劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相変わらず泉美がヤバい……


新入生総代

 あずさたちが卒業し、達也たちは三年生――最上級生になる。生徒会の代替わりは例年通り十月に済んでいたが、これで名実ともに一高のトップになる。だからと言って、達也には特に感慨めいたものは無かった。深雪のように一層の責任感を静かに燃やすことも無い。ただ面倒事はなるべく起こらないでくれと願うばかりである。

 達也、深雪、水波の順番に入った生徒会室には、既に泉美と香澄、そして新入生総代を務める新一年生が待っていた。

 新入生総代の三矢詩奈は泉美たちと面識があり、達也たち三人が入ってきた時、楽し気にお喋りしている最中だったが、深雪の姿を認めた途端、泉美が座っていた椅子を蹴倒さんばかりの勢いで駆け寄ってきた。

 

「深雪先輩、お久しぶりです! あぁ……今日も変わらずお美しい……いえ、ますますお美しくなられて……」

 

「おはよう、泉美ちゃん。私がいない間、いろいろと進めてくれてありがとう」

 

「深雪先輩、もったいないお言葉です! はぁ、こんなに幸せで良いのでしょうか……」

 

「大袈裟よ、泉美ちゃん」

 

 

 深雪の労いの言葉に、泉美は今にも卒倒しそうな有様だった。深雪は笑いながら窘めたが、それほど強い調子ではなく、口で言ってもなんともならないと学習しているようだった。二人のやり取りの背後では、香澄が達也と水波に挨拶を済ませていた。

 

「香澄ちゃんもおはよう。吉田君の代理、ご苦労様です」

 

「おはようございます、会長」

 

 

 深雪も香澄に挨拶を済ませてから、新入生に目を向けた。

 

「おはようございます。はじめまして、三矢さん。第一高校生徒会長の司波深雪です」

 

「おはようございます。三矢詩奈です。はじめまして」

 

 

 緊張した表情でお辞儀をすると、彼女の髪の毛が軽く跳ねて、着けていたヘッドホンに引っ掛かった。

 

「あっ……」

 

「良いんですよ、事情は承知していますから」

 

「……すみません。入学式では目立たない物にします」

 

 

 慌ててヘッドホンを外そうとした詩奈を、深雪が優しく制した。恥ずかしそうに詩奈が頷いた。もうすぐ入学する学校の上級生の前でヘッドホンを着けてままだったことを、ここにいる誰もが咎めなかった。以前から付き合いのある双子は言うまでもなく、この場にいる全員が詩奈の事情を知っているからだ。

 彼女は聴覚が鋭敏過ぎて、普通の人間には決して聞き取れないような微かな空気の振動ですら音として聞き取ってしまうのだ。彼女のこの「症状」は魔法力の発達とともに表面化してきたもので、美月の霊子放射光過敏症と同じく、魔法的な知覚力に起因するものと考えられている。

 魔法で強制的に聴覚を弱体化させると魔法に対する感覚まで麻痺してしまうので、このヘッドバンド式イヤーマフを開発し、常時それを装着する事で日常生活と魔法師としての人生を両立させているのである。

 

「入学式ではあまり目立たない物の方が良いだろう。だが普段は学校でもそれで構わないと思う。教員を含め、そんなことを気にする者は当校にいないはずだ。だから今も気にする必要は無い」

 

「はい……ありがとうございます、司波先輩」

 

 

 達也のセリフは、打ち合わせを円滑に進めるためのものだったが、詩奈は達也が自分に気を遣ったと解釈して、申し訳なさそうな笑みと共に頭を下げた。

 それでも達也の発言には、詩奈の「失敗したかも」という不安を取り除く効果が多少なりともあり、その後始まった入学式の打ち合わせは和やかな雰囲気で進んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩奈との打ち合わせは十一時で終了した。深雪たち在校生にはまだ学校に残ってやるべきことがある。だが詩奈は、今日の所はこれでお役御免だ。

 

「詩奈ちゃん、お疲れ様でした。今日のところはもういいですよ」

 

「本当は詩奈と一緒にランチしようと思ってたんだけど、まだちょっと早いね」

 

 

 泉美が声を掛けた後、香澄が「残念」と言いながら詩奈に笑いかける。すると詩奈が、少し気後れした感じの笑みを浮かべた。

 

「あの、私、皆さんとお近づきの印にと思って、こんな物を作ってきたんですけど……」

 

 

 そういって詩奈が足下に置いていたスポーツバッグからピクニックに使われるようなバスケットを取り出し蓋を開ける。そこには片手に乗るくらいの大きさのパンケーキサンドが一つ一つワックスペーパーに包まれて整然と収まっていた。

 

「うわっ、今日のも美味しそう!」

 

「詩奈ちゃんは本当にお菓子を作るのが上手ですね」

 

 

 歓声を上げた香澄と、ニコニコしながらバスケットを覗き込む泉美。

 

「深雪先輩、せっかくですからご馳走になりませんか」

 

「よろしければ、是非」

 

 

 泉美のセリフを受けて、詩奈がはにかんだ笑顔で深雪にそう申し出た。

 

「ありがとう、三矢さん。では、お言葉に甘えて」

 

 

 深雪は達也が目で頷くのを見て、パンケーキを一つ手に取りそのまま口に運んだ。

 

「美味しいわ」

 

 

 クリームをたっぷり挟んだパンケーキサンドを一口齧ったばかりであるにもかかわらず、唇にも歯にもその痕跡を残していない深雪がニッコリと詩奈に笑いかける。

 

「あの、司波先輩も如何ですか? それとも、甘い物はお嫌いでしょうか?」

 

 

 詩奈は目元を赤くしながら、達也にもおずおずと勧めた。

 

「いただこう」

 

 

 達也はチョコレートクリームを挟んだ物を手に取り、二口で口の中に収める。ちょうど飲み物を持ってきたピクシーから紙ナプキンを受け取り唇を拭った達也の顔は、少なくとも無理をしているという表情ではなかったので、詩奈はホッと表情を緩めた。

 

「水波もいただくと良い」

 

 

 達也の声に、水波がバスケットへ手を伸ばす。それを合図にしたように、泉美と香澄、そして詩奈本人も次々にパンケーキサンドを手に取ったのだった。




イヤーマフ少女は可愛いと思う……

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