浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「……それで、今日のおやつは?」
「北極の氷でかき氷だとよ」
「4000kmとして10分弱。マジで遠目のコンビニ感覚で笑えてくるぜ」
木陰やら草むらから、ピクニックシートを広げてかき氷機を回す殺せんせーを偵察する生徒達。「あのタコで計算すると感覚バグんな」と志御は声を潜めながらもニヤけた笑みを浮かべる。
「一気に行くぞ、百億は全員で平等に山分けだからな!」
生徒達はゴクリと唾を呑んだ後、満面の笑みを作って殺せんせーの方へ駆け寄っていく。志御も「ま、数熟さなきゃ話になんねえな」とその案に乗って歩き出した。
「殺せんせー!」
「かき氷俺等にも食わせてよ!」
「北極のかき氷とか超レアじゃーん!」
至福のおやつタイム。ホームセンターで買ってきたペンギン型のかき氷機とスーパーで安くなっていたいちごシロップを携えた殺せんせーは、駆け寄ってきた生徒達に気がつくなり「……おお」と声を漏らし、じーんと涙を流した。初日はあんなに化け物を見るような目だった生徒達が「せんせー!」「殺せんせー!」と目を輝かせて自分の下へ来てくれる、心を開いてくれているのである。あんなに笑顔で、あんなに軽い足取りで。しかも、こんなにも殺意に満ちて。
「先生は感動です!……ですが」
「なっ……?!」
皆で駆け寄り、皆で油断させ、一斉に襲撃するという作戦。一斉に引き抜いたナイフが殺せんせーに向けられたものの、殺せんせーは涙を拭いながらその全てを軽く避け切り、生徒達のナイフを奪ってチューリップの花にすり替えていた。「はっ、全く分かんねえな」と志御は緊張感で僅かに流れた額の汗を拭った。
「皆さん笑顔がまだまだ甘いですねぇ。人を油断させるにはもっと自然体な笑顔でないと。ひとまず花を愛でるところから始めてみましょうか」
「……っていうかこれって……」
「ヌルフフフ」とドヤ顔で笑う殺せんせーと対称的に険しい表情になっていた生徒達。しかしクラスの学級委員を務める生徒、片岡メグがあることに気が付き、「あーっ!」と声を上げた。
「どうかした?片岡」
「どうしたも何も……殺せんせー!!この花クラスの皆で育ててたやつじゃないですか!!」
「あ、ホントだ」
「ごっそり無くなってんじゃん」
「先生ひどーい!」
「結構頑張って世話してたのになー」
片岡の発言に乗っかって生徒達からの非難轟々。殺せんせーは「にゅやっ?!そういうことだったんですか?!」と間抜けな声を上げる。
「どうすんのさ殺せんせー」
「も、申し訳ありません。新しい球根を……」
「あ」
「……買ってきましたので」
殺せんせーの姿が目の前から一瞬消えたかと思えば、その触手が抱える無数の球根。ここまで来ると強さとか凄さより面白さが勝ち始める。そして気の強い片岡や岡野ひなたに引きずられて園芸に従事し始める殺せんせー。「ほら、もっと優しく!」などという指示にも殺せんせーは汗をかいたまま「かしこまりました!」なんて一つ一つ丁寧に球根を埋めながら答える。「とても超破壊生物なんて姿じゃないな」と眺める生徒達は苦笑いしながらも話していた。その一連を傍らから眺めていた渚は、メモ帳に「カッコつけるとボロが出る」と殺せんせーの新たな弱点を追加した。
◇◇◇
「……ですので、私も体育教師として明日よりE組の副担任を務めさせて頂きます。教員免許は取得済みですのでその点はご安心下さい」
本校舎、理事長室。防衛省の烏間惟臣は自らもE組を教える旨を椚ヶ丘学園理事長、浅野學峯に報告する。理事長は「お任せします。ですが、生徒達の学業と安全を何よりにお願いします」と窓の外を向いたまま答えた。
「承知致しました」
烏間はそう一礼して、部下とともに理事長室を去った。
「話の分かる方でしたねー」
「どうだかな。国が積んでる口止め料も馬鹿にならん」
しかし、話の分かる、すなわち都合が良いという点は確かであった。外界から隔てられた隔離校舎と、そこで担任を務める怪物、そしてその暗殺に励む生徒達。このような事実を公になど出来るはずもなく、国と学校の支配者である理事長、そして当事者である生徒しかそれを知らない現状は極めて都合が良い。地球すらも吹き飛ばす超破壊生物が相手、使えるものは全て使うというのが国の方針だった。
そしてそんなことを考えながら烏間達が校舎を歩いていると、どうやら今は休み時間らしくちらほらと生徒達が歩いていた。そんな中で、烏間の耳にある少年達の会話が届いた。
「お前E組見えてきたってマジ?」
「やー、マジで。これ以上成績落ちたらかなりマズいかも……」
「おいおい、それヤバいだろ。E組と言えばクッソ古い校舎で先生にも他の生徒にも見下されてばっかの最底辺、脱出しようにもめちゃめちゃ良い成績叩き出さないと戻ってこれない、まさしく「エンドのE組」。落ちたら人生終わりだろ」
「だよなぁ、俺流石にもっと頑張るわ」
妙に説明口調にも聞こえたような彼らの会話に烏間は「なるほどな」と呟いた。下位5%程度の生徒達を差別の対象とすることで大半の生徒達に緊張感や優越感、危機感を与えるシステムである「E組」はまさしく合理性の極地であり学校運営という観点で見れば恐ろしく画期的な物なのだろう。隔離教室もあの怪物の暗殺を狙う国にとっては都合が良い。ただ、合理性だけで片付け辛いのもまた事実。
烏間は窓ガラスの向こう、離れた山の上に鎮座する古びた校舎とそこにいる合理性の生贄にされた生徒達に幾分かの憐れみを覚えた。
◇◇◇
「……あ、烏間さんだ!」
「ホントだ。防衛省のエリートサマが何してんだよこんなとこで」
倉庫から竹竿を運んでいた茅野カエデと志御はE組への道のり、ちょっとした登山道から姿を現した烏間に少し驚いたように声を上げた。烏間は彼女ら、特に志御を見て、先程の思考を僅かに掘り返した。そしてパラッと名簿を開いてそれを確認すると、「娘でも容赦はなし、か」と小さく呟いた。
「明日から俺も体育教師として君達を手伝うことになったから改めて挨拶でも、と思ってな」
「はっ、化け物担任の次は軍人上がりの体育教師かよ。全く飽きねえな」
「っていうか体育?ならめちゃめちゃ嬉しいかも!」
「……それで、今奴はどこにいる?」
烏間が尋ねると、両手の塞がった志御は「あっち」と顎で指し示した。続けて茅野が「色々事情があって……」と話し始める。
「殺せんせーがクラスの花壇のチューリップ全部摘んじゃってさ。その罰として……」
「……」
「そこだ!」
「これ入ったろ!」
「ヌルフフフ、まだまだ甘いですねぇ」
「ああもうなんで当たらないのー?!」
「くっそ!」
「なんで避けれんだよこの状態で!」
「……ハンディキャップ暗殺大会やってるの」
烏間が目にしたのはナイフを棒先に括り付けた簡易槍やらハンドガンやらで木に吊るされた殺せんせーを狙う生徒達。殺せんせーはヌルヌルと左右に揺れてその攻撃の全てをのらりくらりと躱している。戦時中の竹槍訓練のようなその光景は到底、烏間が考えるような暗殺ではなかった。
「追加物資だけど……どう?渚」
「えっと……めちゃめちゃ舐められてる。緑のしましまが本数増えすぎて緑一色になりそうなくらいめちゃめちゃ舐められてる」
「見れば見るほどなんで当たってねえのか頭バグるな」
「まあ付き合ってやるぜ」とナイフを棒に結んで殺せんせーの方へ寄っていく志御。殺せんせーは相変わらず「ヌルフフフ……無駄ですねぇ、実に無駄です。これだけのハンデがあろうと皆さんでは私に傷一つ負わせることは出来ません。格の違いというやつです」と眼下の生徒達を煽りに煽っている。
しかし、殺せんせーが「ほらほら、そんなへなちょこな突きじゃ私を殺すなんて夢のまた夢のそのまた……」くらいまで言いかけたところで、志御は殺せんせーを縛っている縄を結んだ木の枝がミシミシと軋み始めている事に気がついた。しかし殺せんせーはそんな事はつゆ知らず回避兼煽りとしてお構いなしに揺れまくる。そして、当然のことが起きた。枝がバキッと鳴った。「あっ」と情けない声も聞こえた。
「……」
「……落ちたな」
「……落ちたね」
「……今だ殺せー!!」
そしてほんの僅かの情けない沈黙の後、生徒達は地面に転がった殺せんせーに一斉に群がる。渚は「やっぱカッコつけるとボロ出るんだ……」とメモを見返しながら呟いた。
「ちょっ、皆さんちょっとタンマ、タンマです!縄と触手が絡まって……!!」
とても超破壊生物とは思えない情けないテンパり方を見せ、相変わらず攻撃は避けながらも必死に縄を解こうとする殺せんせー。絶好のチャンスタイムに生徒達の攻撃は一層苛烈になり、志御も「その頭月見バーガーにしてやんよ!」と薙刀のように棒をぶん回している。
「……これでなんとか……っ!」
「あんにゃろ?!」
「くっそ抜けやがった!」
「逃げんじゃないわよ!」
そして間一髪縄をほどいて校舎の屋根に緊急避難した殺せんせー。ぜぇ、ぜぇ、と落着いて二呼吸ほどした後に「バーカバーカ!悔しかったら皆さんもここまで来てみなさい!まあ追いつけないでしょうが!」と大人気なく煽りだす。そしてまた息を整えると殺せんせーは「明日の宿題は二倍出してやります」と器のちっちゃい上にしょぼい復讐を狙ったが、「おい良いのかこちとら理事長の娘いんだぞ!」という生徒の反撃に「ぐぬぬ……」と歯を食いしばった後にマッハ20で敵前逃亡をキメた。
「……でも、この調子だったら絶対いつか殺せるよ!」
「次は絶対脳天ブチ抜いてやる!」
「百億ほんとにもらっちゃったらどうしよ〜!」
嬉々として暗殺について話し、精力的に暗殺に望む生徒達。烏間はその空間に異常さを覚えたが、同時に本校舎にいた生徒達の顔を思い出して、誰よりもE組が1番学生らしい顔をしていると不思議な感覚を覚えていた。
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