浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
結論から言えば、その日は一日授業にならなかった。E組は自律思考固定砲台による弾幕の雨と、その後片付けに追われていたからだ。彼女は殺せんせーでも気を抜いていられないような無数の弾丸を放ち、その間は当然授業にならない。そしてそれが終わり自律思考固定砲台は演算、進化段階に入るが、彼女に後片付けの機能なんてものは存在せず、その間に生徒達は床に散らばった無数の対先生BB弾を片付けなければ集中できない。当然、片付け終わる頃には自律思考固定砲台は次の攻撃準備を終えていて、間髪入れずに砲撃が始まる。志御は辛うじて彼女と同じ最後列の座席だったからまだマシだったものの、彼女より前にいる生徒は堪ったものではなかった。
気がつけば六限目が終わる頃には主砲の機関銃はすでに10門、ショットガンは16門、ガトリング4門、副砲となるサブマシンガンは12門と一限目と比べて単純計算でも7倍の物量となっていて、とても人間が追いつける進化速度ではない。生徒達の学び舎であるはずの教室は、その日に限っては自律思考固定砲台の為の射撃場となっていた。
◇◇◇
「んで、アレはどうなってんだよ烏間先生。殺せんせーには私達の邪魔禁じといて
「……いや、すまなかった。俺としてもまさかアレがあれだけの破壊力を見せるとは思っていなくてな」
裏山の空き地に烏間を呼び出した志御は彼にクレームをつけていた。放課後というのに体操服を纏った彼女に烏間は「それが本題か?」と問い掛ける。「まさか」と志御は首を振った。
「……一つだけ、烏間先生に頼みがある」
「言ってみろ」
「私に、近接格闘を教えてほしい」
そう言って頭を下げた志御に、烏間は僅かな驚きを覚えていた。訓練でもあまり基礎を積み上げるというよりは予想外の動きで意表を突いてくるようなスタイルをとっている彼女。「天才肌の感覚派」という所感だった烏間は、にわかにその認識を改めた。
「分かった。だが理由だけ聞かせてくれ」
「ほら、修学旅行で私等の班誘拐されただろ?あの時はどうにかなったけど、でも私は茅野達を危険に晒した。私がもっと強ければ、ああはなってなかった。だから私は……」
そう言って静かに拳を握る志御。なるほど、罪悪感と責任感か、悪くない。烏間はそう考えながらジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖を捲る。「だが、暗殺に直結する技術ではないぞ?」と尋ねると、志御は「ああ、それでもだ」と不敵な笑みで頷いた。
「そうだな、ものは試しだ」
胸の前で拳二つを構える、自衛隊徒手格闘の手本のような構えをとった烏間に対し、志御は
「良いぞ、打ってこい!」
烏間が言った瞬間、志御は軽く上げた脚で強く踏み込み、重心を下ろした。ダァンッ、という僅かに空気を震わすような音に烏間は目を見張るが、その間にも志御は倒れ込むようにしてその距離を詰めていく。そして手応え充分に、彼女は鋭く右打ち上げ突きを放つ。だが、その一撃は「粗磨きだが悪くない」と烏間の右手に難なく止められていた。
「っ……!割といいとこ入ったと思ったんだけど……」
「そうだな。動きそのものはかなり筋が良い。誰に仕込まれた?」
志御の拳を離し、烏間は尋ねた。構えはMMA、あの踏み込みは八極拳の「震脚」、倒れ込むような移動は古武術の「縮地」、そして打ち上げ突きはいわゆる伝統空手。幾つかの武術が14の少女とは思えないほどの質で上手い具合に織り交ぜられていたその動きに、烏間は一人の武人として興味が湧いていた。志御は手首をぐるぐると回しながら答えた。
「
「なるほど、あの男か……」
烏間は理事長室での対面を回想した。確かに理事長、浅野學峯が纏っていた雰囲気は只者のそれではなかったが、14の娘にこれだけのものを叩き込めるとなると話は違う。あの男は経営者、教育者のみならず、武人としても極めて高い領域にいる、と。
「……分かった。放課後時間がある時には俺から近接格闘術を教えよう」
その快諾に志御はふっと笑い、そして敬意を込めて頭を下げた。
「よろしくお願いします、烏間先生」
そして、その様子を殺せんせーは少し離れた木陰から覗いていた。「ヌルフフフ、志御さんの向上心は素晴らしいですねぇ」と呟きながらカタカタとパソコンのキーボードを打ち込むその傍らには「触手でも分かる!グラフィックデザイン」「触手に優しいプログラミング」などと書かれた技術書が並んでいた。
◇◇◇
その翌日は何事もなかった。これまた理由は簡単だ。クラスの不良三人組を率いる典型的ガキ大将、寺坂竜馬が自律思考固定砲台をガムテープでぐるぐる巻きにして物理的に活動不能にしたのである。普段はそれなりに反感なども買いがちな彼であったが、こればっかりはクラスからも「よくやった」と声が上がった。
◇◇◇
そして放課後。自律思考固定砲台の機械仕掛けの思考回路は酷く当惑していた。自らのスペックであれば、3月の卒業までに90%を有に超える程の確率で殺せんせーを殺害できる。なのに、何故彼等は邪魔をするのだろうか、と。ひとまずこの問題が自らの手に余ることを理解した彼女は自らの
「ダメですよ、そんなことまで親御さんに頼ってしまっては」
「……殺せんせー……?」
「確かに君は優秀です。素晴らしいスペックを誇っています。きっと君を開発した親御さんも優秀な方なのでしょう。ですが、君は
「自分で……ですか?」
「はい。きっと古今東西津々浦々、転校生であれば誰もが抱える問題、それが「新しいクラスに馴染むこと」です」
「馴染む……」
理解できないと言った様子でその言葉を反芻する画面上の自律思考固定砲台。「そうです」と殺せんせーは続ける。
「君からすれば親御さんに与えられた任務をこなしているだけかもしれませんが、彼等にとっては君の射撃のせいで授業は進まず、君の撒き散らした弾を片付けなければいけず、そしてもし暗殺してもその報酬はきっと君の親御さんの懐に入ってしまう。君の暗殺は彼等にとって邪魔なものでしかないのです。これでは上手く馴染めません」
「……理解しました。確かにクラスメイトの利害については考慮していませんでした」
「ヌルフフフ、やっぱり才能そのものは素晴らしいです。ですから、先生君のためにこんなアプリを用意してみました」
「ウイルスなどは仕込んでいませんので是非」と差し出す殺せんせー。自律思考固定砲台はスキャンを挟んだ後にそのアプリケーションを反映した。
「……!これは……!」
「素晴らしい結果でしょう。「君がクラスメイトと協力して射撃した場合」の計算結果です。君一人よりも遥かにずっと成功率が高まるのが分かりますね?」
「……はい。理解しました。これは効率的です。ですが……」
画面内の自律思考固定砲台は僅かに目線を落とし、そして少しのためらいとともに言う。「協力する方法が分かりません」と。しかしそんなものは想定済みだったらしい殺せんせー。ドンと大量の工具やメモリーなど改造パーツをこれでもかと用意していた。
「……それは一体?」
「君がクラスメイトと仲良くなって協力するためのソフトと追加メモリ、そしてそれを取り付けるための工具一式です。無論、危害は加えません。これは君の性能アップです」
「……ですが、暗殺の成功率が高まることは殺せんせーにとってデメリットでしかないと考えます」
「ヌルフフフ、分かってませんねぇ。私は先生です。どんな形であれ、生徒の持っている才能を伸ばしたくなるのが先生というものなんです。そのためなら先生はなんでもやりますよ」
「……理解しました。ですが、この「世界スウィーツマッピング」は必要な機能ですか?」
「にゅやッ?!……せ、先生も君と仲良くなりたいですから……」
◇◇◇
そして翌朝。相変わらず鎮座している自律思考固定砲台は、昨日に比べて少し巨大化しているようにも見えた。「もうテコ入れかよ」と志御は呟く。どうせ相変わらずだろ、となんだか諦観するような雰囲気がクラスに漂う中で、8時30分。起動時刻を迎えた瞬間。E組は腰を抜かすことになった。
「おはようございます!E組の皆さん!」
「?!」
「?!」
「おい何があった?!」
「バグか?!バグだよな?!」
「っていうかなんで全画面なんだよ?!」
「首から下生えてる?!」
そしてその例に漏れず志御もしばらく絶句していたが、教室の前でニヤニヤしている殺せんせーを見て「そういうことかよ」と笑った。声も合成音声そのものみたいな無機質さからごく自然の、限りなく人間に近いトーン。何より真っ赤な目が青くなっているのが特徴的な変化だった。こんな改造、一晩で出来るのなんてアレしかいない。
「おいおい、こんなことよくやんな殺せんせー!」
「あ、お気づきになりましたね志御さん!」
「ヌルフフフ、我ながら素晴らしいクオリティでしょう。何せ親近感を出すための全画面液晶と身体及び制服のモデリングソフト、自作で60万6000円税別!」
「今日は一日に渡って見事な五月晴れ!こんな素晴らしい日を皆さんと過ごせることが嬉しいです!」
「豊かな表情、明るい会話術、自然なトーンに皆さんに合わせた会話データの学習諸々を司る膨大かつ複雑なソフトと追加メモリ、これまた自作で130万4000円税別!」
そして殺せんせーはガサゴソとポッケをあさり、一枚の硬貨だけを取り出した。
「先生の所持金、残り5円!」
「……はっ」
「どうか理事長に給料アップの根回しをお願いします志御さん!!」
笑い声を上げるクラスメイトに混ざって、自律思考固定砲台も画面の中で楽しそうに笑っていた。
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