電車に揺られる。
何故か知らないがとても緊張している。
何故か知らないが生唾が止まらない。
何故か知らないが耳鳴りがする。
現実から切り離されて白黒の世界に投げ出されたかのような体験を今、俺は体験していた。
天音永遠。今を時めくカリスマモデルであり、彼女のファンは「永遠様」なんて呼び方をしている。今乗っている電車の通路に吊るされている中吊りポスターは(しっとりとした質感を永遠に)なんてキャッチコピーが書かれた天音永遠起用のスキンケア商品だ。あいつがどれだけ世間に影響力を持っているのか否が応でもわかってしまう。今日そんな奴と
「デート…なんだろうな。今日は」
小さく呟いたが、そう。デートである。男女が日時を決めて会うことを総じてデートと呼ぶらしい。それが本当であれば俺は今日あの天音永遠とデートするというわけだ。
デートには恋愛感情を持つ者がその先にある段階に足をかけるための儀式だと認識していた俺だが、調べてみると男女で日にちと時間を合わせて行動するだけでもデートになり得るのだとか。
デートという言葉を理解していれば妹に頼りたくないというやっすいプライドを維持するために行った妥協案を実行することは無かった。
だが時すでに遅く行動に起こしてしまっている今、自分が置かれている状況を理解し、生きた心地が全くしない。
このままでは白目を剥いて電車の中で崩れ落ちてしまうだろう。早くこの満員電車から抜け出して外の澄んだ空気を肺いっぱいに入れたい物だ。
この体調不良はあいつと一緒に行動したせいで、また世間様に都合よく切り抜かれて酷い目に遭うことに恐怖しているせいだと都合よく解釈させてもらう。
果たしてそれが本当なのか問いかける自分もいたがそこは些事だろう。
緊張して間抜けで恥ずかしい所をあいつに見せないためにもここは踏ん張らなければならない。
「いつから俺はこんな小心者になったんだぁ!」
約束の商業施設に一番近い駅のホームでこだました俺の絶叫は虚しくも鋭い視線という結果のみ帰ってきたのだった。
約束した場所に30分ほど早く来てしまった私はとにかく溢れてしまうオーラを消すために小さく丸まり顔を隠して座った。待ち合わせ場所は都会からは少し離れた商業施設、その中で最も外れにあるベンチだった。
今日はオフであることを理由に普段選ばないユニセックスのパーカーに下は黒のワイドパンツ、顔隠し的な意味を込めて顔装備枠に黒縁の丸メガネ、髪はお団子という私にしては動きやすいことを全体にした格好となっている。カジュアルな服装ではあるものの露出度は少なくとても気に入っている。
最近秋が顔を出し始めたこともあり、今日のように朝からの集合となると肌寒いと感じる瞬間がある。
この季節の変わり目にコーデのお願いをされると楽君を着せ替え人形に出来る量も多くなるため私として大歓迎ではある。
「けど流石に早く来すぎたちゃったかなぁ」
「俺もそう思ってたんだけどまさか先にいるなんて思わなかったわ」
「やぁ楽郎君!会いたかったよ」
「俺も会いたかった…」
「うーん60点!セリフや態度は満点なんだけどその真っ赤っかなお顔はどうにかしないとねぇ?」
「うるせぇ!普段からこんな小っ恥ずかしいセリフなんてゲームのロール被った時しかしねぇんだぞ!現実で言うなんて本当に今回が初!初なんだぞ!ったく…頑張った結果が60点とは…どれだけ頑張った所で結果は見えてたのかねぇ」
本当に何を言っているのだろうか彼は…
「誰が不合格って言ったのよ?この私が60点も出したんだよぉ?妹ちゃんに聞いてみなさいよ。彼女に60点なんて滅多に出さないんだから!ほら行くよ!時間は有限!この私のオフを使うんだからちゃんと結果を出してもらわないと!」
「ヘイヘイ…」
そんな肩を窄めて返事をする彼を置いて早歩きで先に動き出す。
彼が追いついてくるまで直さなければならない。
「もってよね。表情筋。ホント、頼むから…」