浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「死ね、兄さん」
イトナの触手が、叩き伏せられた殺せんせーに強烈な連撃を加えた。その勢いに生徒達は唖然、あるいは愕然とし、「本当に殺してしまうんじゃないのか」と、そう直感した。志御は何も言うこと無く、片手にスマートフォンを、そしてもう片手に対先生ナイフを持ってその光景を瞬きも忘れて目に焼き付けていた。そして、誰かが「殺ったか?!」とフラグじみたことを言った。
「志御さん」
「ああ、分かってる。……上だ」
そう言って志御がスマートフォンのカメラを向けた先。天井に張り付いた殺せんせーは息を荒げていた。何度もイトナの触手が掠ったその身体からは僅かに煙が上がっている。千切られた触手が消滅する時にも似たような煙が上がっていた。「脱皮か」と呟いた志御に、それを情報としてしか知らない画面内の律が「あれが例の……」と記録した。ただ対イトナはまだ幕を開けたばかり。既に奥の手の脱皮を切らされているという事実が再びクラスに戦慄を奔らせた。
「そうか、そういえばそんな機能もあったな。……でもね、殺せんせー。その脱皮も便利なだけのものじゃないだろう?」
「……にゅやッ?!」
「当たったっ!」
「その脱皮に使うエネルギー量は決して少なくない。それこそ、自慢のスピードに支障をきたすくらいにはね」
「……ぬぅ……!」
「確かにそれでも常人から見れば恐ろしく速いことには違いないさ。だが、触手対触手なら影響はそれ相応に出る。さらにさっき触手を再生したね。それもかなり体力を使うんだ。二重の
「……なっ?!」
「さらに触手の状態は精神状態と直結する。予想外の連続に立て直す暇もない狭いリング、そしてうっかり傷つけてしまいそうな生徒達。誰がどう見てもこちらに戦局は傾いてるのさ」
誰もが、それに納得せざるを得なかった。イトナとシロは殺せんせーを殺せる、と。今までで、最も暗殺に近づいてる、と。もう少しで、地球を救える、と。殺せんせーは明確に追い詰められており、シロのサポートを受けたイトナは殺せんせーよりも強い、怪物。なのに、そこにいる誰もが差はあれど「悔しさ」を感じていた。殺せんせーのことを知っているであろうシロの手によって、次々と後出しで明かされていく殺せんせーの弱点。本当ならば、ここから卒業までの長い時間を掛けて、E組が教室で見つけていくはずだった弱点。
誰もが、こう思わざるを得なかった。「
カメラを向ける志御はそれでも、ただただその動きを記録し、目に焼き付け続けていた。いつか自分が殺す日のために、その触手一本さえ見逃すこと無く、ひたすらに。
「……ここまで追い込まれたのは初めてです。実に周到に用意されている。その点については称賛に値します」
「ほう?」
「ですから、まずはこの試合に勝って、あなた達から話を聞かないといけません。聞きたいことは山程ありますから」
「まだ自分が勝てると思ってるのかい?負けダコの遠吠えだね」
「いえ。きっとここまで準備してきたのはシロさん、あなたでしょう。ですが、あなたは一つ計算を忘れています」
「この期に及んで冗談かい?私の計算は完璧さ。……殺れ、イトナ」
シロの声に応え、イトナの触手は束ねられてまるで一本の槍のように、殺せんせーを貫かんと襲いかかった。先程から激しい戦闘が続く中でなお腰を抜かしかねない程の強い衝撃が教室を揺らした。しかし、殺せんせーは無傷でニヤニヤと笑っており、そこには代わりに溶けた触手があった。イトナのものだった。
「……っ?!」
「おやおや、落とし物をふんづけてしまったようですねぇ」
そう言って殺せんせーは凹れた床の対先生ナイフを布越しに拾い上げる。観客席の渚が「あれ、僕のだ……!」と空になった手と共ににわかに目を見張った。
そして殺せんせーと同様、思わぬダメージに動揺したイトナを殺せんせーは自らの頑強かつしなやかな抜け殻で覆い、そして風呂敷のように包み上げる。
「ヌルフフフ、同じ触手なら、当然対先生ナイフも効くでしょう。想定外に触手を失うと動揺するのも同じです。……ですが、先生の方が少し老獪ですよ」
「……!……!!」
そして殺せんせーは小さく振りかぶると、志御の横の窓ガラスに向けてそれを放り投げた。ガシャァン、と音がして、イトナは窓ガラスを貫いて校庭まで放り出された。志御は真っ先に穴の前に立ち、外のイトナを確認した。そして、その背後に殺せんせーは立っていた。
「先生の抜け殻で包んだからダメージはないはずです。先生は生徒を傷つけませんから」
「……負けた……」
「ですが、君の足は既にリングの外に着いています。つまり、先生の勝ちです。ルールによれば君は死刑。これでは先生を殺せません」
「……俺が、負けた……?」
「もしまだ殺したいというのであれば、イトナ君、君はこのクラスで学びなさい。今のでよく分かったでしょう、経験は
自身の敗北を知り、少しずつ歪に触手を再生するイトナと、それを諭す殺せんせー。
「ここで先生の経験を盗まなければ、君では私を殺せませんよ」
「……殺せない……俺は……弱い……?」
そしてその触手が先の先まで真っ黒に染まると、イトナはおもむろに立ち上がった。その目も、触手と同じドス黒い黒に染めて。誰もがその行く末に固唾をのみ、その光景を眺めている中でただ一人、シロだけは「マズいな……」とそのフードに隠した顔をしかめた。イトナは大の勉強嫌いであり、そんな子供に勉強をしろと説教すればどうなるか。
「ガアァッッ!!」
当然、暴れ狂う。無数の触手を嵐の如くしならせ、イトナは自らの強さを証明するべく殺せんせーへ触手を振り回し、突進しようと構える。だが、その殺せんせーの前には志御がいた。
「志御さん!!」
「危ねえぞ、早く逃げろ!!」
クラスメイトが呼びかける、だが動かない。足が竦んだかのように動かない。違うと、志御は直感した。動きたくない、と。ならば自分は死にたがりか?いや、それも違う。この教室では殺したがりだ。じゃあなんで、そんなことも分からず、志御は力が抜けたように右手のスマホを落とし、左手に隠し持っていたナイフを持ち替えた。落ちたスマートフォンからは「逃げて下さい、志御さん!」と律が警告を鳴らしていた。
「違う……!俺は、強い!この触手で、誰よりも、誰よりも!」
イトナは叫び、ジリジリと近づいてくる。その狙いは殺せんせーただ一人。当然、その目には巻き込まれるであろう志御なんて映っていない。それを想像して、志御は「そういうことか」となんとなく理解した。自分は、悔しいのだ、と。勝手に外から怪物がやってきて、怪獣大戦争をおっぱじめてるのが心底気に入らない、私を差し置いているのが嫌なのだ、と。
志御はナイフを構える。その原動力は、負けず嫌い。
「ウガアアァァッッ!!」
イトナは突撃する。黒い触手をさながら暴風雨の如く暴れさせ、力任せ、考えなしに突進する。それは一瞬一瞬で志御に迫る。殺せんせーは志御を守ろうと触手を伸ばす。だが、その直後。
「……な……?!」
「……っ?!」
その黒い触手は地面を這いつくばり、そこには対先生ナイフに黒い残り滓をこびり付かせた志御の姿があった。その身体には傷の一つもない。ビチビチとのたうち回るイトナの触手と対称的に、酷く冷静に息を整えていた。、あの理事長の、「支配者の遺伝子」を受け継いだ気まぐれな彼女、その感情と目的が一致した瞬間の破壊力をE組、烏間、イリーナ、シロ、イトナ、そして殺せんせーは確かに目の当たりにしたのである。
「……舐めんな」
その一発勝負に勝利した彼女は、その場に倒れたイトナに不敵に笑った。かつて父から聞いた話。一日目で空手の師範に無惨に叩きのめされ、二日目でその動きをひたすらに観察し、三日目で無惨に叩きのめす、そのほんの僅か、限定的な再現。確かに単純な学力などのスペック面で父を色濃く受け継いだのは学秀であったが、洗脳、桁外れの学習能力などの特異的な才能を強く受け継いだのは志御であった。この一瞬をもって、彼女は自身が「怪物」であると、秘めたる天性の負けず嫌いに従って証明してみせたのである。
「……お見事です、志御さん」
「……感情任せ、単調だったから読めた。突進の時は左に二本、右に一本、後は時計回りに回す癖も、さっき見えた。触手の速度は、さっき律が」
「あんなポッと出に殺されたらE組の面子丸つぶれだっての」と志御は少女らしい、無邪気な笑顔で言う。烏間がフッ、と腕を組んで笑った。誰かが「やりすぎだっての」と笑い、少し空気の緊張が和らいだ。そして、シロは校舎を降りると地面のイトナを担ぎ上げた。
「すいませんね、殺せんせー。この子はまだ、
「待ちなさい、イトナ君は私の生徒です。一度ここに来たからには卒業まで担任として私が面倒を見ます。それにシロさん、あなたにも聞かせてほしい話が山のように」
「いやだね、帰るよ。なんなら力づくで止めてみるかい?」
その言葉通りに殺せんせーはシロの白装束へ触手を伸ばした。ドロっと、それは溶けた。「対先生繊維」と彼は言った。
「安心してくれ、すぐに復学させるさ。私が「教育」した上でね」
そう言ってイトナを担いでシロは去っていく。「あー、疲れた」と志御はその場に大の字になった。
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