九校戦三日目、男女ピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードの決勝が行われるこの日は、九校戦前半の山場とも言える。
「服部先輩が男子第一レース、渡辺先輩が女子第二レース、千代田先輩が女子第一試合で十文字会頭が男子第三試合か」
組み合わせ表を見ながら、達也は軽く頭を悩ませる。服部は自分に応援に来てほしいとは思って無いだろうから、千代田のレースを見に行くのは確定しているのだが、同じ生徒会の深雪が服部のレースを見に行かないのはちょっとマズイような気がしているのだ。
「あっ、いたいた。達也く~ん!」
しかし幸いにして(?)頭を悩ませる時間はそう長くなかった。
「会長、何かご用でしょうか?」
「ちょっと手伝ってほしい事があるんだけど、今大丈夫?」
「まあ大丈夫ではありますが……」
「よかった。それじゃあついてきて」
ついてこいと言っておきながら、真由美は達也の手を引っ張って移動し始める。これでは追行では無く連行だと達也が思ったかは定かでは無い。
結局真由美の用事が終わったのは、女子第二レースが始まるギリギリだった。わざわざ作業中だと分かっているのに、「あたしのレースは観に来るんだろ?」と念押しのような事までされたので、それが例え一部であろうと見逃したと言う事になると厄介な事になりかねないのだ。
「お兄様、此方です」
「ギリギリだね、何かあったの?」
「会長にものを頼まれてた。作業自体はそれ程大変じゃ無かったんだが、会長がな……」
達也の作業を中断させてまで質問してくる真由美の所為で、これほどまでに時間がかかったのだ。
「もうスタートですよ」
「そうだな。間に合ってよかった」
達也が席に着くのと同時に、スタートのブザーが鳴る。準決勝からは参加人数が五人から三人になる為、より個人を狙った攻撃がしやすくなるのだ。
「渡辺先輩についていってる」
「さすがは『海の七高』」
「去年の決勝カードですよね、これ」
摩利の背後にピッタリとついて行っている選手がいる事に、観客席は驚きと興奮の声で盛り上がっている。
「(渡辺先輩、楽しんでないか?)」
七高の選手が必死な顔をしてるのに対して、摩利の表情はまだまだ余裕そうなので、達也はそんな事を思っていた。
「ん?」
コーナーを曲がると観客席からは直接見られないので、スクリーンにその映像が映し出された。その映像になにやら小さな異常が見られたので、達也はそっちに目を取られていたのでその瞬間は見逃した。
「あっ!?」
観客席から漏れる悲鳴。達也はレースに目を戻すと、そこにはバランスを崩した七高の選手の姿があった。
「オーバースピード!?」
誰かが叫んだ。確かにそう見えない事も無い。バランスを崩し、自分の動きを制御出来ていない七高の選手は、コーナーを曲がりきれずにフェンスに突っ込むしか無い……目の前に誰もいなければ……
先ほど美月が言ったように、摩利とこの七高の選手の対戦は、去年の決勝カードなのだ。ラップタイムにそれ程差がある訳でも無いので、当然摩利もコーナーに差し掛かっているのだ。
「危ない!?」
そう叫んだのは、いったい誰だったのだろうか……摩利がスピードを押さえて七高の選手を受け止めようとしたその時、摩利の身体が不自然に沈み、摩利までもが体勢を崩した。
その結果七高の選手と摩利はそのままフェンスにもつれるように激突した。レース中断の旗が振られる中、達也は席を立った。
「お兄様」
「行ってくる。お前たちはそこで待ってろ」
「分かりました」
既に達也は人ごみをもの凄い速度で駆け抜けている。深雪はそれに続こうとした友人を制して、顔を青ざめながら状況を見守る事にした……
目を開いて視界に飛び込んできたのは、見た事のない天井だった。
「ここは……?」
「摩利、大丈夫!? 私が誰だか分かる!?」
「真由美? 何を言って……ッ」
悪友が自分の顔を心配そうに覗き込んできたのを笑い飛ばそうとして、後頭部に強い衝撃を覚えた。
「ここは病院か……」
「ええ、裾野基地の病院よ。良かった、意識に異常は無いようね」
「あたしはどれくらい気を失っていたんだ?」
眠っていたでは無く気を失っていたと言う表現を使った事で、摩利は自分がどれくらい重症か分かっているのだと真由美は理解した。
「今はお昼過ぎよ。あっ、まだ動いちゃ駄目。肋骨が折れてるから」
「それで、どれくらいで動けるようになるんだ?」
「日常生活なら一日くらいで支障は無くなるけど、念のため十日は激しい運動は控えた方が良いわね」
「おい、それじゃあ……」
「ミラージ・パッドも棄権するしか無いわね、残念だけど」
摩利が言いたい事を理解して、真由美は残念そうな表情で告げる。
「レースは如何なった?」
「七高は危険走行で失格。決勝は三高と九高よ。三位決定戦はウチと二高。小早川さんが貴女の代わりに出てくれてるから、三位は取れると思うわ」
「そうか……それで、七高の選手は如何した?」
「貴女が庇ったおかげで大した怪我では無いわ」
「ふん……それで自分が大怪我してたんじゃ世話が無いな」
「でも摩利、貴女の判断は正しかったわ。あそこで貴女が庇ってなかったら、七高の選手は魔法師人生を断たれていたわ。これは達也君も同意見よ」
「おい、何で此処でアイツの名前が出てくるんだ」
「だって、貴女を此処まで運んでくれたのは達也君だから」
「何!?」
真由美の発言に摩利の顔が急激に赤みを増していく。
「救護班と同じくらいの速さで駆けつけて、肋骨が折れてるのを瞬時に見抜いて応急処置を指示したのも達也君」
「……何者なんだ、アイツは」
「何だか怪我人とかの扱いに慣れてるようだったけど……ところで摩利、あの瞬間、第三者からの魔法攻撃を受けなかった?」
「如何言う事だ……」
急にシリアスな雰囲気になったので、摩利も多少戸惑う。随分と付き合いがある真由美の、こんな感じは始めてなので仕方ないだろうが。
「あの時、貴女の身体が不自然に沈んだように見えたわ」
「……確かにバランスが崩れたが、試合中だったんだからそれくらいありえるんじゃないのか?」
「あの時、三高の選手もそんな魔法は使ってなかった。それにスタンドからは魔法は掛けられない。となると、妨害工作が行われていた可能性が高い、これも達也君と同意見。彼、大会本部から映像を借りて解析するって言ってたわ」
「……高校一年のスキルでそんな事が出来るのかは置いておくとしても、何故そんな事が?」
「分からない。でももしそれが本当だとすると、もうウチだけの問題では無くなってくるわ。達也君ならその事もしっかりと見つけてくれるでしょうけどね」
真由美がそれだけ言って病室から出て行くのを、摩利はただただ見送る事しか出来なかった。自分だけが狙われていたのなら、これでもう終わりだと思っていたのに、まだ続くかもしれないと言われ、何も出来ない自分を歯痒く思いながら、摩利はベッドに横たわるのだった。
描写が微妙な感じに……