浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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第3話 授業の時間

「……おや、もう昼休みですか。では先生ちょっと上海蟹でも堪能してきます。殺したいよーっていう意欲的な生徒がいるのであれば携帯とかで呼んで下さい。直接殺しに来ても構いませんが」

 

 キーンコーンカーンコーンという本校舎からの小さな鐘とともに四限の授業が終わり、「それでは失礼」とタコの担任はマッハ20で教室の窓から飛び立った。

 

「えっと、ここから中国の……」

「上海蟹だから江蘇だな。片道五分か」

「うわやっべー」

 

 生徒達が談笑を始める頃には既にそれは彼方へと消えていた。志御の計算にクラスメイトは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「しかもあれ、テストの採点しながららしいぜ」

「え、マジ?」

「マジマジ。出来良いとタコのイラスト付きで褒められるぜ?何が「タコ二重丸」だ、タコの自覚あんのかよって」

「っていうかあいつ変な見た目だけど授業自体は上手いよな」

「そうそうー私放課後暗殺ついでに宿題見てもらってさぁ、次のテスト結構良かったんだぁ」

 

 何日か授業を受けた志御の主観でも、アレは相当優秀な教師だとすぐに理解できた。何せ彼女は10年以上に渡って怪物じみた指導者にして支配者である父親(浅野學峯)の教えを受けて育ってきた人間。その感覚が、あの化け物は父と同じレベルにいる、そう判断していた。なるほど、クッソ面白いじゃん、志御は心躍っていた。当然だ。ド底辺扱いの隔離教室「エンドのE組」に色んな意味で化け物の教師がいて、しかもそいつを殺せと防衛省が言ってくる。こんな体験十回死んだって出来っこない。

 「兄さんにも見せてやりたくなっちゃうじゃん」と彼女はニヤケ面で笑っていたが、次の誰かの一言で現実に引き戻された。

 

「でも、どうせ俺等E組だしな」

 

 その整った顔が仏頂面に変わる。誰にも聞こえないような音量で志御は「つまんねぇの」と吐き捨てた。でも、彼女も頭の片隅では分かっている。自分がとことん酔狂の側にいる、と。本来はどうしたって落ちたくもない被差別階級。彼女のように好奇心兼身内への挑戦状なんていう馬鹿馬鹿しい理由でここを訪れる者などいるはずがないのだ。

 そんな頭に浮かんだ正論に「だろうな」とまた吐き捨て、彼女は弁当箱を持って、校舎の外に良い昼食場所を探し始めた。

 

◇◇◇

 

「……あ、浅野さん」

「なんだよ、せっかく特等席見つけたと思ったのに」

 

 校庭の片隅、麓の景色を見下ろせる一角を訪れた志御はそこに座って今まさにコンビニパンの包装を剥がそうとしていた潮田渚に遭遇した。水色の髪をツインテールにした少女のような少年。背は志御よりも10センチ近く低い。仏頂面の彼女に「あ、待って。すぐ退くから」と渚は言いかけるが、「いや、別にいいぜ」と彼女はその隣りに座って弁当箱を開ける。

 渚は彼女を噂だけで知っていた。酷く気紛れな、理事長の娘で、学年トップの浅野学秀の双子の妹。彼ほどではないにしろ学年トップクラスの成績でしかも運動方面も完璧という才色兼備。ついた渾名は「天才の妹」とか「怪物の娘」とか。とてもE組に落ちるような生徒とは思えなかった。聞いてしまって良いのだろうか、と一瞬自問自答した後、彼は意を決して口を開いた。

 

「あの、さ」

「……何?」

「どうして浅野さんはE組なんかに来たの?」

「はっ、どいつもこいつもそんなこと聞いてくんな」

 

 怒らせちゃった……?とパンを口に運ぶ手を止める渚と対称的に、志御はおかずの鮭のムニエルを口に放り込んでから口を開く。

 

「親子喧嘩の一環。それも十年モノの」

「親子喧嘩、か……」

「まあ、それで半分。残りの半分が好奇心」

「好奇心?それってどういう……」

「別に大した話じゃない。ただ、なんか面白いこと起こりそうだなって思っただけ」

 

 「実際暗殺教室なんてクッソ面白いこと起こってるから私の勝ちだけどな」と笑う彼女に渚はもはや別世界の住人のような感覚を覚えていた。ここまで行くと腹も立たない。ただ自分が喉から手が出るほどに欲しいものを彼女は嘲笑うかのように持ち合わせている、と。そんな感じがした。

 少しの沈黙の間に志御は弁当を平らげる。そしてもうしばらくの沈黙を挟んで、「すごいね」と渚は呟いた。

 

「凄い?」

「うん。だって、浅野さんは一人だけ「自分の意志で」ここに来て、「自分の意志で」暗殺を選んでる。……そんなの、僕には出来ないや」

「しょうがないだろ。っていうかああは言ったけど暗殺とか想定外だし。でも目の前に起きてることなんて楽しむ以上の解決方法とかないぜ?」

 

 そして「案外お前みたいな自信ない奴が殺すかもな」とケタケタ笑い、不敵な、いたずらっぽい笑みを浮かべる志御。それは、「持てる者の余裕」なんて言葉では片付けられないくらい純粋な笑顔。渚はなんだか引け目を感じていたのが馬鹿らしくなって「そうだね」と笑い返した。

 

「……あ、それともう一つ。私は「志御」でいい。「浅野」だともう一人いるからな」

「分かった。……よろしくね、志御さん」

「いい返事じゃん」

「ヌルフフフ、早速生徒達が交友を深めてて担任としては嬉しい限りですねぇ。そろそろ五限も始まります。教室に入りましょう」

 

 空の弁当箱を持って、突如現れ、そして教室に入っていったタコの担任を追いかける志御。渚はクラスメイトに渡された巾着を握りしめ、その後に続いた。

 

◇◇◇

 

「では、今日は短歌を読んでみましょう。条件は最後の七文字を「触手なりけり」で締めること。書けたら先生が見て、合格した者から帰って良いことにします。けりをつけるだけに」

 

 「笑いどころか?」と首を傾げながら少し食後のリラックスタイムか、薄いピンク色になったタコから回ってきた短冊を受け取り、シャーペンを顎に当てて考える志御。気紛れな彼女にとって、このような自由課題に近いものはかなり相性がいいというか、気にいるタイプの課題だった。「触手なりけり」は全く意味が分からなかった。

 

「先生しつもーん」

「……?はい、何でしょうか茅野さん」

「あのさぁ、先生ってなんか名前とかないの?分かりやすい呼び方とかあった方が便利なんだけど」

「名前……残念ながらそのようなものはありませんねぇ。……あ、皆さんで付けていただいても構いませんよ。もちろん、課題が終わってからですが」

「はぁーい」

 

 そしてもうしばらく経って、「大樹立つ 若葉備えし 長枝に 伸びる蔓と 触手なりけり」なんて句が出来て、「あいつに刺さるかはパチンコだな」なんてもう少しの推敲に志御が及ぼうとしたところで渚が徐ろに席を立ち上がった。一瞬は音だけで「速いなあいつ」なんて思ったが、様子と、短冊の裏のナイフを見てすぐに気が付いた。「提出じゃなくて暗殺かよ」と。そしてさらに数秒。彼女の直感が彼と彼らの思惑を看破した。襟から僅かにはみ出た紐の結び目に気が付いたのだ。

 

「はっ、暗殺じゃなくて自爆テロじゃねえか」

 

 首謀は、と志御が教室を見渡したところで、ニヤニヤと笑う三人が目に入った。吉田、村松、そして寺坂。なるほど、本校舎でも何回か噂を聞いた程度の不良ではある。人を使うくらいはするか、と彼女は判断した。クラスメイトも犯行に及ぼうとする渚に気が付いたのか、少し緊迫した空気が漂うが、リラックスモードらしいタコは気が付いていないようだった。

 そしてタコと渚の距離が1mを割った瞬間、彼は隠していたナイフを素早く叩き込む。しかし、かなりの余裕を持ってその腕は触手によって止められた。そこでか、と志御は頬杖を突きながら思った。

 

「まだまだ甘いですねぇ。工夫が足りません」

「……」

 

 渚はナイフから手を離し、優しくふわりと抱きつく。その瞬間、タコは渚の首に掛かった一つの手榴弾に気が付いた。

 

「しまっ──!」

「もらった!!」

 

 寺坂が席から立ち上がり、赤外線スイッチを作動させる。無論、渚の首の手榴弾を起動するためのものだ。おもちゃのものではあるが、詰めた火薬と対タコ用BB弾によってタコへの殺傷能力は十分である、寺坂はそう思っていた。教室に轟く炸裂音と舞うBB弾。「やったぜ!!」「百億だ百億!!」と歓喜する彼らを眺めながら、志御は傍目八目に「んなんで殺せるなら国が殺せないわけないだろ」と仏頂面で小さく吐き捨てる。

 黒焦げになったそれを囲み、寺坂らは小躍りしていた。巻き込まれた渚など些事であると言わんばかりだった彼らだったが、一つの異変に気がついた。渚が、無傷なのである。「どういうことだ」と寺坂らの頭に疑問が湧いたところで、志御は教室の天井を見た。真っ黒な、タコがいた。

 

「種明かしをしましょう。実は先生月一くらいで脱皮するんです。脱いだ皮なら爆弾くらいは無効化出来る。要は奥の手です」

 

 そして、寺坂らも、クラスメイトの皆もそれに気が付いた。真っ黒。人であれば青筋と形容されるような、ビキビキと浮かんだ眉間の皺。それが途方も無い怒りであることは誰もが理解に容易かった。

 

「寺坂、吉田、村松。君達だな」

「ひっ、いや、な、なぎさっがっ」

 

 その返答を待つまでもなく、真っ黒なタコはマッハ20と分かっていても尚恐ろしいほどのスピードで教室を飛び出すと、一瞬でそこに戻ってくる。触手に抱えていたのは無数の長方形。「あー」と志御は傍観者としてさえ感じる恐怖を御しながら呟いた。冷や汗は垂れていた。

 そして、タコが何を言うまでもなく落としたそれを見て、寺坂らの顔は青さを増した。「寺坂」、「吉田」、「村松」、そう書かれた表札が、そこにあったのだから。それ以外にも抱えられた無数の表札は恐らくクラスメイト全員分。「浅野」と書かれたものも混じっていた。

 

「これは政府との契約、約束ですから先生が皆さんに危害を加えることは絶対にありません。……しかし、それ以外には先生は何をするか分かりませんねぇ。もしまたこのような暗殺方法を選んだなら……」

「……ひっ……!」

「……君達以外を地球ごと吹き飛ばしますかねぇ」

 

 この間僅か五秒間。たったの五秒間である。この五秒間で、クラスメイトの誰もが悟った。

 

「殺さない限り、逃げられない」

 

 志御は伝う冷や汗に大層な懐かしさを覚えた。緊張感が跳ね上がる度に、楽しさも跳ね上がる。「ここ、マジでヤバいな」と彼女は小さく笑った。

 

「な、なんなんだよお前!!いきなり来て無理難題押し付けて……迷惑なやつを迷惑な殺し方して何が悪いって言うんだよ!!」

 

 腰を抜かしていて震えっぱなしで、今にも緊張と恐怖で漏らしてしまいそうな寺坂は最後の力を振り絞って必死に抗議する。しかし、タコは優しい口調で「迷惑?何がですか」と顔に大きく丸を浮かべた。

 

「アイディアそのものは大変素晴らしいものがありました。実際先生は月一の奥の手を発動しなければいけなかったのです。特に渚君。殺気と本命を隠した自然な身体運びはまさに完璧でした。先生バッチリ隙を突かれましたからね」

「……!先生……!」

「ただし!渚君も寺坂君達も、人を大切にしない暗殺など言語道断!そんな暗殺先生は許しません!人に笑顔で、堂々と胸を張れる暗殺をしましょう。君達3-E組はそんな素晴らしい暗殺が出来る素質を持っている有能な殺し屋(アサシン)なのですから。……以上、暗殺対象(ターゲット)の先生からのアドバイスです」

 

 渚は自分の頭に手を触れる。僅かなぬめりが残ったそこには確かな愛があった。うねる触手が撫でた頭の感覚は存外悪くなかった。その奇妙な現実が、彼は素直に嬉しかったのだ。

 

「さて、反省がてら問題です。渚君。先生は微塵も殺されるつもりはありません。皆さんとこの一年を謳歌してから地球を吹っ飛ばします。君ならそれに対してどうしますか?」

 

 答えは決まっている、と言わんばかりに彼はぎゅっと手を握った。

 

「先生を殺します」

「素晴らしい回答です。……殺せるといいですねぇ」

 

 そう言って椅子に座り、キュッキュッと皆の表札を磨き始めるタコに茅野カエデは「あ」と声を上げる。

 

「殺せない先生……殺せんせーとかどうかな?」

「ヌルフフフ、ではそれで決まりです」

 

 そう言って殺せんせーが笑うと同時に、志御はスッと手を上げた。

 

「てなわけで早速完成したんだけど?殺せんせー」

「浅野さん。では読み上げて下さい」

「あー、そのタイプ?いいぜ。……「大樹立つ 若葉備えし 古枝に 蔓と競うは 触手なりけり」……どうよ?」

 

 志御がいつも通りの得意気な顔で反応を求めると、教室の前から聞こえてくるズビズビという泣き声。表札を磨くのに使われていた布巾はいつの間にか殺せんせーの涙を拭うハンカチになっている。

 

「うう……先生感動しました!高くそびえる年季の入った大木と新しい生命を感じさせる若葉の対比!それを古枝という一本にフォーカスする発想!そして蔓という他の生命をその画角に収めた上での満を持して登場する触手!しかも「競う」という表現によって我先にという蔓との生存競争を感じさせる名句です!先生謹製の百人一首に加えちゃいます!」

「……は?」

 

 志御は困惑した。「いや、それっぽい表現掻き集めただけなんだけど?」と。これ数分前まで真っ黒にブチギレてたあれだよな?と彼女は記憶を遡るが、残念ながらどちらも現実。渚は「涙もろい」と新たな殺せんせーの特徴をノートに書き込んだ。志御は「まあいいけどさ」と筆箱を鞄に仕舞い、すっと立ち上がる。そして「あ、そうだった」と殺せんせーに声を掛けた。

 

「先生、悪いけど表札戻しといてもらえない?私の家バレたら面倒だからさ」

「うう……その程度だったら今すぐにで……」

 

 殺せんせーは考えた。「浅野」と書かれた表札。不敵ではあるが育ちが良さそうな彼女の顔。そして自らの学校の理事長の名字。感動の涙で濡れていた顔はいつの間にか冷や汗で濡れていた。

 

「……えっと、浅野さん、ちなみにお父様の名前は……?」

「浅野學峯」

「……」

 

 時間経過につれて先生の顔から滴る冷や汗の量はどんどん増えていく。

 

「……この件、理事長には内密にしていただいても?」

「はっ、どうするかなぁ」

「いや、実はこの前漫画大人買いしちゃって懐がピンチでして……これ以上の減給はどうにか避けなければ……!」

 

 さっきまでクラスを導いていた殺せんせーは、今一人の生徒にヘコヘコと頭を下げていた。




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