浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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読み飛ばしてもいいです


番外編 モバイルの時間

「んむぅ……」

「おはようございます、志御さん!」

 

 日曜日、6時前。いつものように設定していたタイマーの代わりに鳴り響く律の声。寝起きでとろんとした目を擦ってベッドから起き上がった志御の頭を包んだのは、困惑の感情だった。

 

「……待って、頭覚ます」

 

 誰もいない一人部屋で、志御は小さく頭を抑えて考えた。私一人の部屋、兄さんはまだ寝てる、父さんは出張、近所に住んでるのはジジババ、後は偉そうな中年社長。じゃあ幻覚だな、と頬を叩き、スマートフォンを手に取った志御。「お邪魔してます!」と画面の中の律は笑った。「わ」と志御は思わず声を溢した。

 

「……どういうこと?」

「実はもっと皆さんとのコミュニケーションを円滑に……要は、皆さんとより仲良くなるためにクラス全員の端末に私をダウンロードしてみたんです。「モバイル律」とお呼び下さい」

「……分かった。理解できた。取り敢えず、今私寝起きだからあんま記録しないで」

「承知しました。ところで、そろそろ日課のランニングの時間では?」

「そうそう。すぐ準備するから待ってて」

「ではその間に本日のおすすめランニングコースを作成しておきます」

「じゃあ、お願い」

 

◇◇◇

 

 6時。志御はランニングウェアに着替えて家を出た。ここ最近の彼女は大体6時に家を出て、そして20km程走って7時半に戻ってくるというルーティン。スマホの記録からそれを読み取った律は見頃の紫陽花が咲く自然公園などを経由するコースを志御に提案した。「中々悪くねえな」と志御はそれに乗っかり、そしてポニーテールにした金髪を風に靡かせながら軽く走り出した。

 

「ミュージックからランニング用のものと思われるプレイリストを見つけました。再生しますか?」

「いや、いい。代わりに少し話そうぜ」

「了解です」

 

 そして走る志御と、ポケットの中の律。半袖のウェアの上に装着したベストの胸元、律の視界となるカメラだけを出してスマホは収納されており、そこから伸びたイヤホンが志御の耳にハマっている。時折腰のペットボトルホルダーのスポドリを飲みながら、彼女は快調に駆けていた。律の音声案内を聞きながら、志御は「これ流行るだろうなぁ」と考えていた。

 

「志御さん、次の交差点を右に曲がったところに人気の喫茶店があります。現在は席も空いているようですし朝食にいかがですか?」

「……そうだな。確かに甘味の口だ。行くか」

 

 志御は足を緩め、そしてボディシートで汗を拭うと喫茶店の方へ向かった。

 

◇◇◇

 

「いらっしゃいませー!」

「学生一人」

「かしこまりました!こちらの席へどうぞ!」

 

 喫茶店に入ったところで時刻は7時手前。およそ12kmほど走ったところだった。店内は朝早いながらもそれなりに賑わっていて、厨房の壮年の夫婦も先程志御を案内した看板娘もせわしなく動いている。志御はパラパラとメニューを捲った。メニュー数はそう多くないながら、中々に揃った品揃え。きっちりと王道を抑えた感じの、メロンソーダやミックスサンドが並ぶ古き良き純喫茶的なチョイスに志御はにわかに心を躍らせていた。

 

「さて、どうするか……」

「インターネットでこのお店の口コミを検索しますか?」

「ああ、頼むぜ」

 

 そして律調べによると、このお店の看板メニューはクリームあんみつ。「いいじゃん」と志御は手を挙げてホールで注文を取っている看板娘に声を掛けた。

 

「ご注文お決まりですか?」

「レモンティーのアイスと、クリームあんみつの上1つ」

「かしこまりました!」

 

 厨房の方へ「レモンアイスとクリームー!」と看板娘が声を掛ける中で「こちらから提案しておいてアレなのですが」と画面の中の律が志御に尋ねた。

 

「レモンティーとクリームあんみつを合わせると約500kcal。ここまでの運動量に匹敵してしまいますが、よろしいのですか?」

「ああ、なーんも問題ねえ。そもそもダイエットじゃねえし、169で49は痩せすぎの域だぜ?」

「なるほど。では、少し負荷が高い帰りのルートを計算し直します」

 

 そうこうして律が新しいルートを提示し、そこに志御が細かい変更を加えている内にテーブルへと運ばれてくる真っ白なクリームが乗っかった宝石箱と輪切りレモンが一枚上品に浮かんだ紅色のグラス。「完璧だな」と志御はスプーンを手に取って手を合わせた。

 

「いただきます」

 

◇◇◇

 

「ただいまー」

「おかえり。今日は随分遅かったな」

「うん、朝飯食ってきたから」

 

 リビングで昨日の残りのクラムチャウダーを食べながら学秀は志御を出迎えた。今朝の朝刊に目を通しながらもニュース番組を見る彼に志御が「どっちかにしろよ兄さん」とツッコむと「これが一番効率がいいからな」と学秀は毅然とした態度を取った。

 

「それで、志御もクラムチャウダー食べるか?」

「……そうだな、シャワー浴びたら少しだけ」

 

 そして志御はランニングウェアを脱いでざっと身体を流すと、ニュースが終わってテレビを消した学秀の隣に座った。

 

「最近はどうだ?転校生が来たと聞いたが」

「ああ、悪くないぜ?ちょっと世間知らずだが友好的。しかもちゃんとクラス全員の趣味趣向も覚えてくる徹底ぶりだ」

「そうか、なら良かった。E組とはいえ学級崩壊は僕も望むところじゃないからな」

「はっ、兄さんが望もうが望むまいが起きる時は起きるし起きねえ時は起きねえだろ」

 

 そう言って志御はクラムチャウダーを啜る。浸した食パンが良い感じに染みてクリームの風味を際立たせていた。

 

「んで、今日はどうすんだ?兄さん」

「午後から少し予定がある。もし用事なんかがあるんだったら午前中に頼むぞ」

「ねえよ。私もしばらく用事あるからな」

「出かけるのか?」

「いや、籠もる」

 

 そして皿を空にした志御は「ごちそうさま」と部屋に去っていった。

 

◇◇◇

 

 志御は部屋に戻るなり、スマートフォンをパソコンに繋ぎ、そして律に声を掛けた。

 

「律、なんか必要なのとかあるか?」

「いえ、自分で用意できますから大丈夫です。ところで、今は何を?」

「ああ、ちょっとスマホのセキュリティチェックし直してる。律がハッキングとかされたら堪んないからな」

 

 そして志御は現役最先端AIの律からアドバイスをもらいながら、一日キーボードを叩いていた。




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