浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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第24話 師匠の時間

 一年で最も鬱陶しい季節、すなわち梅雨の季節がやってきた。志御は自慢の天然ふんわりブロンドがうねって広がるためにやむを得ずポニーテールにまとめている。似たような悩みのクラスメイトとともにいかにも湿気に弱そうな髪質のイリーナからアドバイスを貰おうとすると、彼女は「あんたらみたいなガキとは掛けてる額が違うのよ額が」とマウントを取られた。皆でブーイングした。

 そして湿気に弱いのは志御達人間だけではない。殺せんせーはその触手や顔が湿気をすってふにゃふにゃにふやけて巨大化、さらにキノコまで生えており、律の横ではそこそこ音が気になるレベルで除湿機がフル稼働している。

 そんな季節の、数日の晴れ間の出来事だった。

 

◇◇◇

 

「……これで分かったと思うけど、LとRの発音はめちゃくちゃ重要なの。しかも日本人は言語的に発音がしにくいから一層注意が必要ね。でも一度マスターさえしてしまえば会話術としての完成度はまたグッと引き上がるから各自私のディープキスで仕込んであげた通りの舌使いで練習してくること!以上よ!」

「起立!気をつけ!礼!」

「ありがとうございましたー!」

 

 六限目のイリーナの英語を終え、特に諸連絡などもないためそのまま帰路につく生徒達。急ぐもの、ゆったりと帰るもの、教員室の方へ質問に来るものなど三者三様の景色である。

 

「ビッチ先生、教室にタブレット忘れてたぞ」

「あら、気が利くじゃない。それにまた舌使い良くなってたわよ、志御」

「あざーす。じゃあなビッチ先生」

「ふっ、せいぜい気をつけなさい」

 

 そして校舎を出て行った志御が最後の生徒。彼女が姿を消すなり、イリーナは椅子にぐでっともたれかかった。

 

「ああもう!なんで教師ってこんなに面倒くさいのよ!」

「だが悪態の割には生徒からの評判は上々だぞ。良かったな」

「当然よ!私がわざわざ授業してやってるんだもの、面白くないなんて口が裂けても言わせないわ」

「その自信はどこから来るんだ……」

「ヌルフフフ、ですが色々と経験豊富なイリーナ先生の存在はこちらとしても願ったり叶ったりですねぇ」

 

 そう言って教員室のテーブルに正座してお茶を飲む殺せんせー。お茶請けとして見立てた景色はイリーナの豊満な胸である。当然彼女は対先生ナイフで暗殺を試みるが、マッハ20相手では話になりやしない。Fワードとともに「こんなのやってらんないわ」とナイフを投げ捨て、イリーナは教員室を後にした。

 

「……なんでこんなことに……!」

 

 誰もいない実験室でイリーナは呟いた。この仕事も腕を買われたからとはいえ、殺し屋としてのキャリアはまだまだ道半ば。こんなところで道草を食っている訳にはいかない。けれど、一向にあの怪物を殺すアイディアは浮かばず、さらにはここでの生活をほんの僅かにでも楽しんでしまっている自分がいる。一体どうすれば、彼女がそう物思いに耽っていたその瞬間だった。

 

「……ワイヤートラップ?!」

 

 突如として自らの首に食らいついたワイヤー。イリーナは師匠の教えの通りに首が締まる前に指を噛ませ、最低限の気道を確保しながらも慌てて考える。何故ここに?誰が?どうして?と。そして、その疑問を解決したのは次に聞こえた声。歳を重ねた、男の声だった。

 

「久しぶりだな、イリーナ」

「……っ?!」

「正直に言えば、驚かされたよ。教鞭を執るお前の姿にはな。子供相手に楽しげに授業し、帰りの時間になれば親しげに挨拶を交わして見送る。……そうだな、下手なコントショーでも見てるかのようだった」

「どうしてここに……?!……師匠(センセイ)……!」

「何をしている、今すぐ降ろせ」

 

 恩師との思わぬ対面を、物音に気がついて向かってきた烏間が中断した。「女に仕掛ける技じゃないだろう」という烏間の言葉に「この程度の対処は仕込んである。安心しろ」とスロヴァキア語で答えた男は地面に引っ掛けたワイヤーを切り落とした。ドサッとイリーナの身体が床に落ちた。

 

Кто вы?(何者だ?)

「失礼、日本語で結構だ。おそらく君達も名くらいは聞いたことがあるだろう。……イリーナ・イェラビッチを君達に斡旋した者だ」

「……!!

 

 「殺し屋屋」ロヴロか!と烏間は目の前の男を再認識した。かつては腕利きの傭兵上がりの暗殺者として自ら仕事をこなしていたが、現在は引退し、暗殺者の育成とその斡旋で名を馳せている裏の大物、それが彼、ロヴロ・ブロフスキだった。こんなビッグネームが何故、と烏間は僅かに思考を巡らせた。

 

「……ところで、件の「殺せんせー」はどこにいるんだ?」

「午後のおやつタイムと称して杏仁豆腐を食べに行った。上海までな。30分前の出発だから間もなく戻る」

「……ふっ、やはり噂通りの化け物だな。だが、それを聞けて良かった。おかげで決まったよ」

「……?師匠(センセイ)?」

「撤退しろ、イリーナ。お前に奴は殺せん」

 

 床に座り込んでいるイリーナにロヴロはそのように、「失敗だ」と言い渡す。そして「推薦主が随分簡単に言うんだな」という烏間の言葉に対し、「ああ」と彼は頷いた。

 

「こいつを推薦した時とは大きく事情が変わっている。こいつの才能は正体を隠した潜入暗殺、要は「一度きり」であれば比類なく輝くが、一度正体が明かされてしまえば並以下だろう。その上で教師の真似事とあればもう奴を殺せる見込みはこいつにはない」

「待って下さい師匠(センセイ)!私なら必ず……!」

「そうか、なら……」

 

 まるで子に説教する親のようにイリーナに告げるロヴロ。イリーナは反論しようと立ち上がるが、空挺部隊上がりの精鋭軍人である烏間の目からさえ恐ろしく速い、まさしく格の違う身のこなしのロヴロに捕えられ、そして親指を喉元に突き立てられた。

 

「この程度さえ出来ないのにマッハ20は狙えると言うのか?」

「……っ……」

「いいか?人には得手不得手というものがある。その適材適所を見間違えば一瞬で破滅するんだ、イリーナ。この仕事は適任者に任せ、お前はここを去れ。お前にここは向いていない」

「ヌルフフフ、どっちもどっちですねぇ」

 

 そんないつ聞いても珍妙な笑い声と共に割り込んだ殺せんせー。頭の半分がバツでもう半分がマルというその風貌に烏間はウルトラクイズと形容した。殺せんせーと呼んで下さい、と殺せんせーは抗議した。

 

「それで、イリーナ先生についてです。確かに、今殺し屋としての彼女はカスです。恐るるに足りません。おそらくもうしばらくすればE組の生徒の方が彼女よりも強くなるでしょう」

「おいふざけんじゃないわよタコ!!」

「ですが、E組(ここ)に最も相応しい殺し屋となると、それもまた彼女でしょう。あなたよりもずっと適任です」

 

 殺せんせーがそう言うと、再び部屋の空気がバチバチと張り詰め始める。そんな中で、殺せんせーは提案した。

 

「では、実際に殺し比べてみるというのはいかがですか?」

 

◇◇◇

 

「いっちにーさんしー」

「ごーろっくしっちはーち」

「にいっにっさんしー」

「ごーろっくしっちはーち」

「腰を起点にしろ!腕だけでナイフが使えると思うな!」

 

 そして翌日、体育の授業。細い丸太を足場にして吊り下げた殺せんせー型ボールをナイフで突くという訓練だったが、大半の生徒は集中できていなかった。(絶対狙ってるな)(あれ烏間先生狙いだろ)(なんか狙ってる臭いな)(まーたなんか面白いことやってんなおい)と訓練中の生徒も休憩中の生徒も一分間に一回ペースで少し離れた草陰に目をやっていた。何を隠そう、ナイフを持った老年の男とビッチ先生、あとなぜか忍者装束でカモフラージュしてるつもりらしい殺せんせーがじっと烏間先生を狙っているのである。

 

「カルマー、あれ絶対面白いことやってるよな」

「うん。絶対面白いことやってるね」

 

◇◇◇

 

 話は昨日の放課後に遡る。

 

「ルールは簡単。先に烏間先生を殺した方が勝ちです」

「待て、なんで俺なんだ」

「烏間先生が一番平等だからです。それに、私はだーれも殺せませんからねぇ」

 

 そして舐め腐った緑色のしましまを浮かべながら殺せんせーは言う。

 

「ロヴロさんが先に殺したら、イリーナ先生は大人しくE組を去ってください。そしてイリーナ先生が先に殺したら、ロヴロさんはイリーナ先生にここで暗殺を続ける許可をあげて下さい。使用するのは人間には至って無害な対先生ナイフ。期間は明日の一日で、互いの妨害と生徒の授業の妨害は禁止します」

 

 殺せんせーの定めたレギュレーションに異論はないらしく、ロヴロは殺せんせーからナイフを受け取る。「座興にでもなればいいがな」とナイフに手を慣れさせる彼と、緊張しながら自らのナイフを取り出すイリーナ。「勝手にしろ!」と根負けした形で烏間は一足先に校舎を去った。

 

「……なるほど、あの男は中々のやり手だな」

「もちろん。私の監視役に選ばれる程ですから。ツッコミ役としても非常に優秀です」

「ああ。……そして、改めて確信したよ。お前にあの男は殺せない、イリーナ。せいぜいあと一日の教師ごっこを楽しむんだな」

 

 そう言い残してロヴロも部屋を出る。そして最後に残ったイリーナは「私をかばったつもり?」と殺せんせーに問いかけた。

 

「どうせ新しい暗殺者が来るより私の方が扱いやすいとか思ってんでしょ?でもそうはいかないわ!カラスマもあんたも絶対殺してやるんだから!」

 

 そして、イリーナも去った。

 

◇◇◇

 

「……というわけだ。君達の授業には影響を与えないようにするから普段通りに過ごしていてくれ」

「苦労してんな烏間先生……」

「うん、お疲れ様……」

「はーい現在オッズビッチ先生2.6倍、ロヴロさん1.7倍だぜー」

「ビッチ先生の師匠に1.7倍もついてるよー」

「勝敗で賭けるのは今すぐやめろ!」

 

 「チッ」という舌打ちと共に投票箱をしまったカルマと志御。そして、烏間先生の中々ハードな一日が幕を開けた。




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