかもとは思いましたが」
「長生きって、まだ三十ちょっとなんだけど?」
「調整体魔法師としてはかなり長命な方だと思いますが?」
「調整体魔法師の平均寿命が短いのは、調整を受けてすぐ暴走したりして亡くなる事が多いからであって、普通に長生きする可能性だってあるのよ」
「もしくは、使い物にならないという理由で処分されたり、ですか?」
水波の発言に、穂波は苦笑いを浮かべながら頷く。普通の女子高生なら、処分という言葉を使うだけで嫌悪感を抱いたりするだろうが、水波は顔色一つ変えずに言ってのけたのだ。四葉に仕えるものとしては当然なのだが、水波の見た目からはそんなことが想像出来なかったのだろう。
「昨年末、達也君が対峙したサイキックなどもそうね。あれは長年閉じ込められてたんだけど」
「ですが、使えなかったのは事実ですよね」
「まぁ、狙い程高い能力じゃなかったから閉じ込めて処分の時期を待っていたんだろうけどね。裏で分家が動いてたのを見越して、奥様が達也君に任せた、って感じかしら」
「あの時は深雪様が次期当主に指名されるものだと疑ってませんでしたが、達也さまの実力は私などでは太刀打ち出来ないものでしたから」
「当然よ。達也君は幼少の頃から戦闘技能を磨いていたんだから。そこに魔法技能まで加えられたら、大抵の相手なら戦わずに負けを認めるでしょうね」
「更には今回の沖縄での戦いでは、相手魔法師の魔法を発動前にキャンセルさせる、という秘術を実用化させましたし」
「達也君たちがあの式典に出席する必要性は感じなかったけど、任務もあったから仕方ないのかな。さすがに当時あの現場にいた人間が無視するのはね……いくら四葉家が世間体を気にしないとはいえ、達也君と深雪さんの学校での立場がね」
実力でねじ伏せる事は可能だが、それでは学校を支配するのと大差はない。それに沖縄侵攻の際、深雪と穂波は死んでいたはずなのだから、慰霊祭に参加するのは別に不思議ではないのだ。本来であれば、自分もその中にいたのだからと、深雪は真夜に参加を命じられた時そう思ったのだった。
「そんな達也君の何処が好きになったの?」
「っ! いきなり話題を戻さないでください」
「だって、その相談だったでしょ?」
大人の余裕なのか、穂波は終始ニコニコしながら水波の恋愛相談を受けている。
「初めは深雪様より主として相応しい立ち居振る舞いだなと思っていただけなのですが、次第に異性として意識し始めまして……」
「そのきっかけは?」
「きっかけ、というものは無かったと思いますが……気がついたら達也さまの事を目で追っていたり、達也さまに褒められると嬉しかったりと、小さなことが積み重なった結果だと思います」
「達也君は自分にも他人にも厳しいからね。滅多な事では褒めてくれないもの」
「褒められる――ではなく労われる、かもしれませんが、とにかくそういう事の積み重ねが今の状況になったのだと」
「それで、水波ちゃんはどうしたいのかしら?」
「どうしたい、とは?」
まさかそんな質問が来るとは思ってもいなかった水波は、穂波の問いかけにきょとんとした反応しか出来なかった。
「奥様は特例として認めた愛人が二人いるのは、水波ちゃんも当然知っているわよね?」
「小野遥さんと安宿怜美さん、ですよね。一高のカウンセラーと保険医の」
「そうね。そして、本家の当主であろうと、愛人であるなら調整体魔法師でも認めてくれるはず」
「……伯母様は私に達也さまの愛人の地位を目指せと仰るのですか?」
「それが一番現実的だと私は思うけどね。あと、その『伯母様』って呼び方はどうにかならない? 私だってまだそこまで歳を重ねてるわけじゃないんだけども」
「ですが、遺伝上そういう関係なわけですから、どうにかしてほしいと言われましても……」
遺伝子上の関係を考えるなら、水波の呼び方は正しいのだが、感情的問題を優先するなら、穂波の言い分も正しい。その事を理解出来た水波は、なら他にどう呼べばいいのかと頭を悩ませる。
「では、達也さまや深雪様同様『穂波さん』と呼ばせていただいても?」
「それでいいわよ。私も水波ちゃんって呼んでるし」
「では穂波さん。私だけ愛人の地位を目指すのも不公平ですし、よろしければご一緒しませんか?」
「私も? でもほら、私は水波ちゃんほど若くもないし」
「まだ三十代なのですから、遅くは無いと思いますよ。それに、達也さまの事を想っている年月は、我々では太刀打ち出来ないほどなのですから」
「……深雪さんよりも長いのかもしれないしね」
沖縄の一件より前は、深雪も達也の事を想ってはいなかった。いや、自覚してなかっただけかもしれないが、少なくともあからさまに好意は向けていなかった。それを考えると、達也の事を想っている年月は、深雪よりもはるかに長い事になる。
ここで一番長いと穂波が考えないのは、真夜の存在があるからだろうが、それでも二番目くらいには位置するのかもしれないのだ。
「分かったわ。水波ちゃんと一緒に愛人の地位を狙ってみましょう」
「ではまず、ご当主様に許可していただかなければ」
「その辺りは事後報告でも大丈夫だと思うわよ。私たちは一応身内ですから」
外部の魔法師を愛人と認めるには多少の無理を通さなければいけないが、元々四葉の関係者である二人を愛人として認めるのは、真夜も難しくないと判断してくれるだろうと穂波は信じている。その言葉が自信になったのか、水波は本気で達也の愛人の地位を目指す事にしたのだった。
穂波に対する呼び方が分からなかった……