浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
その日。志御が学秀に自身のE組行きを突きつけてから三週間経った春の夜。世界から、満月が消えた。突如発生した爆発により、月の七割方が消滅。残ったのは抉り取られた三日月だった。
志御はトーストを、学秀はハムエッグを頬張りながら見ていた朝のニュースで初めてそれを知った。新聞を開きながらコーヒーを啜る父の目が僅かに見開かれていたのを見て、二人は「そんな顔久々に見た」と同時に思った。
「どういうことだ?」「意味分かんない、っていうかエイプリルフールはまだだっての」と壁掛けのテレビ画面に釘付けになりながら言葉を交わす
父と子が朝食を共にしながらもただ一つさえその間で言葉の交わされない、異様な光景。けれど、彼女達にとってこれは10年来の、物心ついた頃からの至極当然の光景であった。浅野學峯と浅野学秀、浅野志御の関係は「父と子」である以上に「教師と生徒」なのである。故に、父からの指導がない限りそこに会話は生まれない。
「こんな大事件ですらすまし顔崩さないとか相変わらずだな、理事長」
そんなことを言いながら学秀より一足先に食べ終えた志御は「ごちそうさま」と父の残した食器とともに自らの食器を下げ、駆け足で部屋に戻ろうとする。少し急いでいるかのような彼女の様子に学秀が「用事か?」と尋ねると、志御は「少し買い物」と振り向いて答える。
「E組通いには運動靴くらい必要だって実感したからな」
「……そうだな」
◇◇◇
そして3年になって初めての登校日。志御の足元には小洒落た厚底なんかじゃなく、登山靴のような実用特化のスニーカー。本校舎から1kmの道のりはあまり親切なものではなかったが、仮にも万能を是とする浅野學峯の娘。受け継いだ身体能力は伊達ではなく、一ヶ月の慣れも相まって山道をまるで下り坂を駆け下りるが如きスピードで行けるようになっていた。
そして5分と少しもすれば、「旧校舎」と書かれた石碑とともに教室が見えてくる。かつて理事長が学園の前身となった学習塾で使っていたという古い建物。入口で上履きに履き替え、中に入る。中には既に何人かの生徒が座席表の通りに座っていて、問題集に頭を悩ませている者もいれば、手持ち無沙汰に景色を眺めている者もいる。志御は手前の席に座っていた奥田愛美に「おはよー」と挨拶し、ふわぁと小さくあくびしながら席に着いた。まだホームルームが始まるまでは数十分ある。彼女は頬杖をついて、ぼんやりと考え事、どうしても頭から離れない、記憶に刻み込まれたような酷く懐かしい三日月に思いを馳せていた。
そして数十分。クラスメイト27人……いや、1人停学中で26人。その全てが揃ったところで時計の針はホームルーム開始の8時30分に合った。その、次の瞬間だった。
「……マジ?」
教室にぞろぞろと足並み揃えて入ってくる黒いスーツの大人達。その手元には銃。良く見えればエアガンだと分からなくもないが、志御ら生徒達は突然の状況に困惑しっぱなしでもはや表情に「???」と浮かびかねない。しかし、その「???」が「?????????」と二乗されるのにそう時間は掛からなかった。理由は簡単だ。
「皆さん初めまして。私が月を三日月にした張本人です。来年には地球も吹っ飛ばす予定ですが、それまでは君達の担任を務めます。どうぞよろしく」
そんな自己紹介をしながら教壇に立っているのは少なくとも2m以上はあろう巨大な黄色いタコ。XXXLとかじゃ効かなそうなアカデミックドレスを纏い、黄色くて真ん丸で、歯をむき出しにした三日月のような口とごまのような二つの目をそなえた頭にはちょこんと角帽が乗っている。ヌメヌメと元気に動く無数の触手も相まって、パッと見で分かるくらいにはとても理屈の通用しなさそうな生命体。しかも、スーツの人に銃口を向けられている。
ほとんどの生徒が「どこからツッコめば良いんだよ」みたいな顔になる中で、無論志御もそのような状態ではあったが、それと同時に彼女はこうも思った。「あ、コイツ悪い奴ではないな」と。冷静に考えれば月の七割を吹き飛ばしたような生命体が悪い奴じゃないはずはないのだが、感覚派の志御はそのように直感した。それがただの気紛れなのか、あるいは前世から引き継いだ記憶、それが刻み込んだ潜在意識による判断なのかは定かではなかった。
「でもやっぱりツッコみどころはヤバいな」なんて考えたところで、黒スーツの大人達、そのリーダー格のような人間がタコを押しのけて教壇に立った。
「突然失礼。俺は防衛省の
鋭い目つきが如何にもやり手の軍人であることを示しているかのような彼は僅かな冷や汗とともに緩んだネクタイを締め直して「ここから先は国家機密、他言無用だと思って聞いてほしい」と話を続ける。
「単刀直入に言おう。この怪物を君達に殺してほしい」
しばしの沈黙が流れる。物理的に目が点になりそうな、そんな雰囲気がクラスに満ちる。
「……え、っていうかそもそもそいつ何なんスか……?侵略してきた宇宙人みたいな……?」
「失礼なことを言わないで下さい!私は地球生まれ地球育ちの立派な地球人です!」
キノコ頭のクラスメイト、三村の質問にタコは顔をゆでダコのように赤くして怒り出す。「最後の「人」って要件はどう見ても満たしてないのにな」と志御はくすっと笑った。「話を戻すが」と烏間は再び口を開いた。
「詳細を伝えられず申し訳ないが、少なくとも今出た情報は全て真実だ。月を壊したこの生物は来年の3月には地球をも破壊する超破壊生物。この事は各国首脳しか知らない機密情報だ。一般市民がこのことを知ってパニックになり世界が混沌に落ちる前にこいつを殺そうと努力を重ねている。つまり──」
彼はスーツの胸元に手を入れた。そして僅かに力が籠もったのに志御が気が付いた次の瞬間。
「暗殺だ」
その手と掴んだナイフは過程を省略したかのように、タコの頭があった場所に置かれていた。代わりに、タコは烏間の右隣から左隣へ瞬間移動したかのように動いていた。烏間は「だがこいつはとにかく速い!」とひたすらナイフの連撃を続けながら生徒達に説明を続ける。その一発一発はとことん惜しいように見えるが、その実タコはその全てを難なく避けきり、それどころか烏間の逆ハの字の眉を丹精込めて手入れしているのが残像で分かった。目の前に広がる限りなく非現実的な光景に生徒達はひたすら唖然とするしかなかった。志御は唖然と共に、その光景に僅かな興奮を覚えた。
「地球すらも吹き飛ばすと公言している超破壊生物だ、その莫大なエネルギーによる最高速度はマッハ20。普通にやれば我々はどうしたってこいつを殺すことは出来ない」
「しかしそれでは味がないというもの。そこで私は国の方へ提案しました。「椚ヶ丘中学校3年E組の担任なら引き受けても良い」と」
「は?」という思考がクラス中で揃った。「まず理由を説明してくれ」と。しかしその少年少女の切な思いは彼らには届かない。
「我々もこの行動の理由については一切把握していない。しかし、我々は君達生徒に絶対に危害を加えないという事を条件として承諾した。理由は二つある。一つは、教師であるなら毎日授業をしなければならない、すなわち、その時間はマッハ20であろうと監視できるということ。そして何よりは君達生徒、30人近くの人間が教室一つという狭い空間でこいつを殺すチャンスを得られる!」
力強い言葉の前に「いやだから理由を説明しろよ」というクラスのムードは変わらない。しかし、「なんでこいつが担任なんだよ」「どうして私達が暗殺なんかせにゃならんのか」なんていう生徒達の思いは一瞬で打破された。
「成功報酬は百億出す!」
点になった皆の目が今度は¥になった。「そんなに良いんですか」という誰かの疑問に答えるかのように烏間は「地球の代金と比べたら遥かに安いものだ」と答え、そして話を続ける。
「幸いなことにこいつは君達を舐めに舐め切り舐め腐っている。見ろ、ニヤつきを浮かべながらこんなに緑のしましまを浮かべている」
いつの間にか頬杖から少し崩した程度のちゃんとした姿勢で話を聞いていた志御は「顔色の意味が物理的すぎだろ」とフッと笑う。しかも表情そのものはさっきと全く変わっているようには見えない。
「当たり前でしょう。国が総掛かりでさえ殺せない私を君達のような子供が殺せるはずがない。最新鋭の戦闘機だって私に掛かればワックス掛けまで余裕ですよ」
「何故手入れを施していくのかはともかく、君達にはこの隙を突いて殺してほしい。道具はこちらで用意した」
烏間はスーツの大人達に指示を出す。どうやら彼は防衛省でもそれなりの立場らしい。少しして彼の部下が持ってきたのは大量のBB弾とゴムみたいな素材のナイフ。あとエアガン。「基本的には男子にはサブマシンガン、女子にはハンドガンを用意したが好みがあったら好きに言ってくれ」とそれらの装備が生徒達に配布される。回ってきたハンドガンを握ると、志御は意外と重い金属質に気が付いた。「まあフィクションみたいにバンバン当たるわけじゃなさそうだな」と弾を込めずに彼女は軽く構える。照準を固定するので精一杯だった。
「先ほども言ったが他言無用だ、絶対にな。とにかく我々には時間がない。タイムリミットは来年の3月だ!」
「ヌルフフフ、いざ道具を目の前にすると現実味を帯びてくるでしょう。一年間、皆さんと一緒に有意義な時間を過ごせることを祈ってますよ!」
手を揉むように触手を絡めるタコの担任。困惑と興奮半々で志御はふと頭に浮かんだ言葉を呟く。
「……はっ、「暗殺教室」って訳だ」
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