浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「ああもうなんで私がこんな目に……っていうか読み込み遅い!」
放課後の教員室でタブレットを弄りながら、イリーナはありったけの愚痴をこぼしていた。暗殺は失敗した挙げ句、殺せんせーに「手入れ」され、その上生徒達からの好奇の眼差しに晒される、プロとして極めて高いプライドを持つ彼女にとっては最大級の侮辱に近い。そして彼女を何よりも苛立たせていたのは帰り際に聞こえた「授業してくれないなら早く殺せんせーに代わってくれないかな」「俺達今年受験なのにな」「自習じゃ先生いる意味ないじゃん」という不満の数々。自分があの怪物と比べられ、そして明確に劣っていると生徒の側から突きつけられたその現実がイリーナは憎くてしょうがなかった。
「チッ、今から新しくプランを練るには新しい奴呼んでこないと……機材もまた一から……」
独り言のように呟く中で、イリーナは「あ」と小さく呟いた。妙案が浮かんだのだ。「最初からこうすれば良かったじゃない」と彼女は悪い笑みを浮かべてタブレットを放り出す。
「見てなさい殺せんせー、こんな目に合わせたこと後悔させてあげるわ……!」
◇◇◇
水曜日の一時間目は英語、つまりはイリーナの担当授業である。「またどうせ自習だろ」と開き直って思い思いの教材を用意している生徒達、なんなら先生は教えてくれないからと近くの英語が出来るやつに教えを請う生徒すら出てくる始末。(今日も荒れるだろうなぁ)と渚は数学の問題集を解きながら考えていた。
「今日はあんた達にいい提案を持ってきてあげたわ」
開口一番にそんなことを言い出したイリーナに、クラスが(絶対ろくでもないことだ)と一致する。学級委員も務める磯貝が「すいません、俺等受験もあるんで授業してもらえませんか?」と口にすると、彼女は「よく地球の危機とたかが受験なんかを比べられるものね」と鼻で笑った。
「ま、そんなのすぐどうでも良くなるわ」
「……?どういうことですか?」
「あんた達、私の暗殺を手伝いなさい」
クラスが(やっぱりろくでもないことだ!)と再び一致する。しかしイリーナは、そんな反応想定済みだと言わんばかりに話を続ける。
「もちろんタダでとは言わないわ。暗殺に成功すれば、その時は一人五百万あげるわ!五百万よ五百万!あんた達みたいな落ちこぼれのガキには十分すぎるでしょ?」
「……!!」
言いやがった、と何人かの生徒の目に明確な敵意が宿る。そこまで行かずとも、ほとんどの生徒が睨むほどではないにせよ鋭い視線をイリーナに向ける。それでもイリーナはそんなことお構いなしに、なんなら鬱憤を晴らすかのごとく話し続けてしまった。
「っていうか五百万とか落ちこぼれには一生お目にかかれない大金よ?どうせ底辺なんだし無駄な勉強とか受験とかよりも私の暗殺手伝ったほうがずっと美味しい思いできるんだから黙って私に従っ──」
「痛っ」とイリーナは何かをぶつけられた頬を抑える。消しゴムだ。足元に自分に当てられたであろう角の丸い消しゴムが落ちている。イリーナが生徒達の方を見ると、一人立ち上がった生徒がいた。元野球部の杉野友人だった。
「ちょ、あんた何すんのよ!」
「……出てけよ」
「は?何言って……」
「出てけよクソビッチ!!」
杉野の叫びに呼応して、クラスの皆が立ち上がる。消しゴムが飛び、定規が飛び、ボールペンが飛び、メモ帳が飛び、丸められたプリントが飛び、ペットボトルが飛ぶ。
「そもそもクソビッチとかお呼びじゃないっつーの!!」
「殺せんせー呼んでさっさと消えろ!!」
「何よあんた達突然?!こんなにいい話持ってきてあげたのに!!」
「誰があんな話乗るかよ!!ガキ舐めんな!!」
「はあ?!ガキはガキじゃない!!そんな態度なら本気で殺すわよ?!」
「上等だ殺ってみろよ!!」
「早く殺せんせー呼んできなさいよ!!」「落ちこぼれとか言っといて頼ろうとか都合良すぎだろ!!」「何が大人のやり方よ!!」「巨乳はE組にいらない!!巨乳はE組から出てけー!!」「ビッチ姉さんはファーストキスの責任を取れー!!乙女の純情をもてあそぶビッチ姉さんを許すなー!!」とクラス中から非難轟々の、特別警報級の大嵐。「何よ落ちこぼれのガキが調子に乗って!」と醜く抗うイリーナの様子を教室の窓から眺めていた烏間は痛む頭を抑えた。
◇◇◇
「なんなのあのガキ共!!」
休み時間、イリーナは教員室で叫んだ。
「こんな良い女が目の前にいるのよ?!感謝こそされど文句を言われる筋合いなんて無いわ!」
「あるからああなってるんだろうが。初めて奴を紹介したときでさえ、ああはならなかったぞ」
僅かに眉間に皺を浮かべながらの烏間は「はぁ」と小さくため息を吐くと、イリーナに向けて一つ告げた。
「一度彼等に対してきちんと頭を下げて謝って来い。でなれけばこれ以上暗殺を続けるのは不可能だぞ」
「なんでよ?!そもそも私は殺し屋で先生なんかじゃないのよ?!なんでそんなことまでして先生やらないといけないのよ!暗殺だけで良いじゃない!」
必死に訴えるイリーナに、烏間は「見せたいものがある」と伝えて彼女を教員室から連れ出した。
「……なにあれ」
教室から少し離れた、木々に囲まれた空き地。そこに置かれたサンベッドに
「は?テスト?」
「ああ。水曜六限の恒例らしい」
烏間の解説を聞きながら眺めていると、丁度その時殺せんせーがくしゃみをした。同時に飲んでいたぶどうジュースが飛沫となってプリントに飛び、最初から作り直し。辛そうにゴミになってしまったプリントを丸めて捨てる殺せんせーにイリーナは「ぶどうジュースはシミになりやすいの分かってないのかしら」と呟く。
「っていうかマッハ20にしては時間かかりすぎじゃない?たかが27人分とか一瞬でしょうに」
「いや、確かに27人分だが、あいつは27人それぞれに「個別の」問題を作っている」
「えっ?」
「本当だ。俺も生徒達に見せてもらった時は驚愕したがな」
イリーナが少し耳を澄ますと、確かに殺せんせーの方から「磯貝君の社会科へのモチベーションは素晴らしい。深堀りして興味を広げさせましょう」とか「敢えてカルマ君と志御さんは同じ問題を混ぜてみますか。程よい刺激になると良いですねぇ」と独り言が聞こえてくる。
「故にだ。圧倒的なスピードと知能を兼ね備えるあいつは超破壊生物でありながら極めて優秀な教師でもある。……そして、生徒達もだ」
そう言って烏間が指した先にはボール遊びに興じている生徒達。イリーナは見たまんまに「遊んでるだけじゃない」と言うが、「違う」と烏間は否定した。
「俺が教えた暗殺バドミントン、要は動く目標に向けてナイフを正確に当てるトレーニングだ」
またイリーナが耳を澄ますと、生徒達の楽しげな、けれど真剣な声が聞こえてくる。
「志御さん、さっきの垂直アタックってなんかコツとかある?俺もやってみたくてさ」
「案外力は込めない方が上手くいくぜ。重力に上乗せする感じで」
「……あ、こんな感じか」
「そう。筋良いぜ」
確かにその様子は遊びでありながらも、熱心な鍛錬に違いなかった。イリーナは思わず口を閉ざす。
「暗殺なんて微塵も経験ないであろう彼等もこうして日々努力を重ねてる。無論、勉学も手を抜かずにな」
「……」
「あいつは
「……」
「それでもまだ奴を狙いたいというなら、絶対に生徒を見下すな。生徒として、殺し屋としても対等に接しろ。ここに求めているのはそのような、それが出来る殺し屋なんだからな」
そう言い残して烏間は去っていく。先程の威勢は鳴りを潜めたイリーナは、一人静かに教員室へ戻った。
◇◇◇
ふと、教員室の古びた扉が開いた。ガラガラ、と軋むような音が鳴った。物思いに耽っていたイリーナが目を遣ると、そこには志御が立っていた。
「……ねえ、ビッチ姉さん」
「何?」
「私さ、ファーストキスは好きな人とやるもんだって信じてた。これ、悪いことじゃないよな」
「……そうね」
「でも、ファーストキスは持ってかれた。嵐に攫われたみたいに、突然な」
強がっているのだと、イリーナは思った。現に、一日と少し見ただけでも分かるような高飛車さは感じられず、その顔は俯いている。
「分かんないんだ、私。あのファーストキス。確かにおかしいくらいに心臓は速くなったし、身体が熱くなった。でも、このままじゃ納得出来ない。好きな人とやるもののはずなのに、今のままじゃ私、ビッチ姉さんのこと嫌いになる。嫌いな人とのファーストキスなんて、最悪」
「……」
「……だからさ、先生、なってくれない?」
志御が顔を上げて言ったその言葉に、イリーナは僅かに目を見開いた。「まだ、好きになれるから」と語る志御は涙目だった。
「賭けたよな、私のファーストキス。……だから責任取ってよ、先生」
奥に秘めた、年相応の少女らしさがぽつぽつと目からこぼれ落ちる。自分がどこかに置き忘れた、少女らしさをイリーナは目の当たりにしていた。「良いわよ」とイリーナは答えた。
「……マジで?」
「ええ。私としてもこれ以上あんた達に嫌われたらあのタコ殺せないもの。みすみすチャンスを捨てるつもりはないわ」
「……分かった」
「待ってるぜ」と涙を拭い、元の高飛車を作って去っていく志御。「ありがとね、志御」というイリーナの独り言は教員室に閉じ込められた。
◇◇◇
休み時間が終わり、次もまた英語の時間。自習道具準備しないとな、という雰囲気の中でイリーナは再び教室に姿を現した。「何しに来たんだよ」みたいな視線が向けられる中で彼女は徐ろに白いチョークを手に取ると、カカカッと黒板に英文を書き込んだ。
「あんた達、読んでみなさい」
「……え?ええっと……」
「遅いわ。「
中学生に読ませるもんじゃないだろ、と誰かのツッコミが入る。けれど突然始まった授業のような何かに、皆ほんの少し期待していた。
「言語を習得するのに一番手っ取り早い方法、それはその言語の恋人を作ることよ。誰だって愛する彼や彼女の思いを知りたいものね。私もそんなやり方で言語を学んできた。……だから、私の授業では外人の彼彼女の口説き方を教えてあげるわ。本物の暗殺者が教える会話術、いざという場面で役に立つことは保証するわ。受験勉強なんてものは私は教えられない。だから代わりに実践的なのは叩き込んであげる。……それでもダメだったら容赦なく追い出してもらって構わないわ」
少しモジモジというか、バツが悪そうに話すイリーナ。クラスに「あれ、ちょっと違う?」という雰囲気が漂い始める。
「だから……改めて、私にも「先生」、やらせてもらえないかしら?……それと、昨日から悪かったわね、色々」
「……あっは」
そして謝ってるのか謝ってないのか分からないような角度ながら確かに頭を下げたイリーナを笑い飛ばし、冷え切っていたクラスの空気は一気に溶けていった。
「さっきまで「殺してやる」とか言ってた人間の顔かよ!」
「なんだ、意外と先生っぽいこと出来るじゃん!」
「ビッチ姉さんはもう無理だね、こんなんじゃ」
「……!あんた達……!」
「確かに先生となっちゃビッチ姉さんは失礼か」「他の呼び方考えないとねー」とクラスの温かい雰囲気にイリーナは胸が温かくなるのを感じた。思わず涙が溢れてくるほどだった。
「うーん、でもどうする?ビッチ感凄くない?」
「余りにしっくりくるよね」
「じゃあ姉さんの方変える感じか」
「あ、ならビッチ先生で良くない?!」
「お、いいじゃん!」
その感動の涙は止まった。ビッチが既定路線になりつつあったからだ。流石にこれは不味いとイリーナは「ほ、ほら!こうして打ち解けられたんだし、ファーストネームでも構わないのよ!」となんとか修正を図るものの、「やっぱビッチだろ」とE組の意思は固い。
「じゃあ、ビッチ先生で決まり!」
「おし、授業始めようぜビッチ先生!」
「これからよろしくね、ビッチ先生!」
「ビッチ!ビッチ!」とクラスから沸き起こるビッチコール。なんだかいい感じだったはずの路線が腹の立つ方向へ変わっていく。イリーナがふと最後列の志御を見ると「良い顔してるぜ?ビッチ先生」と彼女は笑う。
「……やっぱりあんた達なんて嫌いなんだから!!」
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