劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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物騒な事を考えるなぁ……


不吉な可能性

 詩奈の差し入れで午前のティータイムを楽しんだ分、遅めにした昼食の席で、達也はシンクロライナー・フュージョンの使用に関するニュースをモニターに出すようにピクシーに命じた。香澄や泉美からの反論も無い。皆、この大事件が気になっている様子だ。何時もは小さく分割されている壁面ディスプレイの画面が大きく映し出された最新のニュース録画に、達也以外の四人は思わず箸を止めていた。

 

「どの・ニュースチャンネルも・ほぼ同じ・内容を・伝えています」

 

 

 ピクシーがパラサイトに由来するテレパシーではなく、機械のボディに備わったスピーカーで説明を付け加える。達也はピクシーに頷き返して、すぐに目を画面へ戻した。もっとも、モニターを凝視していなくても、必要な情報は耳から得られる。

 ニュースキャスターが告げた被害者の最新データは死者およそ九千人、負傷者およそ三千人。今朝の一報目に比べて大幅に増えている。状況が明らかになるにつれて犠牲者数が増大するのはどんな事件でもほぼ共通することとはいえ、今朝の時点で死者およそ千人と報道されていた。この大きすぎる差は、情報隠蔽の試みと、それが上手く行かなかったことを窺わせる。

 一日の戦闘での死傷者合計が一万二千人という被害規模も近年では稀に見るものだが、それよりも死者と負傷者のバランスの悪さが達也には気になった。シンクロライナー・フュージョンがどんな魔法なのか、その仕組みは達也も知らない。だが、どんな風に見えてどんな効果をもたらすのかは分かっている。十三人の魔法師が使う戦略級魔法の内、効果も見た目も明かされていないのは新ソ連のイーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフが使う『トゥマーン・ボンバ』だけだ。他は発動時の見た目と効果、あるいはそのどちらか片方が判明している。

 シンクロライナー・フュージョンはこれらの公開された戦略級魔法の中でも、その性質がよく知られている魔法だ。シンクロライナー・フュージョンは数キロから数十キロの距離を置いて東西から高密度の水素プラズマ雲を向かい合わせに加速する。そして攻撃目標である中間地点の上空でプラズマ雲を衝突させる事により核融合反応を引き起こし、その熱と衝撃波で対象地域を破壊するという形を取る。戦略核に匹敵するだけの威力を得るためには、プラズマ雲を構成する無数の陽子を一つ一つ、ほぼ同時に正面衝突させる必要がある。いったいどうやってそんな細かい操作をしているのかという肝心な部分は判明していないが、その効果は純粋水素核融合爆弾と同じで、破壊力は爆心地の距離の三乗に反比例する。つまり、プラズマ雲の衝突地点から遠ざかるにつれて急激に殺傷力が下がっていくという事だ。

 それにも拘らず今回の戦闘において、死者の数が負傷者数を圧倒的に上回っている。元々平均人口密度が低い地域において、大量の犠牲者、そして死者の比率の極端さ。これが敵兵力集結の状態を狙ったのなら問題ないが、大規模な難民キャンプの中央部を狙ったものだとしたら。今回戦場となっている地区は、一旦はブラジルが領土に組み込んだものの、現在は独立派武装ゲリラが実質的に支配している地域だ。ゲリラを敵とする戦闘においては決してあり得ない事ではないが、大勢の非戦闘員大量殺戮が意図的に行われたとしたら、命令を下したものだけでなく実行者も非難を免れない。

 その場合も、ブラジル軍戦略級魔法師ミゲル・ディアスが非難の標的になるならまだいい。だが、魔法師全般に人道の敵というレッテルが貼られる展開も十分に考えられる。

 この不吉な可能性を見てしまった事が、達也を憂鬱にさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食が終わりニュースを消しても生徒会室は暗いムードに包まれたままだったが、入学式の準備はテキパキと進み、深雪が本日の終了を告げたとき、時刻はまだ十六時を少し回ったところだった。

 

「あの、深雪先輩」

 

「泉美ちゃん、何かしら」

 

「光井先輩のお加減、如何なのでしょうか? お見舞いに伺っても構わないようでしたら……」

 

「今日一日ゆっくりしていれば治るそうよ。とりあえずこの後、私たちでお見舞いには行くけど、大げさにしたくないとメールが着てたから、泉美ちゃんたちは明日まだ治ってなかったら行ってあげて」

 

「そうですか……わかりました」

 

 

 もしほのかが一人で言っているなら、深雪も強がりだと思ったが、このメールは先にほのかの家に向かった雫から送られてきたものだ。

 

「泉美ちゃんが心配していたと、ちゃんとほのかに伝えておくから」

 

「はい、お願いします」

 

 

 泉美と香澄が一礼して生徒会室から出て行くのを確認して、深雪は達也と水波に視線を向ける。

 

「あんまり大げさにしないほうがほのかのためですものね」

 

「そうだな」

 

 

 ほのかの風邪の原因は、まだ肌寒い時期に水着になってはしゃいだからで、あまり他人に言いたくないようだ。原因を知っている雫と達也たちならともかく、風邪を引いた原因を知らない後輩にまで自分の失態を話したくはないのだろう。

 

「それでは、生徒会室の戸締りをしっかりとしてから参りましょうか」

 

「ピクシー、サスペンデットモードで待機」

 

『かしこまりました、マスター。また明日、お待ちしております』

 

 

 ピクシーを待機状態に移行し、達也たちも生徒会室を後にするのだった。




もうピクシーも完全に生徒会メンバーみたいな感じですね……

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