浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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第19話 反撃の時間

「んだよ、やっぱり極楽か。馬鹿校じゃん。私だったら絶対行かねえな」

「あっはは!椚ヶ丘のお嬢様がそれ言うなっての!」

 

 それは、余りにも異様な光景だった。それが彼女の作戦だと分かっていてもなお、二人は目の前に広がる光景をこの世のものだとはにわかに信じられなかった。お誂え向きに拘束され、旅館のものと同じか少しボロいくらいのソファに寝かされた茅野と神崎。今なら容易く不良等のお望みの「事」に及べるだろうに、彼等は志御一人との談笑に夢中になっていた。それも、さながら彼女が数年に渡って付き合いのある、冗談を言い合えるような気の置けない友人であるかの如く。

 

「ってことは最寄り駅って三番街の方だろ?家どの辺?」

「おれっちホテルの方!っても電車じゃなくてバイクだけどな!」

「へえ、バイクいいじゃん。私も嫌いじゃないぜ。んでリュウキはどっちの方よ?」

「覚えてねえわ。ここ一ヶ月くらい帰ってねえしな。確か駅前だったか」

「はっ、道理で制服臭う訳だな!悪臭男は女の子に嫌われるぜ?」

 

 茅野は、神崎は直感した。志御が行っているのは談笑という皮を被っただけの尋問だと。彼女と話している本人達は一切の違和感、猜疑心も抱いていない。否、抱くことを許されていない。志御はその様に彼等を誘導した。名前、生年月日、高校、住所、家族構成、人間関係……その個人情報の全てが彼等の口から、会話の中で自発的に飛び出し、志御の耳に飛び込んでいく。けれども彼女はその真意を悟らせることなく「それで?」「それで?」と気の向くままに有りっ丈の情報を引き出していく。その話術は、志御が理事長(父親)から受け継いだ驚異的な才能の一角であった。

 そして粗方の彼等自身に関する情報を引き出し終えたところで、志御は大きな割合を占めていた疑問を口にした。

 

「でさぁ、なんで私等狙ったんだ?日程帳拾ったからっていうならその行動力馬鹿過ぎだけど」

「いいぜ。……そうだ、お前等にも教えてやるよ」

 

 そう言うと、リーダー格のオールバック、リュウキは携帯の画面を志御に見せ、そしてソファに寝転がった二人にもそれを見せつける。そこに映っていたのはゲームセンターを背景に髪を巻き、染め、タンクトップとホットパンツに身を包んだ、とても今のおしとやかな姿からは想像も出来ないような神崎の姿だった。「良い女だったから攫おうと思ってたところでどっかに消えちまった」とニヤケ面で言うリュウキ。志御は僅かに目を見開き、それと目の前に横たわった神崎を比べた。確かに彼女だった。「どういうこと?」と茅野が問い掛けると、神崎は徐ろに口を開いた。

 

「父親が弁護士なの。忙しくて、厳しくて、良い学歴とか良い職業、良い肩書ばかり求めてきてね。どうにかしてそこから逃げたくて、椚ヶ丘の制服も何だか押し付けられてたみたいで脱ぎたくて、誰も私を知らないような、興味ないような場所で格好もまるっきり変えて遊んでたの。……その結果はお察しだよね。結局肩書なんてものからは逃れられなくて、今の私は「エンドのE組」。もう、どうすればいいか分かんないや、私」

「くだらねえな。俺等みたいになればいいんだよ。俺等も肩書とか吐くほど大っ嫌いでなぁ、お前みたいな台無しになりたがってるエリートを台無しにしてやってんのよ。特にお前等みたいな若い女はこうしてさらってよ、心も体も忘れられないようにぐちゃぐちゃにしてやったりしてさ。俺等そういう教育(アソビ)沢山してきたからよ、「台無しの伝道師」って呼んでくれよ」

「……さいってー」

「じゃあさ」

 

 小さく呟いた茅野に被せるように、志御は男達へ声を掛けた。

 

「私もその「台無し」ってやつに興味湧いたから、取り敢えず酒とか用意してくれる?瓶のワイン辺りが良いな」

「おう、ちょっと待ってろ」

 

 坊主頭が車の方へ戻っていく。リュウキは二人に向けて「取り敢えず友達も呼んだから10人くらいで楽しもうぜ?」と下衆な笑顔で言い放つ。反抗的な目線を返す二人に彼は「その顔もいつまで保つか観物だな」と高笑いした。

 

「残念だが恨むならお前らを売ったあいつを恨むんだな。俺からのアドバイスだが、友達は選んだ方がいいぜ?」

「……」

「……チッ、まあいい。ほら、お待ちかねの未成年飲酒だ」

 

 戻ってきた坊主頭は志御にワイン瓶を差し出した。「へえ、こんな感じなんだ」と志御はぐるりと回りを観察する。

 

「こっちが栓ぬ」

 

 その刹那。栓抜きを差し出そうとした坊主頭の側頭に直撃する志御によるワイン瓶のフルスイング。ガシャァンッ、と瓶が割れる音が響いた。リュウキは反射的に振り返り、二人も思わず志御の方向に目をやった。そこにあったのは地面に倒れ伏す坊主頭と、赤紫色の水溜り、そして割れたワイン瓶の上部を持って「やっぱワインって香りなんだな」と笑う志御の姿だった。まるで先程までの志御による「洗脳」が解けたようにリュウキは怒鳴った。

 

「てめえ何やってんだ?!あァ?!」

「何って、こいつ「台無し」にしてやっただけだけだぜ?まさか「台無しの伝道師」サマが「自分が台無しにされるのは嫌」なんてクソガキみたいな駄々コねるつもりはないよな?」

 

 「いや、クソガキだったなお前!」といつものようにケタケタ笑う志御。無邪気な子供が枝を振り回すが如くブンブンと割れたワイン瓶を彼女は楽しげに振り回す。

 

「おい、分かってるのか?こっちにゃてめえよりも遥かにデカい高校生が三人いんだぞ?調子こいてっとどうなるか分かってるよな?」

「おいおい、舐めんなよキモ男。私は勝ち戦しか挑まないタイプだぜ」

 

 そして志御は「出番だぜお前ら!」と部屋の向こうへ声を掛ける。バン、と勢い良く扉が開いて、渚達が姿を現した。修学旅行のしおりと、受信機を携えて。

 

「皆!」

「来てくれたんだ……!」

「てめえら……なんでここに?!」

「全部しおりと志御さんが教えてくれたよ。お前らがどこに住んでるかまでね」

「なっ……まさかてめえ?!」

「あったりー」

 

 カルマから投げ渡された受信機と胸元のポケットから取り出したマイクを並べ、志御はそれをリュウキに見せつけた。志御の盗聴器から流れてくる内容をしおりと照らし合わせ、そして殺せんせーの「クラスメイトが拉致られた」という解説を元に考えていく。それは窮地に陥った渚達にとって決して難しいことではなかった。少なくとも、担任の暗殺よりは遥かに簡単なことだった。

 

「ぜーんぶ中継してたってわけ」

「まさか俺等のこと騙しやがったな……?!」

「当たり前じゃん。っていうかさぁ、さっきも言ったけど「台無しの伝道師」とか名乗ってる癖に「台無し」にクッソ弱いの何?騙される覚悟の一つや二つしとけっての。あと甘い話には簡単に乗っちゃ駄目だぜ?いつ騙されるか分かんないからな」

 

 「あーもうお前等100点中0点!ゴミクズ!」と今日一の満面の笑みを浮かべる志御。途轍もない苛立ちに包まれたリュウキは「こいつら全員ブチ殺せ!」と隣で控えていた子分二人に命令するが、班の仲間、それも神崎を始めとする女子が連れ去られたことで戦意満タンの杉野とカルマ、そして化けの皮が剥がれた志御の手によって軽く返り討ちにされる。その間に渚と奥田は縛られていた茅野と神崎を解放する。7対1まで追い込まれたリュウキは酷く焦ったような顔をし、そして最後の切り札と言わんばかりに折り畳みナイフを取り出して志御に向けた。

 

「そうだよなエリート様にとっちゃ馬鹿高校の俺等なんぞ見下す相手にしかなんねえもんな?ならそのエリート様のプライドを台無しにしてやるよ!」

「違うな」

 

 真剣な顔つきで志御が断言すると、リュウキは僅かに動きを止める。

 

「お前等にとってはエリートに見えるかもしれないけどな、E組(私達)は落ちこぼれだ。学校ではお前等と同じように、あるいはお前等より見下されて、嘲笑われてる。……だから、これはエリートのプライドなんかじゃない」

「はあ?何言って……」

「底辺の意地だ」

 

 志御のその一言と共に神崎は、リュウキの後頭部にしおりを精一杯に振り下ろした。ゴンッ、という鈍い音の後、リュウキはその冷たいタイルの床に倒れ込んだ。3-E修学旅行四班が掴んだ完全勝利。殺せんせーは部屋の外でその様子に耳を傾けながら、生徒の成長を深く噛み締めていた。




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