決意を胸に朝食の支度をしていた水波に、深雪が首を傾げながら話しかけてくる。
「水波ちゃん、何時もより張り切ってない?」
「昨日穂波さんと話し合いまして、私たちは達也さまの愛人として認めてもらおうと決意しました。なので、いつも以上に張り切って達也さまのお世話をしようと思いまして」
「そうなの……でも、それだったら直接達也様にお願いした方が早くないかしら。実際愛人として認められている小野先生と安宿先生は達也様にお願いして、叔母様に会うことが出来たらという条件をクリアした訳だし」
「……ですが、達也さまがお許しになってくださるでしょうか……」
今のままでは駄目ではないかという不安が水波を襲うが、深雪は笑顔を浮かべている。
「水波ちゃんなら問題ないと思うわよ。もちろん、穂波さんも」
「何故でしょうか……」
「水波ちゃんだって、達也様の初恋の相手は知っているでしょ?」
「それはもちろん。ですが、その事と私が愛人として認められるという事の関係は?」
「穂波さんだけ認めて、水波ちゃんだけ断るようなことはしないわよ。ですよね、穂波さん?」
誰もいないリビングに問いかける深雪に驚いた水波だったが、その問いかけに答えるようにリビングに気配が生まれた。
「せっかく頑張ってる水波ちゃんを見てたのに、深雪さんは私の楽しみを奪うのが上手ですね」
「結果が分かっているのに水波ちゃんに教えてあげないなんて、趣味が悪すぎですもの」
「そこまで自惚れてないわよ? まぁ、達也君と一緒にいた時間は深雪さんにも負けないですけどね」
穂波は達也が深雪のガーディアンに任命される前から一緒にいる事が多かった。任命されてからも、深夜のガーディアンであった穂波が達也の側にいても誰も咎める事も無かったので、一緒に過ごした時間は深雪よりも長いと言えるのだ。
「ですが、達也様の気持ちは間違いなく穂波さんに向けられていましたし、それは今でも変わらないですよね?」
「どうなんだろうね。達也君の周りにはいっぱい素敵な女の子が増えたから、私みたいなオバサンはもう興味ないかもしれないわよ?」
「まだまだお若いじゃないですか。分かってて言ってますよね?」
深雪の指摘に、穂波は笑みを浮かべたまま何も答えずに水波の手伝いを始めたのだった。
九重寺から戻り、何時ものようにシャワーを済ませリビングにやってきた達也は、何時もより穂波と水波の雰囲気が重い事に気付いた。もちろん、敵意は感じないので、さほど警戒する事はしなかったが、何事かと気に掛ける事は達也でもあるのだ。
「二人ともなにかあったんですか?」
「なにかって?」
「なにかを決意したような雰囲気と言いますか……」
「さすが達也君ね。雰囲気だけで気づかれるとは」
「普通気づきますよね?」
「普通の人は雰囲気なんて正確に感じ取ることなんて出来ないわよ」
穂波の言葉に達也は首を傾げたが、彼女の背後では深雪と水波が頷いているのを見て、自分がズレているのかと自覚した。
「それで、雰囲気の理由はお聞きしてもよろしいのでしょうか?」
「そこまで丁寧に聞かなくても教えてあげるわよ。というか、達也君が原因なんだし」
「俺が?」
ますます分からない、とでも言いたげな表情に穂波は笑みを浮かべ、深雪は珍しい表情を見られたと喜ぶ。だが、水波にはそのような余裕は無く、ずっと緊張した面持ちのままだった。
「達也君には正式な愛人が二人いますよね」
「結婚してないんだから愛人もなにもないとは思っていますが、確かにいますね」
「そして、達也君の愛人になりたい人はまだまだいると思いませんか?」
「どうなんでしょうね……」
何となく穂波が言いたい事に思い当たった達也ではあったが、それを自分の口から発する事はしない。自惚れかもしれないし、かといってそうなのかと問いかける事も憚られる話題なので、彼女の口から発せられるまであくまでいつも通りの態度で接する事に決めた。
「分かってるとは思うけど、私も水波ちゃんも達也君の事が好きです」
「ありがとうございます」
「でも、私も水波ちゃんも調整体魔法師ですので、四葉本家の次期当主の嫁としては相応しくありません。新発田勝成さんと堤琴鳴ちゃんが認められたのは、彼が本家の次期当主ではなく分家の次期当主として決まったから」
「そういえばそのような事を母上が仰っていましたね」
「そこで提案なのですが」
漸く本題に入るのかと深雪は隣に控える水波に視線を移す。彼女は緊張で倒れるのではないかと思うくらいガチガチになっていた。
「私と水波ちゃんを、達也君の愛人として認めてくれませんか?」
「母上にその事は?」
「真夜様は私と水波ちゃんの気持ちを知ってくださっていますし、四葉内部の人間を愛人として加えるのに問題はないと前に仰ってくださっておりますので」
「そうですか。水波はどうしたい」
そこで達也が水波に声を掛けると、水波は弾かれたように息を呑み、彼女らしからぬ慌てた口調で達也に問いかけに答えた。
「わ、私も達也さまのお側にずっといたいです! 従者としてではなく愛人として認めてくださるのでしたらこれ以上の幸せはありません!」
「そうか」
水波の答えを聞いて、達也は視線を穂波に移す。彼女はニコニコ微笑みながら頷いた。
「分かりました。母上にはこちらから報告しておきますので」
「お願いね。じゃあさっそく達也君のベッドで――」
「穂波さん?」
「冗談よ」
さすがに看過出来なかった深雪が冷気を醸し出したが、穂波は笑顔で受け止めた。水波は幸せオーラ全開でその状況に気付けなかったが、それでも構わなかったのだろうと、達也は苦笑いを浮かべてそう結論付けたのだった。
たまには水波にも美味しい思いをさせないと……