浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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この作品はフィクションです


第32話 試合の時間

 エキシビションマッチ、開幕前。コートの真ん中でE組と女子バスケ部は向かい合っていた。揃った女バスの精鋭に対し、対抗するE組は志御を除いた運動神経上位の4人、岡野、片岡、速水、原、それと巨乳の相手キャプテンに対して憎悪の炎を燃やす茅野。始めから割とフルスロットル寄りなのは、「E組は何回でも交代可能」というエキシビション用のハンディキャップとして設けられたルール故に疲れてもすぐ控えと交代して体力回復に臨めるという片岡の作戦だった。

 「あれだけ言っておいて出ないのかよwww」という観客席からの嘲笑に控えの志御は「初手負け確見たいかよ?ヒズム拗らせてんじゃねえぞマゾ豚!」といつものケタケタ笑いを崩さずに親指を下に向ける。注意しようにも教師側がそのような「声出し」を認めてしまった上に相手はあの理事長の娘。D組担任大野が全校集会で恥をかかされたのが思わず頭をよぎり、注意しようにも誰も口を開かない。「本当ダッセえのな」と無邪気に笑う彼女の隣には狭間綺羅々。まるで絵本の中の魔女のような風貌で、見た目に違わず読書とオカルトを至上の生業とする彼女は志御、カルマに並ぶ悪口、毒舌のスペシャリスト。ヘイトを稼ぎに稼ぐ志御に協力し、彼女の参考となるような罵倒を練りに練りまくっている。

 

「他人の口を借りた呪詛がどれだけの効果になるか分からないけど……少なくともその口なら十分だわ」

「はっ、お褒めに預かり光栄って奴だな」

 

 そしてまた教員から強奪してきた拡声器片手に四方八方を先日のイトナの如く言葉の刃で切りまくる志御。試合はまだ始まっておらず、彼女は控えにも関わらず体育館中の、選手、教師込でほとんど全てのヘイトを一手に引き受けている状態だった。女バス部の顧問を務める年増でメイクの濃い女教師は苛立ちを全く隠せずに爪を噛みながらも「あんな落ちこぼれ共にウチの精鋭が負けるわけないんだから……!」と必死に自分に言い聞かせていた。

 

「ほんとよくやるわ、志御も狭間も」

「いいじゃん、どうせ私達ヴィラン扱いなんだしさ」

「でも志御さんのおかげで少し楽かも。プレッシャーとか」

 

 そして、彼女達は再び目の前の相手に向き直った。見上げるほどの身長差。「あーあ、尻尾巻いて帰るなら今のうちだよ?」「負け惜しみなら聞いてあげるけど?」と明らかに苛立ちを見せながら、物理的にも精神的にも見下す部員達に片岡は控えの方を親指で差し、「言いたいことは全部あいつが言ってるから」と凛として答える。

 

「エキシビジョンマッチ、女子バスケットボール部対E組……試合開始!」

 

 響くホイッスルと審判の声が、開始を告げた。始まった放送部副部長の実況と、拡声器から放たれる志御の声が拮抗する。要は、実況も指示もありながら彼女の罵倒は首尾一貫して体育館のE組以外の全てに向けられていた。

 初手でボールを奪われたE組は片岡だけを僅かに前に出し、3ポイントラインの内側に引き籠もる。そしてその中を掻き乱すような彼女達の動きは女バス選抜メンバーの十八番であるダンクシュート、そのゴールへの道筋を一切作らせない。そして片岡は「3ポイントを撃ちそうな奴」を徹底マークしてそれを撃たせる隙を与えまいとする。勝つこと、負けないことが目的でない、ただその場を凌ぐだけなのが目に見えた戦法に、ボールを持った部員は強引に片岡を弾き飛ばし、そして左手で茅野や速水を薙ぎ払いながら速攻で一回目のダンクシュートを叩き込んだ。

 

「女バス部の十八番、強烈ダンクが早速炸裂!E組これは為すすべナシかー?!」

「おい審判。今のラフだろ。ファール取れよ」

「まさか。この大舞台で少し力んでしまっただけだ。君達と違って一生懸命なだけだよ」

「へー、じゃあアレ「アリ」なんだな?」

 

 控えからの志御の問いかけに審判は首を縦に振った。そして観客席の生徒達はこれはE組の醜態が拝めるぞ、と歓声を上げる。だが、志御が「そりゃこれくらいしないと勝てないもんなノータリン!」と拡声器片手に声を出すと、その妙に耳に残り、脳に残る声に再び生徒達は鬱憤を溜めた。

 

「……大丈夫?茅野、速水」

「もちろん。片岡さんこそ大丈夫?」

「今ので大体分かった。大した事ないね、あいつら」

 

 そして彼女達は立ち上がると、再び同じ体制でゲームを再開する。片岡のサムズアップに、志御は「あー、最っ高」とあぐらに頬杖を突いた。

 

◇◇◇

 

 そして何度かの交代を経て10分が経過し、1ピリオドが終了した。20-0。このまま行けば3ピリオドが終わる前にコールドゲーム。観客席も女バス部も勝利を確信し、安堵する……とはいかなかった。何故か。当然、志御の所為である。最早7分が経過したくらいから、生徒達、教師陣の志御へのヘイトはおおよそ上限を突破しかけていて、部員もまさしく怒髪天を衝くといった状態。それはE組そのものへの敵意というよりは「志御の在籍する」E組への敵意という方が正しいまでになっていた。だが、本人はそんなことは知ったこっちゃないと一人笑顔で、狭間の力も借りて司会、実況も込で会場全てを煽り倒していた。そして、3分の休憩時間に入った。

 

「っし、お前等お疲れ様」

「いやあ、想像通りとはいえとんでもないヘイトだね〜」

「ホントにどうにかなるの?これ」

「余裕」

 

 「雑魚に何言われようともな」とケタケタ笑う志御に速水は「敵が悪いわ敵が」と僅かに女バス部に同情するようなことを言いながらスポドリを飲む。「あとはまかせたぁ……」と中村は寝転がり、体操服の胸元をパタパタしながらバシッと志御の背を叩いた。

 

「志御さん、その胸には目を瞑るから、どうかあの巨乳に天誅を……!」

「普段私も憎まれてる側かよ」

「私もなんか鋭い眼光で見られることあるし……」

「……災難だな矢田も」

 

 そして志御はぐぐっと背伸びすると、ふらぁと僅かに身体を揺らしながら立ち上がり、「始めるかぁ」とニッと口角を釣り上げる。

 

「バスケの時間は終わり、だな」

 

◇◇◇

 

「第2ピリオド、E組は原寿美鈴から浅野志御に交代です!とうとうコートに姿を現したE組の悪夢!見事女バス部に討ち取ってもらいましょう!」

 

 志御がコートに足を踏み入れるなり、体育館中から歓声が上がる。とうとう「本命」が現れた、と。無論、最上級に不満、憤怒、ヘイト、フラストレーションを溜め込んだ彼等が期待するのはE組の、志御の惨敗。それも圧倒的、50-0での完敗。数百人のヘイトを一身に背負いながら「力んでんなぁ塵芥が」と志御はいつもの調子で笑っている。そして、最早何も言わないほどまでに彼女へのヘイトを溜め込んだ部員5人に近づくと、彼女は親指で首を掻き切りながら不敵な笑みで言い放った。

 

「楽しもうぜ?()()()()

 

 その一言は、感情の堰を切り落とした。溢れ出た言語化のしようもない志御に対する憤怒の感情は理性の箍も容易く外し、彼女達の顔には青筋がビキビキと浮かび、その呼吸は目に見えて荒くなる。作戦を知っている片岡達でも彼女達の怒りが並大抵ではないことが十二分に理解できてしまう状況。けれども「乙女がそんな顔してて良いのか?行き遅れ確定だな!」とお構い無しに煽り倒す志御。変わらない彼女の調子に、彼女達は「これなら勝てる」と僅かに握りこぶしに力を込める。そして最早、部員達の目には志御以外が映っていなかった。

 

「……試合開始!」

 

 審判の一言と共に幕を開けた第2ピリオド。先頭でボールを持った志御に対し、部員二人が一心不乱に突進する。だが志御は「そんなの読んでた」と言わんばかりに最小限の足取りで右へずれると、すれ違った瞬間の部員の耳元で「木偶の坊」と柔らかく囁いた。至近距離で注入される最高品質のヘイトに彼女は思わず身体のコントロールを乱し、その場に派手にすっ転ぶ。

 

「ちゃんと決めんのね、そこ」

「当然。岡野、E組仕込のダンクシュート見せてやれー」

 

 そう言って志御が回すロングパス。余りにも「志御そのもの」へのヘイトで頭がいっぱいいっぱいになっていた部員達は反応が僅かに遅れ、そしてヒステリック全開の顧問の指示はもっと遅れる。気がつけば岡野は手元のボールをゴールに叩き込んでいた。

 

「なんということだ!どんな汚い手を使ったのか!気がつけば女バス部精鋭の深山が倒れていてE組がダンクをもぎ取っている!一体どんなまぐれが起きたのか!」

「……よ、ビデオ判定よ!ビデオ判定!早くして!」

 

 いかにもな金切り声でビデオ判定を要求する女バス部顧問。そんなものあるわけないだろと言いたいところだが、ここは名門椚ヶ丘中学校であり、E組を見世物にするエキシビジョンマッチ。万が一の紛れも起こらないようにそのようなシステムもバッチリ用意されている。そしてその結果は、当然の如く空振った。

 

「あーあ、時間食っちゃったじゃん」

「良いだろ。どうせ残りは一点も入らないし取り放題のビュッフェ状態。大好物だろ?片岡」

「まあね。……こっから気合い入れていくよ!」

 

 E組の士気は今、最高潮を迎えていた。

 

◇◇◇

 

 そこから先は、目を背けたくなるような惨状であった。「違法ではない」あらゆる手段を用いて精神を掻き乱す志御と、片岡の指揮の下でその隙をついて次々と得点を重ねていくE組。彼女達が疲れたところで巻き返そうと顧問がほんの僅か、小指の先程度に残った理性で画策するも「E組は何度でも交代可能」というルールによって行われるE組メンバーのリロード。何よりも志御の謀略によって部員達はまともな精神状態ではなくなっており、その目に映る敵は志御ただ一人。そしてそれをのらりくらりと捌き続けるその様子はまるで闘牛士だった。

 

「……っ、決まった!」

「入った〜!」

「よしっ!3ポイント頂き!」

「だから私のシュートは……落ちない!」

「わ、私でも入りました!」

「おいおい、私の末は日本代表か〜?」

 

 志御が余裕綽々でヘイトタンクをこなしている内にもE組はローテーションとゴールを続け、第3ピリオドの中盤に差し掛かる頃には控えも込で全メンバーが一度は得点したという圧倒的な状況に。

 そして20-67になったところで、志御の下にボールが渡った。相手の3ポイントラインでは岡野と片岡が手招きしている。「アレは与太だろ」と志御はフッと笑いながら、小細工なし、シンプルな身体能力による加速だけで理性のブッ壊れた女バス部員二人を引き剥がすと相手コートへ突撃する。

 

「志御!」

「こっち!」

「これで……っ」

 

 そしてまるでバレーボールのアンダーハンドパスのように構えた二人の手前、志御は全力で踏み切り、そして飛び上がった。岡野と片岡は彼女の足裏を思いっきりに押し上げ、ゴールの方へ投げ飛ばす。

 

「終わりだな!」

 

 彼女はただの一度も足を付けること無く、そのボールを直接リングの中に叩き込んだ。3ポイントダンクシュート、あり得ない現象に会場は絶句する。

 練習中に彼女達が戯れに思いついた、机上の空論。練習でもそれなりに惜しいくらいで成功の目処は無かったのだが、「せっかくならやってみようよ」と言い出したのは岡野。そしてこの本番。あまりのヘイトを背負った彼女は、それを可能にした。

 

「……20、対、70で……!E組のコールド勝ちです……!」

 

 志御は片岡達とハイタッチを交わし、そして右腕を高く突き上げた。




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