深雪の許可も取り、達也も着替え終わったので、遥はそそくさとリビングから玄関に移動した。その遥の背中を追いかけるように怜美も移動し、響子が意味ありげに深雪に向けて笑みを浮かべてから達也の腕を取って玄関に移動した。
「何故深雪に笑みを?」
「何もしないってアピールよ。そうしておかないとここら一帯が氷河期に突入してしまうかもしれないでしょ?」
「そこまでは無いと思いますが……」
言い切れないのが不安の表れだと響子は理解している。達也だからこそ深雪が暴走するかどうかの確率がどの程度か理解しているからこその間だったのだろう。
「ちょっと! エレクトロン・ソーサリスだけ司波くんと腕を組むなんてズルいわよ!」
「先ほど貴女と安宿先生が達也くんの腕を引っ張ってたのを黙って見てたのですが? それでもズルいと言うのですか?」
「それはそれ、これはこれよ!」
「随分と狭量ですね」
呆れたように言われたのなら、遥も反省したかもしれないが、響子の表情はあくまで冷静だったので、余計に遥がヒートアップする原因だったのだった。
「私は貴女みたいに何でも出来るわけじゃなかったし、貴女のように最初から司波くんの婚約者として認められたわけじゃないので。少しくらい狭量でも仕方ないじゃないですか」
「私だって何でも出来るわけではありませんが。それに達也くんの婚約者に認められるためにそれなりに努力しました。最初から認められていたのは、精々深雪さんくらいでしょうね」
「あの、玄関で喧嘩しないでくれませんか?」
遥の声が聞こえたのか、リビングから水波が顔を出して二人に注意する。水波に対して響子はすぐに笑みを浮かべながら頭を下げたが、遥は納得出来ないという表情を浮かべながらも、さすがに五月蠅かったのを自覚していたのでとりあえず頭を下げたのだった。
「とりあえず出ましょう。続きはそれからでも出来るでしょうし」
「私は続けるつもりは無いのだけど、ミズ・ファントムが続けたいのでしたら構いませんよ」
「私だって言い争いをしたいわけではないです」
「それじゃあ~三人仲良く達也君とお出かけしましょう」
「何で安宿先生が仕切ってるんですか?」
「だって、達也君に視線でどうにかしてほしいって言われたからかな~?」
「俺はそんなこと言ってませんが?」
「何となく感じ取ったのよ~」
怜美に背中を押されるように外に出た一同は、とりあえず落ち着ける場所に移動するのだった。
何処に行っても響子の存在が気になってしまった遥は、達也に心配されて今は怜美と二人でゆっくりと休まされている。達也と響子は四人分の飲み物を買いに行っているのだが、何故達也と響子の組み合わせなのかと遥はその事でもイラついていた。
「小野先生、大丈夫ですか~?」
「心配かけてしまって申し訳ありません、安宿先生……どうも彼女を見ると苛立ってしまうんですよね……」
自分の方が響子に劣っていると自覚しているが、簡単に負けを認めるのは遥は受け入れられないようで、顔を合わせる度に対抗心を燃やしてしまうのだ。
「あの人、小野先生の知り合いだったのね~」
「私が学生時代、彼女は同年代の中で知らない人はいないってくらい有名だったのよ。私はBS魔法師と言われる中で、彼女は輝いてたの……自分が劣ってるというのは分かってるんだけど、どうしても対抗したくなっちゃうのよ……」
「その気持ちは大事にした方が良いと思うけど、達也君の前では自重した方が良いかもね~。せっかく苦労して愛人という立場を認めてもらったのに、正妻候補と対立するようなら外されてしまうかもしれないし」
「そうなのよね……今回も向こうが上で私が下なわけだし……」
「別に優劣をつける必要は無いんじゃないかしら? 達也君は正式な婚約者と私たちを区別するような事はしていないし、私たちが卑屈にならなければ、婚約者だろうが対等だと思えるかもしれないし」
「安宿先生のその心持ちは羨ましいと思います」
「そうかしら?」
普段は何処か抜けているような雰囲気の怜美だが、今の立場に対する考え方は遥よりもよっぽど図太いものを持っている。遥はその心持ちが羨ましく思う一方で、どちらが本当の怜美なのか不思議に思ったのだった。
「お待たせしました」
「達也君」
「はい、なんでしょうか?」
「達也君にとって、私たちと他の婚約者たちとの違いって何かしら?」
「結婚するかしないかの差、でしょうか」
「じゃあ、女としての優劣はあるのかしら?」
「いえ、それは考えたことはありません」
怜美の質問に正直に答えていく達也を見て、怜美はチラッと遥に視線を向けて頷く。
「何故こんな質問を?」
「小野先生があまりにも卑屈になってたから、私たちと婚約者との違いをはっきりさせたらいいんじゃないかって思って」
「そんなものですか?」
「幾つになっても女は他の女性と比べてしまうものなのよ」
「はぁ……俺には分からない感情ですが、俺は別に女性に優劣は付けませんよ」
「まぁ、達也くんならそうでしょうね。達也くんくらいの器の大きい人ばかりじゃないしね」
「そんなこと無いと思いますが」
イマイチ自分の器量の大きさを自覚していない達也はしきりに首を傾げたが、響子と怜美はくすくすと笑い、その二人につられるように遥も笑い出したのだった。
大人の女性相手でも苦にしない達也……さすがっす