本家の自室で葉山が淹れてくれたハーブティーを飲んでいた真夜に、葉山から入電の報せが入る。
「誰からかしら?」
「奥様に直通の電話番号を知っている人物は多くありません。そして、血縁以外の人間が掛けてくる用事は今のところありませぬ」
「深雪さんかしら?」
「いえ、達也殿からです」
「たっくんから!?」
喜び跳び上がる真夜を、葉山は慈しみの目で眺める。まるで孫娘を見ているような表情だが、真夜はその事に気付かずに電話の前に移動して挨拶をする。
「どうしたの、たっくん? 今は亜夜子さんと夕歌さんがそっちに行っているはずだけど」
『えぇ、いらしてますよ』
「それで、何の用かな?」
ウキウキしながら達也の用件を尋ねる。例えくだらない事であろうと、達也から連絡をしてくれただけで真夜は幸せな気持ちになれるのだ。
『実は、深雪のことで少しご相談したい事がありまして』
「深雪さんの事? 何か問題でもあったの?」
『先ほど、亜夜子と夕歌さんと三人で出かけたのですが、一時間持たずに深雪が魔法を発動しそうになってしまいまして』
「それで、来月からの別居についての相談?」
『その通りです。母上は深雪と似たような感情を俺に抱いていますが、あまり会わなくても暴走しないので、そのコツを深雪に教えていただけたらと思いまして』
「コツって言われてもなぁ……昔は本気で四葉を滅ぼしてたっくんを取り戻そうと考えた時期もあったから、やぱり慣れしかないのよね……」
『やはりそうですか……少しずつ慣らしていくしか方法は無いのですね』
「側に深雪さんはいる? ちょっと代わってもらいたいんだけど」
『分かりました』
一礼して画面から消えようとした達也に、真夜は未練がましい視線を向け、画面内に留まるようお願いした。とりあえず邪魔にならないようにと、達也は画面端に移動して、中央に深雪の姿が映し出される。
『叔母様、このような事にお付き合いさせてしまい、誠に申し訳ございません』
「仕方ないわよね。深雪さんはたっくんラブになってから別々で生活した事なんて殆ど無いんだもの。私みたいにずっと離れ離れなのとは事情が違うもの。その事に気付けなかった私が悪いわ」
『いえ、そのような事は……』
「まぁまぁ。それで、たっくんと離れ離れになって一時間も耐えられなかったのよね? 前にたっくんと数日間別行動してた時があるわよね。その時はどうしてたのかしら?」
真夜が言っているのは、横浜騒乱の後始末で達也が出動していた時の事だ。連続ではないにしても、数日間は達也と離れて生活していたのは確かである。
『あの時は達也様は任務でしたから。他の女性とデートしていると思うと、どうしても我慢出来なくなってしまいまして……』
「なるほどね……かといって深雪さんを連れてデートするのは他の婚約者が納得しないでしょうし……深雪さんだってデートの邪魔をされたら怒るでしょ?」
『当然です! 達也様とのデートを邪魔するような不届き者は、一切の容赦なく凍らせます』
「それと同じような事を、他の婚約者も思うでしょうし、深雪さんも少しくらい我慢した方が良いのよね……」
真夜が腕組みをしながら呟いた言葉に、深雪は下を向いてしまう。その事は深雪自身も理解しているのだが、どうしても割り切れないのだ。
「深雪さんが新居に移れない理由は、深雪さんも重々承知しているはずですね?」
『はい、それはもちろんです』
「だからやはり深雪さんにはたっくんと別居していただくしかないのです。それも分かってますね?」
『はい……』
「たっくんの写真とかでは我慢出来ないのですか?」
真夜が達也と会えない時間を耐える為に利用している方法の一つが、常に達也の写真を見れるようにしている事だ。さすがに仕事中に取り出したりはしないが、移動中や部屋で休んでいる時には大抵写真を眺めている。
『ずっと本物の達也様とご一緒していましたので、写真で我慢出来るかどうか……』
「羨ましい悩みよね……ちょっとずつ写真で我慢出来るよう訓練するしかないわよ……ただでさえ深雪さんの同居を認めさせるのにいろいろと手を尽くしたのですから、これ以上深雪さんを優遇するわけには」
『本当に申し訳ございません……』
「深雪さんだけが悪いわけじゃないんですけどね……こういう時、普通は親である龍郎さんが相談を受けるべきなんでしょうが、あの人には深雪さんが会いたくないでしょうし」
『当然です』
「それじゃあ、数日間亜夜子さんと夕歌さんをそちらに泊まらせますので、その間深雪さんは出来るだけたっくんの写真で我慢出来るように頑張ってください」
『それはつまり、亜夜子ちゃんか夕歌さんが達也様とご一緒に夜を過ごすということでしょうか?』
「そこまで大げさに考えない方が良いわね。精々一緒に寝泊まりしてるだけって割り切ること。もちろん、亜夜子さんも夕歌さんも抜け駆けは許しませんのでそのつもりで」
どうせ画面外で聞いているのだろうと、真夜は亜夜子と夕歌に釘を刺した。
「深雪さんが写真で我慢出来るようになれば、それだけたっくんの為になるのですから、頑張ってくださいね」
『達也様の為……分かりました、頑張ってみます』
「それでは。たっくんもたまには会いに来てね」
深雪に微笑み、画面端にいる達也に挨拶をしてから通信を切り、真夜は苦笑いを浮かべながら、空のカップを口に運び、中身が入っていない事に気付きおかわりを要求したのだった。
やはりそれしかないんでしょうね……