劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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リーナが日本にいるわけですから、大幅な改変が必要になった……


USNAの現状

 深雪たちはシンクロライナー・フュージョン使用の衝撃から意識を逸らすことが出来たが、魔法師を危険視する「魔法が使えない人々」はそういうわけにもいかなかった。これまでの反魔法師運動には、社会に対する不平不満のはけ口という側面が多分にあった。魔法という力に恐れは確かにあったが、魔法師は政府によってコントロールされていると高を括っている部分が存在した。しかし、政府が戦略級魔法の使用を公式に認めたことで、魔法を使えない人々の恐怖は一気に顕在化した。

 二〇九五年十月末の、大亜連合海軍基地を壊滅させた攻撃について、日本政府は詳細を一切明らかにしていない。外交チャンネルを通じた他国からの正式な問い合わせに対しても、マスコミからの情報開示請求に対しても、「国防上の機密」の一言で回答を拒んでいる。

 あの大破壊に戦略級魔法が使用された事は状況から見て明らかだったが、日本政府はそれを認めなかった。そこには日本の軍事的な切り札となる得る「戦略級魔法師・大黒竜也特尉」の存在を秘匿するという意図が当然にあったが、同時に大量破壊・大量殺戮の魔法を実戦で使用する事を正当化するつもりは無いという側面もあった。それを認めてしまえば、他国から戦略級魔法による攻撃を受けるリスクも高まるからだ。

 誰もが知っている秘密であっても、当事者がそれを認めないことに意味がある。公然と認めないということは、公然と使用しないということだ。二〇九五年十月三十一日のように、いざという時には使うとしても、決断に強い心理的なストッパーが掛かる。

 実は公開されている大規模破壊兵器にも、同じような歯止めが存在する。大量破壊兵器を自分からは使用しないという建前だ。戦略級魔法も、この建前により実戦投入が控えられてきた。

 しかし今回ブラジル軍は、戦略級魔法を他の兵器と同じように使用すると態度で示した。そういう声明を出したわけではなかったが、シンクロライナー・フュージョンの使用をあっさり認めるということは、そう言っているも同然である。あの魔法は隠蔽が難しいという事情は、使用した事を認める理由の一つにはなっていても決定的な要因ではない。戦略級魔法の使用は紛争解決の手段としてタブーではないとブラジル政府が判断した。それがシンクロライナー・フュージョンの使用と、それを認める公式声明をもたらしたのだ。

 軍事の世界では『灼熱のハロウィン』により戦略級魔法使用に対する心理的障壁が大きく揺らいでいた。その障壁が今回、政治的にも決定的に崩壊した。それを理解した人々は、今まで以上に激しい反応を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四月二日六時。朝早くからリーナは達也に連れられて魔法協会関東支部にやって来ていた。

 

「何よ、こんなに早い時間に……」

 

「メキシコで反乱が起こった。詳しい事は葉山さんから説明してもらう手筈になっている」

 

「何故メキシコの事をワタシに話すのかしら? ワタシはもう、USNA軍のシリウスではないのよ?」

 

「知りたいのではないかという、母上からの提案だ。文句はそっちに言ってくれ」

 

 

 達也に文句を言っても意味がないと思い知らされたリーナは、眠い目を擦りながら最上階の一室に足を踏み入れた。

 

「お待ちしておりました」

 

「エイプリルフールは昨日じゃなかったかしら?」

 

 

 恭しく一礼した葉山に、リーナは冗談ではないのかと先制攻撃をかましたが、その程度でこの執事の余裕を崩す事は出来ない。

 

「残念ながら事実です。現地時間昨日九時五十分、北メキシコ州モンテレイで反魔法師団体による大規模な暴動が発生。これを制圧するべく州軍が出動しましたが、その一部が突如友軍に向けて発砲。そのまま暴徒に合流したとの事。なお、発砲は威嚇射撃だったようで、これによる死傷者は出ておりません」

 

「州軍が暴徒に合流!? いったい何故そんなことに……」

 

「州軍と一緒に出動した『ウィズガード』と言われる集団が問題だと聞いておりますが」

 

「反魔法師団体鎮圧に、低レベル魔法師で構成されたウィズガードを派遣したんですか!? そんなの、火に油を注ぐようなものじゃないですか!」

 

「その者たちを派遣した者の思惑を超えて、事態は推移したのではないかと思われます」

 

「……どういう事でしょうか?」

 

 

 今更ながらに、リーナはこの老執事が自分が嫁入りする家の筆頭執事であることを思い出して口調を改めた。

 

「任務を放棄して暴動に加わった州兵グループは、元々魔法師に対して否定的な思想を持っていたようです。最初から反魔法師団体に同情的で、穏便に制圧しようと考えており、暴動を起こした側ともある程度の意思疎通が出来ていたようです」

 

「そこにウィズガードがしゃしゃり出て、強硬手段に訴えた……?」

 

「恐らくは」

 

「ウィズガードの指揮官はバカなのですか?」

 

「そこまでは私共では分かりませぬ。とにかく、現状ウィズガードなる集団が暴徒に囲まれており、参謀本部はそのウィズガードを救出する動きを見せております。元総隊長であるリーナ殿にはお知らせしておいた方が良いと思い、このような時間にお呼びだてさせていただきました」

 

「そうですか……わざわざありがとうございました」

 

「達也殿も、タクシーのような真似をさせてしまい申し訳なかったと、奥様が伝えてほしいとの事です」

 

「いえ、リーナ一人ではここには入れませんから」

 

 

 葉山が説明している間、気配を完全に殺している事自体をリーナに忘れさせていた達也は、葉山からの言葉に気配遮断を解き、苦笑いを浮かべながら一礼したのだった。




ほぼリアルタイムでUSNAの情報を仕入れる四葉家って……

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