キッチンでおかゆの用意をしながら、深雪はほのかの様子が気になって仕方がないという雰囲気を醸し出していた。
「大丈夫だよ。今のほのかに何か行動しようと思えるだけの余裕は無いから」
「何故言い切れるのかしら?」
「深雪がいる時点であまり抜け駆けはしないようにするし、風邪をひいて達也さんがお見舞いに来てくれたというだけで満足してるから」
「あら、私ってそんなに怖いのかしら?」
冗談めかして尋ねると、雫は真面目くさった態度で頷いた。
「普段の深雪はそれほどじゃないけど、怒らせたら怖いっていうのは知ってる。ただでさえあの四葉家の人間だって知らされた時は畏怖の念を抱いたんだから、下手して凍らせられたくないし」
「そんなことしないわよ。雫もほのかも私の大切な友達なんだから」
「分かってる。でも、万が一の可能性でも避けた方が良いって事もあると思う」
雫の言葉に、深雪は少し反省して、他の候補者が達也に甘えてても嫉妬しないようにしようと強く心に決めたのだった。もちろん、少し前から反省してなるべく嫉妬しないようにしようと考えてはいたのだが、雫に真正面から言われたのが相当堪えたのか、作業のスピードに若干の遅れが出てきたのだった。
「深雪、どうかした?」
「いえ、私ってそこまで恐れられていたんだって、ちょっとショックでね……でも大丈夫。それだけの事をしてきたんだって自覚はあるから、すぐに立ち直れると思うわ」
「ゴメン……馬鹿正直に言い過ぎた?」
「それもあるけど、過去の自分を省みると、そう思われてても仕方なかったなと思っただけよ」
雫が気にし過ぎないようにと、深雪は無理にでも笑みを浮かべた。それが理解出来た雫は、それ以上深雪を刺激するようなことは言わないようにしようと心に決めたのだった。
無言で達也に背中を拭かれている状況に耐えられなくなったほのかは、何か話しかけようと頭を働かせたが、あまり良い話題は思い浮かばなかった。
「あの、新入生総代って、どんな子でした?」
「普通にいい子だとは思うぞ。ただ、少し気にし過ぎる性質のようで、イヤーマフの事をどうにかしなければと慌てていたな」
「そうですか……私、上手くやっていけるかな……」
「ほのかなら問題ないだろう」
達也にそう言ってもらえて自信が出てきたほのかは、まだ見ぬ新入生総代と上手くやっていけるという根拠のない自信を胸に一つ頷いたのだった。
「達也さんも、その子と上手くやっていけると思いましたか?」
「俺は別に上手くやって行けようが行けまいが気にしないからな。深雪たちの敵にならなければ、特に興味もないからな」
「達也さん、もう少し社交的になられた方が良いんじゃないですか? いくら四葉家が閉鎖的だからとはいえ、当主ともなれば他家とのお付き合いとかもあるでしょうし」
「そういう場ではある程度自分を偽って付き合う事が出来るから気にしなくても良いと思うぞ。そもそも、俺に愛想を求める人などいないだろ」
そう言われて、ほのかは愛想のいい達也を思い浮かべて、違和感を覚えた。
「確かに、今のままの達也さんの方が良いですね」
「多少は愛想よく出来るんだが、どうしても無理してる感じが表に出てしまうようでな。相手に気を遣わせてしまうんだ」
「達也さんの笑顔って、あんまり見られないですからね」
たまに見せる笑顔だからこそ、ありがたいものがあると思っているので、ほのかはあまり達也に笑顔を浮かべてほしいとは思っていない。ただ、そのたまに出る笑顔が自分に向けられたらとは思っている。
「ほのかたちにはすまないとは思っているが、こればっかりは治せないからな」
「事情は聞いていますし、達也さんが気に病む必要は無いですよ。私たちは、そんな達也さんが好きで一緒にいるんですから」
ほのかの言葉に、達也は小さな笑みを浮かべて頭を下げた。
「すまない。そして、ありがとう」
「いえ、達也さんが私たちの事を大事に想ってくれていると分かっただけでも嬉しいですから」
ほのかは、達也の方に振り向こうとして、自分が上半身裸であることを思い出して何とか踏みとどまった。そのせいで達也が浮かべた笑みを見る事が出来なかったのだが、ほのかはその事を知らないので悔やむ事はしなかったのだった。
「ほのか、おかゆが出来たわよ」
「ありがとう。達也さん、もう大丈夫ですよ」
「そうか」
達也は一旦部屋から出ていき、ほのかが着替える時間を与えた。
「達也さんって、こういった気配りを自然に出来るんだね」
「達也様は昔から女性が多いところで生活していましたから。私を含め、母や水波ちゃんの伯母に当たる人、ご当主様など、達也様を囲むのはいつも異性でしたから」
「達也さんって、四葉家の従者の人たちと仲良くないんだっけ?」
「達也様は何とも思ってないようですけど、未だに達也様をお認めにならない不届き物が数人いるのは確かね。一回本気で粛正を叔母様と話し合ったのだけども、達也様に怒られてしまったのでそれは止めたの」
「そうなんだ。達也さんって大人なんだね」
「一緒にいればそれは分かるでしょ?」
「うん。私たちの誰よりも大人。先輩たちを含めても、達也さんより大人だと思ったのは十文字先輩くらいだし」
「あの人はいろいろと凄かったものね」
本当に高校生だったのかと、三人は十文字の姿を思い浮かべ、そして同時に噴き出したのだった。
克人は例外中の例外ですからね