達也が沖縄から帰ってきたと聞きつけた怜美は、同じくその情報を聞きつけているであろう遥を誘って生徒会業務終わりの達也を強引に連れ出して街に来ていた。もちろん、達也は制服のままなので遅い時間まで連れ出す事は出来ないが、それでも十分遥と二人で楽しめるはずだったのだが、思わぬ人物と遭遇して二人の計画は始まる前に終わってしまった。
「あら、達也くん」
「藤林さん、何故このような所に?」
「それは達也くんの方じゃないかしら? ここは女性が来るような場所で、達也くんの方が異分子扱いされるような場所よ?」
「まぁ、それは分かってますが」
「エレクトロン・ソーサリス……」
「こんにちは、小野遥さん。それとも、ミズ・ファントムとお呼びした方が?」
厭味ったらしく別称を使った遥とは違い、響子は実に厭味らしく聞こえない口調で名前を呼び返した。その態度に遥は舌打ちをしそうになったが、怜美はごく普通に響子に頭を下げて挨拶をした。
「お久しぶりですね」
「そうですね、ご無沙汰してます」
「せっかくだし、藤林さんもご一緒しませんか?」
遥としてはこの怜美の提案は受け入れがたいものがあったが、ここで突っぱねてもあまり意味はないだろうと理解しているのか、成り行きを見守るだけだった。
「そうですね……では、ご一緒させていただきましょう」
「ではいきましょうか」
「ところで、俺は何故このような場所に連れてこられたのでしょうか?」
「達也君にコーディネートしてもらおうと思ってね」
「俺に服のセンスなど求められても……」
達也は基本的に機動性重視の服装なので、おしゃれなどは専門外である。もちろん、そんなことは怜美だって知っているし、今更達也にファッションセンスを期待もしていない。
「達也君に選んでもらった服を着たいだけだから、あまり奇抜じゃなかったら問題ないわよ」
「はぁ……それでいいのでしたら」
「決まりね! ほら、小野先生も何時まで不貞腐れているんですか」
「別に不貞腐れてないわよ」
怜美に指摘されて、遥は自分の頬を触って確認してから反論したが、その行動が不貞腐れていた事を証明しているのではないかと三人は感じていたが、誰も口にすることは無かった。
「それにしても、藤林さんはスタイルが良くて羨ましいですわね」
「そうでしょうか? 鍛えているからではないかと」
「てか、安宿先生が言っても厭味にしか聞こえませんよ?」
「あら、そんなこと無いんですけど」
怜美にスタイルをじっくりと見ながら、遥がため息交じりに指摘するが、怜美は響子のスタイルと遥のスタイルを羨ましく眺めていたのだった。
無事買い物を済ませた一行は、とりあえず食事にしようという事で近場の飲食店に入った。傍から見れば美女三人に囲まれた羨ましい男、に見えるだろうが、達也は制服なのであまり妬みの視線は飛んでこなかった。
「達也くんが私服だったら大変だったかもね」
「楽しんでません?」
「そんな事ないわよ。というか、深雪さんと一緒だったらしょっちゅうでしょ、こんなの?」
「まぁ、深雪は特に目立ちますからね」
達也と響子が楽しそうに話しているのを、遥は面白くないという表情を浮かべながら眺めていた。割って入りたいが、話題が思いつかないのだろう。
「ところで司波くん、私たちも例の新居にお呼ばれされているんだけど良いのかしら?」
「別に構わないんじゃないですかね。母上が正式に認めているわけですし、他の人が文句を言ったところで覆ることもないでしょうし」
周りに事情を知らない他の客もいるので、遥も達也も具体的な単語は出さずに話を進める。もし達也の事を知っている人間がいても、知られて困るものではないので響子たちもツッコミを入れる事無く聞いていた。
「完成は何時頃になるのかしら?」
「あともう少しだとは聞いていますが、新学期には間に合わないでしょうね」
「そうなると一色さんたちや黒羽さんはどうするのかしら?」
「本家が用意した部屋で生活していると聞いてますし、完成まではそこを利用するのではないでしょうか」
「一色さんの存在が司波さんを成長させるのかしらね」
「そうだと良いですがね」
実際リーナがいた数ヶ月で深雪はだいぶ成長した。残り一年でどれだけ成長するか分からないが、愛梨の存在が成長を促してくれればと達也も若干期待している部分はあるのだ。
「黒羽さんの存在は七草姉妹の刺激になるかしらね」
「新人戦では戦えなかったですが、亜夜子の実力は二人とも十分感じ取ったでしょうし、あの時の自分では勝てないとも理解したでしょうからね。ライバル心を持ってくれればいいのですが」
「さすが、作戦参謀ともなると考える事が違うわね。今年の九校戦もウチの優勝かしらね」
「一年の質によると思いますがね。後は一条たちがどれだけ成長しているかですが」
「最大のライバルは三高だもんね。でも、二高には光宣くんがいるわよ?」
「光宣は競技に参加するよりも参謀として参加した方が安定して力を発揮出来ると思いますがね。下手に競技に参加して体調を崩したら元も子もありませんし」
「そうね……一応安定してきたとはいえ、まだ油断ならないものね」
九島家の内情なので、遥も怜美も下手に口は挿まなかった。その後は他愛のない話をして、この後の予定を立てるのだった。
秘密が多いなぁ……