劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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頑張れ、深雪……


達也を出迎え

 深雪がリビングで休んでいる間に水波は朝食の準備を始める。本来、深雪がやると言って聞かないのだが、今回ばかりはさすがに自重したのだ。

 

「あら、おはようございます、深雪お姉さま」

 

「おはよう。亜夜子ちゃんも早起きね」

 

「このくらいが普通だと思いますが……あら、夕歌さんはまだ起きてらっしゃらないのですか?」

 

「夕歌さんはまだ寝ているようよ。お休みだから別に構わないのでしょうけど」

 

 

 普段の夕歌ならこの時間に起きていても不思議ではないが、今は休みで尚且つ達也の部屋で休んでいるのだ。意地でもこんな時間に起きたりはしないだろうと深雪は思っている。

 

「亜夜子ちゃんも何か飲む?」

 

「では紅茶をお願いできますでしょうか」

 

「紅茶ね」

 

 

 深雪がソファから腰を上げて紅茶の用意をしようとしたタイミングで、キッチンから水波が紅茶を持ってきて亜夜子の前にカップを置く。

 

「黒羽にも水波さんのような優秀なメイドがいればいいのですが」

 

「水波ちゃんは正確に言うのであればメイドではないわよ。既にメイドとしての任は解除されてるから。単純に水波ちゃんの趣味として家事をしてくれてるだけなの。でもまぁ、水波ちゃんに言わせると、あくまでメイドであってガーディアンとしては見習いでしかないというのだけども」

 

 

 キッチンに戻っていく水波の背中を見詰めながら、深雪はクスクスと笑う。

 

「深雪お姉さまは水波さんの事をどう思っているのですか?」

 

「水波ちゃんの事? そうねぇ……ガーディアンとしても十分やっていけるでしょうけど、やっぱりメイドとして働いている方がイキイキしてる感じはするわね」

 

「いえ、そうではなく……というか、深雪お姉さまは分かってて言ってますでしょう?」

 

「バレちゃった? そうね、可愛い妹分って感じかしら」

 

「妹分、ですか?」

 

「それ以外に表現出来ないもの。確かに初めは本家から送られてきた監視役だと思っていたけど、今では家族だと思っているの。だから、それを表現するなら『妹分』って感じになるのかしら」

 

「そういう事ですか。てっきり手下とか、そういった意味かと思いました」

 

「そんなわけないでしょ」

 

 

 深雪がクスクスと笑うと、亜夜子もつられて笑う。その光景を不思議そうに眺めながらも、水波は朝食の準備を止めない。

 

「おはよう……」

 

「あらあら、夕歌さん。まだ眠そうですわね」

 

「初めは緊張してて寝付けなかったのよ……いつもより遅い時間に寝たから、まだちょっと眠いわね」

 

「でしたら、もう少し寝てても宜しかったのですが?」

 

「達也さんを出迎えるためには、このくらいに起きておかないと駄目なんでしょ? だから、眠いのを我慢してるのよ」

 

「私と亜夜子ちゃんで出迎えは出来ますので、夕歌さんはごゆっくりなさってても――」

 

「それじゃあ私だけ除け者みたいじゃないの」

 

 

 不貞腐れる夕歌に、深雪と亜夜子はそろって笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が帰ってくる時間が近づくにつれて、亜夜子と夕歌がそわそわと玄関に視線を向けては時計に視線を向けるという行動が目立ちだし、深雪は一日の長らしく落ち着いた笑みを浮かべて二人に声を掛ける。

 

「まだ大丈夫ですよ。そこまで緊張なさるのでしたら、私一人で出迎えは致しますが?」

 

「大丈夫ですわ。深雪お姉さまにご心配をかける事は何一つありませんもの」

 

「ちょっと落ち着かないけど、深雪さん一人に任せるまではいかないわよ」

 

 

 深雪の余裕な態度に比べて、亜夜子と夕歌は少しも余裕を感じられない。経験の差というのはやはり大きいものなのだと痛感したが、これからは深雪だけが達也を出迎えるわけではなくなるのだから、少しでも慣れておきたいという気持ちだけで二人は平静を保っているように水波には思えたのだった。

 

「そろそろお時間ですので、お三方は玄関へどうぞ。私は仕上げをしておきますので」

 

 

 水波に促され、亜夜子と夕歌はぎこちない動きでリビングから玄関まで移動する。その二人を後ろから眺めながら、余裕綽々で深雪が続いた。三人が玄関に到着したタイミングで、玄関の扉が開かれ達也が姿を見せる。

 

「お帰りなさいませ、達也さん」

 

「お疲れ様」

 

「達也様、シャワーの準備が出来ていますので、そちらへ」

 

「あぁ、済まないな」

 

 

 深雪の言葉に達也が反応し、着替えを取りに自室へと向かう。達也が横をすり抜けた時、亜夜子と夕歌は彼の汗の匂いにくらくらしそうになったが、さすがにはしたないと自覚したのか何とか耐えた。

 

「これを深雪お姉さまは毎日していらっしゃたのですか?」

 

「毎日じゃなかったけど、だいたいそうよ」

 

「凄いわね……私だけだったら耐えられないわよ、きっと」

 

「私も最初の方は意識を保つのに必死でしたけど、今はそうでもありませんし」

 

「つまり、深雪お姉さまはあの匂いに慣れてしまったと?」

 

「もちろんくらくらはするけど、二人ほどではないわね。あの時に比べればこれくらいどうって事ないですし」

 

「あの時?」

 

「何でもないわよ。さて、気分も回復したし、水波ちゃんのお手伝いでもしましょうかね」

 

 

 明らかに何かを誤魔化しているが、深雪から聞き出すのは困難だろうと亜夜子も夕歌も考えが一致したので、とりあえず追及する事は諦めた。

 この後も新居が完成するまで亜夜子と夕歌は司波家で生活したのだが、深雪の嫉妬心を抑える事は簡単には出来なかったのだった。




我慢は出来るけど限界が早いだけ……

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