浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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第25話 挑戦の時間

 その日はイリーナにとってのターニングポイントとなる日であると同時に、烏間にとっての厄日であった。何故か。その理由は簡単だ。彼女の下手な小芝居である。

 

「以上で本日の訓練を終了する。各自着替えて次の授業に備えるように!」

「きりーつ、きをつけー、れー!」

「ありがとうございましたー」

「カラスマ先生〜♡」

 

 体育の授業を終えて教室に戻っていく生徒達と入れ替わるようなタイミングでやってきたイリーナ。ハートを振りまくかのようなそのいかにも胡散臭い雰囲気に生徒も「うわ」とか「げ」みたいなあまり望ましくないものを見たような反応をする。普段の彼女であれば「何よこんな美人にその反応は!」とキレているところだったが、あいにく今は仕事モード。そんな生徒達の反応にめげやしない。

 

「おつかれさまですぅ♡冷たいお茶淹れてきたのでよろしかったら是非♡」

「……」

「……」

「ビッチ先生?」

「いや絶対何か入ってるだろ」

「怪しすぎる」

「動きが不審者のそれ」

 

 明らかに怪しい感じで烏間になんとかお茶?のようなものを飲ませようとするイリーナ。「ほらぐいっといきなさいぐいっと!人が真心込めて用意したのよ!飲まなきゃ日本男児が廃るってもんよ!」とまで言っているからよっぽど必死なのだろう。

 

「あ、そんなに言うなら私飲むぜ!」

「ちょっ、止めなさい志御!致死量ギリギリの睡眠薬なんだから!」

「バラしちゃった」

「今致死量ギリギリっつったか?」

「手段選ばなすぎだろビッチ先生……」

 

 そんな生徒も呆れるほどの醜態に少し離れた木陰からそれを観察していたロヴロは「馬鹿弟子が」と鼻で笑い、目の前の暗殺対象(ターゲット)たる烏間はため息を吐いた。

 

「そもそもそれを受け取る間合いにすら入るわけないだろう。魂胆なんぞ見え透けてる」

「……あ、じゃあここに置いとくからせめて一口くらい!ね、いいでしょそれなら!」

 

 そう言ってイリーナはその場にしゃがみ、水筒のコップだけを置く。そして「飲んだら教えてちょうだい!」と去ろうとしたところで地面にヒールが引っかかったらしく、ドテッとギャグ漫画のように転んだ。「いったーい!!」と声を上げた。

 

「いたーい!!くじいたー!!歩けないー!!おんぶしてカラスマー!!」

「……あれ、本当に教師なんだよな?」

「うん、今二十歳だって」

「ああはなりたくないな……」

「聞こえてるわよガキ共!」

「……ふん、話にならん」

 

 そう言ってイリーナを置き去りに去っていく烏間。不機嫌面のイリーナを「よいしょ」と志御が持ち上げた。

 

「っていうかビッチ先生いつもの色仕掛け仕掛けてみろよ。そんな猿芝居じゃ私等にも効かないっての」

「簡単に言ってくれるけど!顔見知りに色仕掛けする気まずさがあんたらに理解できるの?!キャバ嬢だって父親が客だったら当然気まずくなるでしょ?!」

「知らない話で知らない例え話されても……」

 

 「練り直しね」とイリーナはまだまだ諦め悪くといった様子で教員室に戻っていった。

 

◇◇◇

 

「どうです?暗殺対象(ターゲット)の気分というのは」

「全く、こんなことやってられるか」

 

 グラウンドの片隅で、殺せんせーと烏間は話していた。

 

「そもそも俺が暗殺を避け続けたならどうするんだ。見返りの一つくらいないと割に合わんぞ」

「ふむ、ではその時には烏間先生に私からプレゼントを差し上げましょう」

「プレゼント?」

「はい。何があっても一秒間だけはあなたの前で動かないというプレゼントです。暗殺し放題ですよ。一秒間だけ」

「はっ、良いんだな?」

「もちろん。私は嘘を吐きませんよ。ですが、この条件はお二人には内緒にしておいて下さい。共謀されるのは台無しですから」

「……分かった。乗ってやる」

 

 そう言って「首を洗って待っていろ」と殺せんせーにナイフを向ける烏間。「現役の殺意は素晴らしいですねぇ」と殺せんせーはニヤリと笑った。

 

◇◇◇

 

 教員室。烏間は淡々とパソコンを動かして防衛省の暗殺関連の書類を片付けている。そしてその目の前で、イリーナは虎視眈々と烏間にナイフを突き立てる瞬間を伺っている。そして二人も気づかぬ内に、ロヴロは教員室の入口の外で構えていた。そしてさらに校舎の外の草陰からそれを見守る人影3つ。

 

「ねえ殺せんせー、これどうなると思う?」

「おや、志御さんにカルマ君。あの程度の課題では君達にはぬるすぎましたかねぇ」

「まあね。俺達も烏間先生にブックメーカー禁止されたから暇なんだ」

「ヌルフフフ、ギャンブルは二十歳から節度を守って楽しみましょうね」

 

 「そんで殺せんせーから見てあの三人ってどうなの?」と尋ねるカルマに、「そうですねぇ」と殺せんせーは丸い顎を触手で撫でながら答えた。

 

「確かにロヴロさんは殺し屋として卓越した経験と技術をお持ちです。それこそ、今後の君達の目標になるほどに」

「だよな。結構強そうだもん。あのおっさん」

「はい。ですが、烏間先生もそこに劣ることはありません。自衛隊でもトップクラスのエリートが集う第1空挺団でトップ成績を叩き出した彼もまた怪物です。ロヴロさんに一方的に負けることはまずありえません」

「……あれ?じゃあこの勝負引き分けになんじゃないの?」

「ヌルフフフ、それはどうでしょうか。イリーナ先生は確かに殺し屋としてはロヴロさんに劣りますが、でも烏間先生のことは彼女の方がよく知っているはずです。この勝負、分かりませんよ」

 

 その瞬間だった。「来た!」と志御が僅かに目を見開く。教員室と扉が開けられ、素早くロヴロが侵入した。彼は知っていた。手練れを殺すには小細工など不要。むしろ求められるのは単純に、その手練れを技能、そしてスピードで上回ることであると。そして、それこそが暗殺者の真髄であると。

 

「っ!」

 

 間髪入れずに気がついた烏間はキャスター椅子を引くが、引っかかるようにロヴロが細工していて僅かに反応が遅れる。そして、ロヴロはその隙が命取りだと烏間に一撃を仕掛けた。しかし、その次の瞬間には彼の手はナイフを手放した状態で机に叩きつけられていた。

 

「……ふん」

「な……?!」

「熟練とはいえ歳に勝てず引退した殺し屋がつい先日まで国防の最前線にいた人間をそう簡単に殺せると思うなよ」

 

 そして烏間は拾い上げたナイフをロヴロに突きつけ返す。その武力はロヴロの想定、イリーナの想定、そしてカルマ、志御、殺せんせーの想定すら大きく上回っていた。

 

「……バケモンじゃん」

「っていうかなんで笑ってんだよ烏間先生。天性の軍人じゃんか」

「……ま、まさかあそこまでとは……」

「いやなんで殺せんせーがビビってんだよ」

「いえ、実は殺せんせー烏間先生と約束をしてしまいまして……こうなったらどうにかイリーナ先生に頑張ってもらうしか……!」

 

 そんな震える殺せんせーを二人して馬鹿にしていたところで、キーンコーンカーンコーンと遠くで鐘が聴こえた。お昼休みだった。

 

◇◇◇

 

 殺せんせーは焦りに焦っていた。想像を遥かに超える「烏間惟臣」という精鋭軍人の戦闘能力。マズい、一秒あったら本当に殺されてしまうかもしれない。そんなことを考えながら教員室でさっき買ってきた牛タン弁当にありつこうとすると、そこでは真っ黒になった手首を冷やしているロヴロの姿があった。

 

「……全く、年を取ると碌なことがない。相手の実力を見誤った挙げ句に返り討ちで一蹴された。このロヴロが衰えたものだな」

師匠(センセイ)……」

「残念だがイリーナ、俺は今日中にあの男を殺せそうにない」

「にゅやッ?!諦めないで下さいロヴロさん!まだまだ時間はあります!あなたならきっと殺せますよ!」

 

 急にアカデミックドレスからチアガール衣装に着替えてロヴロのことを応援し始めた殺せんせーにイリーナは「なんであんたが師匠(センセイ)応援してるのよ」と真っ当なツッコミを吐いた。「いや、無理だ」とロヴロは言った。

 

「例えば殺センセー、俺はこんなに近くにあってもお前を殺すことは出来ない。これは、俺の経験から分かるものだ。「殺せる相手を見極める」、これも立派な殺し屋の才能なのだからな。そして、それはイリーナとあの男にも同じことが言える。イリーナではあの男を殺すことは不可能だ。……どうやら、引き分けのようだな」

 

 確かにそうだ、とイリーナは大人しく納得していた。ただでさえ色仕掛けが一切通用しない堅物、それが何故か暗殺回避にやる気を出している。やっぱりダメか、と諦めかけたところで、むにょんと柔らかい触手が肩に触れた。

 

「ですがあなたが諦めても、イリーナ先生はまだ諦めていないようですよ」

「……!」

「どれだけ予想しようと、結局は殺せたものが正しく、勝者である、それが殺し屋の常識でしょう」

「フン……いいだろう、残りの悪足掻きを拝ませてもらうとする」

 

 そう言ってロヴロは教員室を出てどこかへ消えていく。そして十分に離れたのを見計らって、イリーナは殺せんせーに問いかけた。

 

「アンタは、私が勝てると思ってるわけ?」

「もちろん。あなたが師匠に何を教わったのかは私は知りませんが、このE組、この教室であなたが何を頑張っていたのかはよく知っています」

「……」

「例えば昨日通販で頼んでたこの下着!いやあ、刺激的ですねぇ」

「何見てんのよこのエロダコ!!」

 

 「冗談です」と殺せんせーはカタログをしまうと、紙で挟んだ対先生ナイフをイリーナに差し出した。

 

「では、あなたの力、E組に来たあなたの成果を皆に見せてあげましょう。烏間先生に、師匠に、そしてE組の生徒達に」

「……フン!」

 

 それを受け取ると、彼女は休み時間の校庭に出て行った。

 

◇◇◇

 

「あ、ちょっと来いよ。カルマ、渚」

 

 しばらく窓際でピザトーストを頬張っていた志御は校庭の「動き」に気がついてちょいちょいと二人の方へ手招きし、ついでに律に校庭の様子を録画するように伝える。

 

「どうかしたの?」

「ああ。いっつも烏間先生あの木の下で昼食ってるだろ?そっちにビッチ先生が行った」

「お、ホントじゃん。殺る気満タンって感じだ」

「ではあちらの方へズームすればよろしいですか?」

「ああ、バッチリ頼むぜ」

 

 そして烏間の下へ辿り着いたイリーナは「ちょっといいかしら」と声を掛ける。「なんだ」と烏間はハンバーガー片手に顔を上げた。「これ以上手加減するつもりはないぞ」と相変わらずの鋭い、軍人の目つきで彼は言う。そしてそれを殺せんせーと共に見ていたロヴロは「何をやっているんだ」とにわかに顔をしかめた。

 

「そもそもあいつに本格的な戦闘技術は仕込んでいない。そのような「訓練」の染み付いた動きは暗殺対象(ターゲット)を警戒させるからな。あいつのスタイルには合っていない。無論、それでも素人なら殺れるだろうが、とても本職の軍人を相手にできるレベルではない」

「ええ、そうでしょうねぇ」

「ああ。だから結局は……」

 

 そう言ってロヴロはイリーナの方へ視線を戻す。「色仕掛けに頼るしかない」、そんな彼の言葉通りにイリーナはジャケットを脱ぎ、インナーの谷間を見せつけるようにナイフを構えた。

 

「一回くらいいいでしょ?カラスマ。一発当たってくれたら、あなたが味わったことのない、これからも味わえない最高のサービスをしてあげるわ」

「……分かった、好きにしろ」

 

 烏間は答えた。無論、そのような「投了」ではない。イリーナ程度ならナイフを奪うことは造作もない。一瞬で終わる。烏間はハンバーガーをもう一口齧ると、ばっと無防備に崩した。

 

「おい、マジでこんなんで終わっちまうのか?!」

「っていうか烏間先生がただで受けるわけ無いじゃん!」

「ってことはビッチ先生いなくなっちゃうのかな……」

 

 どうやら校庭の方の事変に気がついたらしい生徒達が窓際に張り付いて息を呑んでいる。そんな中で、殺せんせーは「ヌルフフフ」と笑った。

 

「イリーナ先生の授業はご覧になったんですよね?ロヴロさん」

「ああ」

「彼女の授業は、まず日本人が苦手な発音からでした。どうやら、苦手なものから挑戦していくのが彼女の流儀のようです。実際、彼女の日本語はネイティブそのものですし。外国語を覚えるというのはそんな挑戦と克服の繰り返し。それを十ヶ国語で繰り返した彼女は並大抵のものではない努力を重ねてきたのでしょう。そして、それは教師の仕事も一緒です」

「……」

「そこでです、ロヴロさん。そんな挑戦と克服のスペシャリストがこのE組という教室で教鞭を執り始めてから、本当に何もしてないと思いますか?」

 

 そう言って殺せんせーが差し出したイリーナのブランドバッグ。その中身を見て、ロヴロは僅かに目を見張った。

 

「じゃ、行くわよ、カラスマ」

 

 イリーナはジャケットを地面に置くと、ナイフを構えてゆっくりと彼に近づいていく。間合いに来たらナイフを奪う、そう意識していた烏間は、間合いの外の彼女をさほど警戒していなかった。そして、イリーナは仕掛けた。

 

「……なっ……?!」

 

 烏間の足を引っ掛けたワイヤートラップ。どこだ、どこで仕掛けたと烏間は一瞬前の視界を辿る。そうか、ジャケット!だが、気がつけど今烏間の身体は宙を舞っている。そして引っかかったのを確認したイリーナは脱兎の如く烏間の方へ駆け寄った。

 そして、ロヴロは刮目した。服と木を使った巧みなワイヤートラップのカモフラージュ、そして色仕掛けを囮にすることでその存在を悟らせないという複合技術。到底ロヴロが彼女に教えたものではなかった。

 

「やった!」

「ビッチ先生が烏間先生の上取った!」

「やるじゃん!」

 

 そして、姿勢を崩して仰向けになった烏間の上に馬乗りになったイリーナは、僅かに興奮していた。本当に作戦がハマり、そしていざ殺せるチャンスが目の前に来た、と。それはある意味で無垢な少女らしかった。

 

「ヌルフフフ、凄まじいでしょう、ロヴロさん。このバッグに入ったボロボロのワイヤーに同じ様なジャケット。これは紛れもなく彼女がここに来て、弛みない挑戦と克服の果てに生み出した結果です」

「……ああ、確かにそのようだな」

 

 馬乗りになったイリーナは、僅かに荒くなった息を整えながらナイフを構え、そして思いっきり烏間に向けて突き立てる。だが、ギリギリのところで烏間はその手を受け止めた。彼に「危なかった」と言わせただけで、普段の彼女からすれば十二分な成果であった。だが、今回は違う。どうしても、この暗殺を成功させなければいけない。本当に、最高に「らしくない」思考だったが、生徒が見てる前でここで諦めるわけにはいかないと、彼女は強く思ったのだ。そして、彼女は原点に立ち返った。

 

「ねえ、カラスマ」

「……なんだ?」

「……あなたを殺りたいの。ダメ……?」

 

 「わざわざ暗殺対象(ターゲット)にすがりつく暗殺者がいるか!」という烏間からの真っ当なツッコミ。だが、彼は大きく息を吐いて続けた。

 

「……こんなに面倒でしつこい暗殺者に一日付き合ってはこっちが持たん」

 

 そう言って手を離した烏間。そのスーツのジャケットに触れたナイフがグニョンと曲がった。「わあっ!」と教室から歓声が上がった。

 

「やるじゃんビッチ先生!最高だぜ!」

「やった!殺ったぞ!」

「ビッチ先生が烏間先生殺した!」

「残留決定だ!」

 

 そんな生徒達の様子を見て、殺せんせーはロヴロに問い掛ける。

 

「生徒達と同じ様な視点を持ち、苦手なものにも一途に挑戦し、越えていく。生徒達はその姿を見て、なら自分もと奮起し、自らも挑戦するようになる。それは、このE組というクラスの暗殺者全体の向上につながると思いませんか?おそらく、彼女が一番私を殺すのに貢献できますよ」

「……」

 

 そして一仕事を終えたイリーナは、師匠の下へ徐ろに歩いてくる。

 

師匠(センセイ)……」

「全く、肝心なところで慈悲をもらうとは出来の悪い弟子だ。……そんな様子では、教室(ここ)で先生でもやっていた方がずっとマシだな」

「……!師匠(センセイ)……!」

 

 そんなどこか子供っぽいイリーナは、「見たわねアンタ達!これが私の力よ!」と窓越しの生徒達に向けて精一杯のドヤ顔をしてみせた。志御は律に、何枚か撮らせた。




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