深雪はノックの音を聞くとその相手を招きいれた……達也の部屋に。
「お兄様、五十里先輩と千代田先輩がお目見えになりました」
達也は端末を叩く手を止め、立ち上がり頭を下げる。
「スミマセン五十里先輩、わざわざご足労頂いて」
「良いって、手伝うって言ったのは僕だし、それに作業中の端末を持ってきてもらう訳にもいかないしね」
五十里の言葉にもう一度頭を下げてから、達也は花音に視線を向けた。
「千代田先輩、優勝おめでとうございます」
「ありがとう。摩利さんがあんな事になっちゃったからね。その分私が頑張らないと!」
拳を握る花音は、熱血と言う言葉がピッタリだと深雪は思ったが、達也と五十里はその事を気にしなかった。
「それで、何か分かったかい?」
「一通り解析はしました。やはり第三者の介入があったと見るべきですね」
「どれどれ……もうこんな解析を、やっぱり司波君は仕事が速いね」
相手が相手なら変な気持ちになりそうな笑みを浮かべ、五十里は達也を賞賛する。花音が若干つまらなそうな表情を浮かべたが、達也は全くの無表情だったのですぐに表情を改めた。
「確かに不自然だね。だけど如何やって第三者が介入したんだろう……スタンドからは介入出来ないし、水の中に潜むなんて事は不可能だもんね……」
「司波君の解析が間違ってるんじゃないの?」
花音の言葉に、深雪がムッとしたが、それより早く五十里が花音の言葉を否定した。
「司波君の解析は完璧だ。少なくとも僕じゃ此処までの解析は出来ない。もちろん他のエンジニアにも難しいだろう。出来たとしてもこんなに早くは出来ないし、解析出来た頃には犯人はとっくに逃げ出してるだろうね」
「そうなんだ。司波君って凄いんだね」
許婚の言葉であっさりと丸め込まれ、花音は達也に賞賛の言葉を送る。その言葉に達也では無く深雪が嬉しそうに照れたのだが、その事に気付いたのは達也だけだった。
「あら? またお客様?」
「深雪、出てくれ」
「はい……美月と吉田君? 如何して此処に?」
「達也さんに呼ばれたんですが……」
「僕もです」
「お兄様に?」
達也に呼ばれたと言う二人をとりあえず招きいれ、兄に確認する。
「お兄様、美月と吉田君がお兄様に呼ばれたと……」
「ああ、俺が呼んだ。入ってもらえ」
「分かりました」
達也の言う事は全面的に信じる深雪は、何故呼んだのかなど余計な事は聞かずに待機指していた二人を部屋の奥まで入れる。
「悪いな、こんな時間に」
「い、いえ……」
「大丈夫だよ」
「紹介します。クラスメイトの吉田幹比古と柴田美月です」
「はじめまして……」
「どうも……」
「知ってると思うが、二年の五十里先輩と千代田先輩だ」
「やっ!」
「花音……」
緊張している二人に対して、花音は気さくに声を掛け、美月の肩を軽く叩いた。それを見た五十里は悩ましげにため息を吐き、幹比古を動揺させた。
「二人には水中工作員の謎を解く為に来てもらいました」
五人の視線での問いかけに答える訳では無いが、達也は二人を部屋に呼んだ理由を説明する。
無論それだけで理解してもらえるとは達也も思って無いので説明を続ける。
「俺たちは今、渡辺先輩が第三者に妨害された可能性について検証している」
達也の発言は二人には衝撃的だったようで、美月も幹比古もあんぐりと口をあけて固まっている。
「あの瞬間、水面が不自然に陥没している。その所為で渡辺先輩の慣性中和魔法のタイミングがズレ、フェンスに突撃する形になってしまっている。この水面陥没は間違いなく水中からの魔法干渉によるものだ。コース外から気付かれずに水中に魔法を仕掛ける事は不可能だ。遅延魔法による可能性も低い、だとすれば魔法は水中に潜んでいた何者かが仕掛けたと言うのが俺と五十里先輩の見解だ」
一旦言葉を切り、視線で幹比古と美月に確認する。二人は頷いて理解した事を達也に伝えた。
「しかし生身の魔法師が水路の中に隠れていたと言うのは荒唐無稽な話です。完璧に姿を隠す魔法など、現代魔法にも古式魔法にもありませんから」
今度は五十里と花音に視線を向け、二人も頷き達也の言葉に同意した。
「そうなると残された可能性は、人間以外のものが潜んでいたと言う事です」
「司波君は精霊魔法の可能性を考えてるのかい?」
五十里の問いかけに、達也は頷いて答える。
「吉田は精霊魔法を専門にしてますし、柴田は霊子光に対して特に鋭敏な目を持ってます」
「だから二人に来てもらったんだね」
再び五十里の問いかけに頷いて答える達也。その動作の後すぐ、幹比古に視線を向けた。
「幹比古、専門家としての意見を聞きたい。数時間単位で特定の条件に従って水面を陥没させる遅延魔法は、精霊魔法によって可能か?」
「可能だよ」
「お前にもか?」
「ある程度地形を確認して、準備に数日くれれば僕にでも可能だ」
「当日現場に居合わせる必要は?」
「無いよ。でもそんな魔法の掛け方じゃ殆ど威力のある効果は出せないよ」
幹比古の言葉に、達也以外が首を傾げる。
「水面を陥没させる事は出来ても、渡辺先輩を棄権に追いやる事は出来ない。七高の選手が突っ込んで来る事故さえなければ、大した結果にならないはずだ」
「それも単なる事故ならな」
「如何言う事?」
幹比古の問いかけに、達也は端末を操作して説明する。
「この場面、本来なら七高の選手は減速しなければならないのだが、加速してしまってる」
「ホントだ。でも、こんなミスをする選手が九校戦のメンバーに選ばれるとは思わないんだけどな……」
映像を見て花音がつぶやく。そのつぶやきに達也以外は同意したが、達也は単なるミスでは無いと思っているのだ。
「恐らくですが、七高の選手のCADに細工をされたんだと思います。コース的に減速が必要となるのはこのコーナーが最初ですし、減速の起動式を加速の起動式に変えられていたらこの結果になると思うのですが」
「でも細工って言っても何時するんだい? 各校ともCADは厳重に保管してるんだし」
「七高の技術スタッフに裏切り者が居るのかな?」
「その可能性も無いとは言えませんが、俺は運営側が細工した可能性が高いと思いますね」
あっさりと言った達也を、全員が驚きの表情で見つめる。花音の意見もかなり衝撃的だったが、それ以上に達也の意見は衝撃的だった。少なくとも高校生が受け止めるには時間を要する意見だ。
「ですがお兄様、五十里先輩が仰ったように、CADは厳重に保管してます。いったい何時運営側に細工するチャンスが?」
最もな疑問を深雪が尋ねると、達也は全員が知っている事を端的に伝えた。
「CADは一度、各校の手を離れて運営側のデバイスチェックを受ける」
「あっ……」
失念していた事を気付かされ、深雪が声を上げる。深雪だけが声を上げられた。
「だが、それでも如何やって細工したのかが分からない。五十里先輩、用心しておく事は大事ですが、必要以上に不安を煽るのは止めておきましょう」
「そ、そうだね……杞憂って可能性だって残ってるんだしね」
自分で言っておきながら、五十里はその言葉に説得力が無いと自覚していた。それ程までに、達也の見解は的を射ているのだ。
次回で原作上巻は終わりですかね。