浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「おはよ、兄さん」
「ああ。おはよう、志御」
球技大会明けの振替休日。少し遅れて起きてきた志御を学秀はリビングで出迎えた。「流石に疲れたな」とティーポットの中の冷えた麦茶を飲みながら言う彼女に学秀は「僕もだ」と頷いた。
「聞いたぜ?決勝でサヨナラタイムリーだってな。しかも完全試合だろ?やってんなホント」
「当然の仕事を果たしただけだ」
「はっ、カッケえなぁ」とまだ眠気の残る顔でダイニングテーブルでサンドイッチを頬張る志御。「こっちこそ、話は聞いた」と学秀は口を開いた。
「女子バスケットボール部、E組が完封したらしいな」
「冗談。こちとら20点取られてんだぞ?煽りかよ」
「……ふっ、そうだな。同じ血を分けた僕の妹なんだ、そっちも完全試合でもしてくれないと張り合いがない」
「はっ、振れ幅馬鹿過ぎ。にしても今回は
「ああ。確かにそうだな。期末では僕も少々力を入れてあいつらを叩き潰すさ」
「だが」とテーブル中央の皿に盛られたサンドイッチに手を伸ばして学秀は言う。
「僕個人としては中々悪くないところがある。E組が結果を出す度に
「E組踏み台にして天辺狙いか、兄さんも大分似てきたな」
「何、昨日の志御のやり方に比べればまだまださ」
「……結局、私達は立派なアレの子供ってわけだ」
「だな」と二人は顔を見合わせて笑った。
◇◇◇
そして月は明け7月。椚ヶ丘中学校も夏服が始まる時期となった。あんまり気にしてなかったとはいえ、いざ半袖となれば涼しさは段違い。「悪くねえな」と志御がいつものように15分前に教室に到着すると、そこでは美術の天才、菅谷を中心としたデカい人集りが出来ていた。
「おいカルマ、どういう訳だよこれ?」
「あ、志御さん。今菅谷がメヘンディアートやっててさ」
「メヘンディ……ってあれか。インドのタトゥー」
「そうそう。志御もやるか?」
「ああ、頼……」
そう言いかけて、志御は「ちょっと待て、良いもん持ってきてる」とリュックに手を突っ込み、そしていくつかのシートのようなものを取り出した。
「はいこれ」
「あ!これってもしかしてー!」
「そ、タトゥーシール。殺せんせービビらせ用な」
「いいな、確かにタトゥーシールとも組み合わせたらもっとバリエーション出せる。……了解、志御の選んだ柄に丁度いいやつ描いてやるよ」
「ざーっす」
そして志御が選んだタトゥーシールはハロウィン用の傷口メイク。それに合わせて菅谷は志御の右肩から指にかけてひび割れのような模様を入れていく。そして左は「私にもやらせろ」と目を輝かせた志御が歯車のような模様を入れた。「筋良いぜ」と菅谷が褒めると、「だろ?」と志御はいつもの調子で得意げにした。
「志御さーん!私にもタトゥーシール分けてー!」
「良いぜ、好きに持ってけ」
「まだまだメヘンディアートの塗料もあるしな」
◇◇◇
「皆さんおはようございま……にゅやッ?!」
そして教室に入ってくるなり、殺せんせーは驚愕した。あんなに良い子だと思っていた生徒達の殆ど、少なく見積もっても7割以上の生徒の身体に、露骨に見えるようにタトゥーが入っているのである。中でも衝撃が大きかったのは女子生徒。クラス随一のクール系である速水やずば抜けた清楚力を誇る神崎なんかは首元までタトゥーまみれ。殺せんせーはなんとか自身の心を落ち着けると、急いで駅前の書店まで行って「ゼロから入るカウンセリング」「ロールケーキの切れない非行少年」「触手向け情操教育」「よく分かる思春期の少年少女」などといった怪しかったりありふれた感じの技術書を買い漁り、マッハ20で読破するもどこにも「クラス20人以上にタトゥーが入っていた場合」みたいな対処法はどこにも乗っていない。万事休すか、となったところでそのタトゥーブームの張本人、菅谷が殺せんせーに声を掛け、そして事情を説明した。
「……っつうわけ。だから安心してくれ」
「取り敢えずここに非行生徒がいないようで先生安心しました」
「先生ってビビリだよね……」
「違いねえな」
だが、緊張や疑問が解けると一気に緩むのも殺せんせー。「だったら先生も入れてみたいんですが……」と菅谷に交渉するとあっさり了承。菅谷はカバンから塗料を取り出した。
「行くぜ?殺せんせー」
「ヌルフフフ、良いですねぇ。殺せんせー一回はこういうアウトロー的なファッションしてみたかったんです」
そして菅谷は塗料を殺せんせーの顔に垂らす。一瞬か、もうしばらくが空いて殺せんせーは「ギャーッ!」と情けない声を上げた。菅谷が塗料を塗ったところが見事に溶けていたのだ。
「ギャーッ!助けて下さい!」
「ギャーッ!来ないで先生!」
「……あ、対先生BB弾砕いて混ぜたな?」
「そう。ま、ダメっぽいかもしれんが」
そしてしばらくして落ち着いた殺せんせーは菅谷の下へ戻ってくると「アイディアそのものは悪くありませんでした」と彼を称え、そして「描いてほしかった……」と露骨に沈んだ。しょうがないので、殺せんせーにもちゃんと菅谷は描いてあげることにした。良いやつだった。
◇◇◇
イリーナは朝からウキウキルンルンだった。何故か。夏だからである。夏は人を馬鹿にするなどと言うつもりはない。ただ、イリーナのような色仕掛けをメイン武器とするような暗殺者にとって自然に露出を増やせる夏という季節はとても都合が良いのである。故に今日一日でE組男子と烏間を落とせると、彼女はとんでもない取らぬ狸の皮算用をしていた。しかにそれには気が付かず、イリーナは「悩殺してあげるわオス共ー!!」と威勢よく扉を開けた。
「ギャーッ?!」
先程の殺せんせーに負けず劣らずの悲鳴が響く。それはそうだ。ついこの前までガキだったはずの生徒達が一丁前に厳ついタトゥーを入れに入れまくっているのである。彼女を襲った衝撃は並大抵のものではなかった。
「な、何やってんのよアンタ達?!」
「ヌルフフフ、見てもらった通り、菅谷君にタトゥーを入れていてもらったんです。完成が楽しみで授業も上の空になってしまいます」
「せめてそこだけは守れ!授業をしろ!」
そんなイリーナのツッコミは見て見ぬ振りをして、殺せんせーはせっかくだし自分もだれかに描きたいと交渉を始めるが、残念なことに描けそうなキャンパスは既に埋まってしまっている。そんな中で、彼等はイリーナの真っ白な手、真っ白な腕に気がついた。しかもそのタイミングで悲しいことにイリーナは派手にすっ転び、意識を失ってしまった。
「……では、先生は右半身を」
「おっけー、俺は左な」
そして世界最高に無責任な落書きバトルが幕を開けた。
◇◇◇
数時間ほどして、イリーナは目を覚ました。まず、何か段ボールで出来た兜、鎧のようなものを着せられていることに気がついた。次に、彼女は手のひらに施されたくだらない落書き、おそらく殺せんせーのものに気が付き、そして次に最悪なことにガラス窓の反射で顔に施された眼鏡、ヒゲ、中肉中背という落書きに気がついた。彼女は無言で部屋を出た。「やっべ」と志御が一抜けで教室を出、そして「多分ヤバいこと起こるな」と良識ある生徒も脱出していく。
そして2分後、そこには怒りに身を任せて実弾のマシンガンを乱射するイリーナの姿があった。かくして、イリーナは夏服デビューに完敗したのである。
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