いざ達也と別々に暮らすとして、本当に耐えることが出来るのか。深雪は改めてそうなった時の状況を思い浮かべてみた。
「……一時間もたないかもしれませんね」
「それはさすがに……深雪お姉さまの忍耐力が低いと言わざるを得ないですわね」
「試しに達也さん、私と亜夜子ちゃんと三人でお出かけしてみましょう。一時間で限界なのかどうか確かめてみる必要があるでしょうし」
「夕歌さん? お忘れかもしれませんが、私たちはさっき沖縄から戻ってきたのです。いくら達也様が人並み外れた体力をお持ちでも、さすがにこれから外出するのは避けた方が良いと思うのですが」
「別に遠出をするわけじゃないんだし、問題ないんじゃないかしら? それとも、深雪さんはこの程度で達也さんが体調を崩すとでも思っているのかしら?」
「そのような事は思っていませんが、達也様だって疲労は感じるのですから、無駄な疲労を蓄積させる必要は無いのではないかと言っているのです」
深雪の言い分は夕歌も理解出来る。だが、魔法師全体の問題に発展するかもしれない事案を、このまま放置しておいて良いはずがないとも思っているのだ。
「やはりご当主様に相談した方がよろしいのではありませんか?」
「精巧な達也さん人形を作るとか?」
「達也様そっくりな人形、ですか……」
「深雪、何を考えているんだ?」
「な、何でもございません!」
いきなり慌てだした深雪を見て、亜夜子と夕歌は首を傾げる。だがここで追い打ちをかけて氷漬けにされるのはさすがに嫌だったので、気になるが気にしない事にした。
「とりあえず何処まで我慢出来るか確認しておく必要はあると思うのよ。だからちょっと達也さんを借りるわね。限界が訪れる前に電話してくれればすぐ帰ってこられるようにはしておくけど、出来るだけギリギリまで我慢してね」
「……分かりました」
「それから桜井さん」
「はい、なんでしょうか津久葉様」
「貴女が無理だと判断したのならすぐに達也さんに連絡を入れる事。深雪さんは変な所頑固だから、限界突破しても電話してこない可能性もあるので」
「かしこまりました」
夕歌から小声で忠告を受けた水波は、自分の判断がここら一帯の命運を握るという覚悟で頷いたのだった。
「それじゃあ達也さん、近所のカフェにでも行きましょうか」
「深雪お姉さま、頑張ってくださいませ」
達也の手を取りリビングから去っていく夕歌と亜夜子を睨みつけて、深雪は早くも寂しさを感じていた。
「このくらいなら問題ないわね……達也様がお一人でお出かけになることだってあるのですから」
「まだ玄関にいらっしゃいますが?」
「達也様が私以外の女性と一緒にいると思うと、胸の当たりがチリチリと……」
「そこで止めないでください、怖いですよ……」
早くも限界なのではないかと、水波は深雪がどこまで冗談で言っているのか判断するのに手こずったのだった。
深雪の限界を確かめるという名目は嘘ではないが、こうして深雪無しで達也と出かけて見たかった夕歌と亜夜子は、妙に浮かれている様子だった。
「夕歌さんは春から大学院に通うんでしたっけ?」
「そうね。一応そういう事になってるし、せっかく試験も合格したんだから通う事になるわね。でも、達也さんが次期当主に決まって、私も婚約者の一人に選ばれると分かっていれば、そんなことしなかったのに……そういう亜夜子さんは、四高の授業を一高で受けるのよね? 文弥君と別々で生活するのは問題ないのかしら?」
「いくら双子とはいえ、私と文弥ももう高校二年生ですから、別々でも問題ありませんわ。そもそも異性の姉弟とずっと一緒というのは考え物ではありませんか?」
「達也さんと深雪さんを見てたら、問題ないと思うけどね。まぁ、達也さんのところは特殊な事情があったから仕方ないのかもしれないけどね」
夕歌がウインク混じりで達也に視線を向けると、達也は難しい顔を浮かべていた。
「どうかしたの?」
「いえ……この店初めて入ったのですが、あまり美味しいとは思えなくてですね」
「まぁ達也さんの基準は深雪さんでしょうし、多少美味しくないと思っちゃうのも仕方ないのかもね」
「学校近くのカフェのコーヒーは素直に美味しいと思うのですが……」
「ではこのお店が本当に美味しくないのではありませんか?」
周りに聞こえないよう配慮して亜夜子がバッサリと切り捨てた。
「まぁ、飲めなくはないので文句は言いませんが」
「それで、達也さんは深雪さんと離れて生活する事に不満は無いのよね?」
「元々、深雪が次期当主に指名されれば、俺以外の婚約者が宛がわれて、ガーディアンの任も水波一人で、俺は本家でひっそりといないものとして扱われながら生活することになってたでしょうからね。まぁ、母上と二人きりで生活する事になってたでしょうし、深雪と離れたところで俺は深雪の存在を確認する事が出来ますので、不安になることは無かったでしょうし、問題もありません」
「達也さんは常に深雪お姉さまの事を『視て』いらっしゃいますものね。深雪お姉さまもその事を知っておられるのですから、不安になる必要は無いと思うのですが」
「まぁ、深雪さんは達也さんの存在を感じていたのだと思うわよ」
コーヒーを啜りながらそう結論付けたタイミングで、達也の端末に水波からの連絡が入る。
「まだ一時間経ってないのにね」
「これは重症ですね……」
深雪に達也がいない時間を耐えさせる訓練はこれからも必要だと二人は感じ、この事も真夜に報告しなければとため息を吐いたのだった。
達也依存症はここまでくると大変ですね……