浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
問4。
モササウルスか、あるいはプレシオサウルス。その中間のような怪物が数字の瓦礫を巻き上げながら咆哮する。身体を覆う分厚い皮膚、もはや殻みたいなものには所狭しと刻まれている問題文。「読み辛えな」と志御は一本のナイフを構えながら呟いた。点A、点B、点P、三角形OAB……。
「あー、私嫌いなんだよなぁ。旅人算」
まるで軽くペンでも回すかの如くくるくると指先でナイフを回す志御。そして「勝負」の表情である大胆不敵な笑みを浮かべた彼女は一歩も歩みも退きもせず、ただ向かってくる怪物の胸元へ向けてそのナイフをスッと突き立てた。
「ま、嫌いなだけだけどな」
◇◇◇
中間テスト当日。この椚ヶ丘学園において、定期テストは全校生徒が本校舎で受けることと定められている。わざわざこのような規則が設けられているのは無論E組のため。E組だけをアウェーゲームにして少しでも能力を削いで成績を下げてやろうという理事長の粋な計らいである。ついでに試験監督も本校舎の教師が務めるためバリバリの敵。咳払い貧乏揺すり指トントンetc……極めて露骨に彼等は集中を乱してくる。
それに加えて椚ヶ丘学園は基本的にレベルが高い。並の中学高校程度ならば最終問題になるであろう問題達がさも肩慣らしであるかのように序盤から襲いかかる。そしてそれに立ち向かう生徒達の心情は、さながら怪物狩りに挑む冒険者であった。
(ヤバいこの問題どこから手ェ付ける……?!)
(まずいまずい時間食われるって!)
(このままじゃこの問題に殺される……!)
いや、違う。危うく焦燥に陥りかけた生徒達の頭をにゅるんとした記憶がよぎる。殺せんせーだ。ここしばらくのマッハ20のテスト対策。優しくなぞるかのように、殺せんせーの授業で染み付いた感覚が少しずつ道を切り開いていった。くるり、くるりと長い文章題で「使う部分」だけに丸をつけ、そしてそれを文章から数式に直す。すると出てくるのは長ったらしい難解な方程式なんかじゃなくて、一行二行の簡単な計算問題。目の前の怪物は、いつの間にかただのまな板の上に置かれた鯵のように、大人しく
「読める!」「分かる!」「解ける!」という感覚。ついこの前まで落ちこぼれだった彼彼女等にはなかった感覚。E組らしからぬその雰囲気に何か異変を感じ取ったのか、試験監督を務めるD組担任の大野も怪訝に教室を見渡す。底辺だと思い込んでいたはずのE組の顔つきは、自身に満ち溢れたものに変わっていた。「これなら、俺達にも殺れる」と。
◇◇◇
「なんだ、どいつもこいつも案外殺れてんじゃん」
「上々かよ」と志御は楽しげに呟いた。積み上げた怪物の屍は10個、すなわち現在志御は問10まで突破していることになる。見掛け倒し、この程度なら余裕でトドメまで持ってける、と彼女は小さく息を吐いた。
だが、それと同時に感じる一抹の不安。十数年を一つ屋根の下で共に過ごしたからこそ感じる違和感。「
「……っ?!」
思考より先に、本能が振り抜いた刃が「それ」を弾いた。
完全な死角。背後からの急襲。見えざる一撃。ドス黒い何か。悪意の結晶。
志御は、あいつの顔が透けて見えるそれを弾いた僅かな腕のしびれと同時に直感する。「今のでほとんど殺られた」と。だが、次に胸の内に湧いた感情、彼女を駆り立てたのは戦慄、恐怖なんてものではなかった。
「おいおい、ここに来てE組特効かよ……」
そして斬り返した表面から露出する問題文に「あっは、正気の沙汰じゃねえな!」と志御は再び大胆不敵に笑い、そのナイフを構える。ああ、受けて立ってやるよ、確かにその胸には明確な戦意が灯っていた。
◇◇◇
「……」
「……」
「……」
「……」
テスト返却当日。教室は沈黙に包まれていた。潮田渚、合計点数315点/500点、学年順位106位/187人。磯貝悠馬、合計点数367点/500点、学年順位69位/187人。寺坂竜馬、合計点数230点/500点、学年順位169位/187人。殺せんせーが掲げた「クラス全員50位以上」、それには途方もなく遠い、惨敗だった。
「……これは一体どういうことでしょうか。著しく公正さに欠けているように思えますが」
本校舎の方へ電話を掛ける烏間の語気はいつにもなく強い。当然だ。そこにはE組には回避しようもない「罠」が隠されていた。志御が直感した通りの「E組特効」。烏間の電話を受けた教員はおどけたように「おっかしいですねぇ〜?ちゃんとお伝えしたはずなんですけども〜」と答える。
「そちらの伝達ミスでは?なんせE組は本校舎に来ませんしねぇ。アッハッハ!」
「そのような覚えはありません。そもそも明らかに不自然でしょう。テスト二日前に全科目で出題範囲が大幅に変更されるなど」
「分かっていませんねえ、えっと……烏間先生?この椚ヶ丘学園は進学校なんです。直前の詰め込みに耐えられるか試すのも訓練ですよ。もっとも、本校舎では理事長自らが変更部分の全てを見事に教え上げてしまいましたが」
そう言い残して切れた通話。烏間は(自分の主義思想のためにここまでやるか……!!)と眉間にシワを作る。そして電話越しに聞こえたその声に志御は「だろうな」と沈黙を破った。
「断言するぜ。あれだけの試験変更を教えられる人間とか理事長以外いるはずない。だが、あいつなら全クラスやれる。あれはそういう怪物」
「……」
「……っていうかさ、志御さん理事長の娘なんだよね?」
「そうだよ、なら知っててもおかしくないだろ?!」
「まさか黙ってたの?!」
受け入れ難い現実に溜まったフラストレーションが志御に向けられる。妥当っちゃ妥当、そりゃこんな理不尽ゲーブチかまされたら誰だってぶつけたい感情の一つや二つ湧いて出る。志御はそれを承知の上で「んな訳ねえだろ」と一蹴した。
「逆に聞くけど、これだけやる男がたかが「娘」如きにバラすと思うか?」
「……そう、だよね。……ごめん」
そうだ、そもそもそれならば志御は「E組」にいない。彼女も被害者の側だと思い出した生徒達は再び閉口した。そんな中で再び沈黙を破ったのはずっと黒板の方に顔を向けている殺せんせーだった。
「……これは先生の責任です。この椚ヶ丘学園という場所の仕組みを、その理事長である浅野學峯という人間を見誤っていました。……君達に合せる顔がありません」
「……先生……」
「……にゅやッ?!」
そのしみったれた雰囲気をブチ壊したのはカルマの投げナイフだった。「顔合わせなきゃあっという間に殺されちゃうよ?」なんて言いながらゆらりと立ち上がると、カルマはいつものように人を小馬鹿にした薄ら笑いを浮かべ、テスト用紙を持って立ち上がって殺せんせーの方へ歩き出す。
「っていうかさぁ、志御さんもいい加減に「カマトト」やめれば?皆勘違いしてんじゃん」
「……はっ、さっきみたいになんの目に見えてたからな。クラスメイトに石投げられるのはいくら私でも勘弁だぜ?」
そう言うと、志御もテスト用紙片手にニィっという通常運転の浅野志御で立ち上がり、そしてフラフラと殺せんせーに近づいていく。
「だから言っとくけど、殺せんせー」
「私達は取れてるからな?」
赤羽
浅野志御。英語100点/100点、国語97点/100点、数学100点/100点、理科97点/100点、社会100点/100点、合計点数494点/500点、学年順位4位/187人。
学年50位どころではない点数にクラスが「すげぇ……!」「嘘?!」とにわかにざわめいた。
「マジで気合い入れ過ぎだっての。どんだけ先取りさせたんだよ」
「出来るからって殺せんせー俺等の分だけガンガン進めてったもんね?でも、俺は
「右に同じく。あの理事長に吠え面かかすには最ッ高に都合良いからな」
爽やかな笑顔で答える二人。しかし、その顔はすぐに豹変した。カルマは先程投擲したナイフを拾い上げ、志御はポケットに入れていた、弾の篭ったハンドガンの引き金に指を掛けて悪い顔をする。天才いたずらっ子達が浮かべるニヤケた笑みにクラスメイト達は何かを察知した。
「でも肝心の
「そうそう。……あー、待って志御さん、もしかしてさぁ、殺せんせーって俺達に殺されるのが怖いんじゃない?」
「あっは、だとしたらクッソだっせえな!あんだけイキっといて「第二の刃」とか言ったくせに自分は「
目の前でクラストップが繰り広げる茶番劇。その真意に感づいたらしい生徒達は志御達の煽りに乗っかって思い思いに殺せんせーを嘲笑う。
「なーんだ、殺せんせーって殺されるの怖いんだー?」
「正直に言えば手加減してやったのになー」
「確かにピンチになるとガチ焦りするもんな」
「なら正直に「ほんとは怖いです」とかいえば良かったのに!」
クラス中から浴びせられる煽りまくりの文章のオンパレード。殺せんせーの申し訳無さそうに汗を浮かべていた顔は気がつけばゆでダコの如く真っ赤っ赤。「逃げるわけ無いでしょう!!」と殺せんせーは湯気を吹き出した。
「こうなったら決めました!!期末テストであいつらに倍返し、コテンパンのギタギタズタズタにしてリベンジしてやりましょう!!」
「……ふっ」
「ふふっ」
「あははっ」
こうしてまたいつもの調子に戻ったE組。笑う生徒達に殺せんせーは「何がおかしいんですか!先生だってリベンジくらいします!」と顔を真っ赤にしたまま触手をうねらせる。かくしてE組はまた新しい壁にぶつかった。けれど、テスト用紙で冗談めかして「頭冷やせよ」と殺せんせーを扇ぐ志御は、その壁にE組として挑めることが心底嬉しかった。
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あと志御入りの殺せんせー