浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
鷹岡は烏間に対して強い対抗心を抱いていた。だが、烏間は空挺部隊の最優秀成績。いくら鷹岡が全体で見れば優秀な側であれど、自衛隊トップの集う空挺部隊では彼は埋もれる有象無象の側であり、烏間とは端的に言ってモノが違った。
そして同期として烏間から劣った分、鷹岡はあるものに活路を見出した。それこそが教官である。E組にもそうしたように、家族のような親密さで接する一方、旧時代的な暴力亭主のように恐怖で支配することでオーバーワークとなるようなトレーニングも無理矢理にこなさせ、決して逆らうことのない精鋭を量産した。無論、烏間も教官として非常に優秀ではあったが、「人を守るための強さ」を信条とする彼では部下のキャパシティなどは無視して強制的に鍛え上げ、従わせるという自らの出世以外を度外視した鷹岡の非人道的なやり方には敵わなかった。
そして今、鷹岡は烏間からこの椚ヶ丘中学校3-Eを奪おうと目論んでいる。全ては自らが「超破壊生物を暗殺した生徒の教師」として出世し、烏間への劣等感を払拭するためであった。
◇◇◇
「おいおい、止める気か烏間?」
「ああ、そのつもりだ」
鬼の形相で自らを制止する烏間に鷹岡は舌打ちし、そして目の前で余裕を崩さずに不敵に笑っている一人の少女に目を戻す。
「分かるか?お前のせいで父ちゃんこんな風になってるんだぞ?どう責任取るんだ?」
「知るかよ。その空っぽな頭で考えてりゃいいだろ。っていうか父親なら娘の名前くらい覚えとけ木偶の坊が」
そして鷹岡は志御を突き飛ばそうと腕を伸ばすも、僅かに彼女が横にずれたせいでその手のひらが虚しく空を切る。鷹岡はまた舌打ちすると、標的を彼女から、目の前で体育座りする神崎に切り替えた。「わっ?!」と急なことに戸惑う神崎の首根っこを掴み、持ち上げる鷹岡。そして肩を組み「お前は父ちゃんについてきてくれるよな?」と彼は尋ねる。
教え子を支配するのに必要なのはたった二つ、九割の
「うん?どうだ?俺達家族だよな?」と見下ろして答えを求める鷹岡。見上げるような巨体の大人の男に対し、神崎の足は震えている。誰もがその空気に息を呑む中、彼女は精一杯の笑顔を作って答えた。
「私の意見は志御と一言一句同じです。さっさと帰って烏間先生と交代して下さい」
「言ったぞ!」
「神崎さん危ない!」
そしてその答えに反応を示すことなく、ただ黙って飛んでこようとした鷹岡の鉄拳。だがそれは烏間によって止められた。
「それを止めろと言っているんだ鷹岡」
「何がだ、烏間。地球の危機だぞ?見込みがないならこの程度の罰くらいしょうがないさ」
「しかしこれは見逃せませんねぇ」
烏間が掴んだ鷹岡の握り拳にさらに触手が乗せられる。そこには顔を灰色、つまり「必要最低限の穏やかを装ってはいるが内心ではキレている」殺せんせーがいた。
「取り敢えず訂正します。「あなたの家族」ではありません。彼女達は「私の生徒」です」
「殺せんせー……!」
「大丈夫?神崎さん」
「うん、まだ何にもされてないから」
そう言って殺せんせーが鷹岡の肩に乗せた触手には確かに怒りが籠もっている。「言いたいことでもあるのか?モンスター」と鷹岡は口を開いた。
「少なくとも体育の時間に関しては教科担任の俺に一任されてるよな?ならば今の罰も立派に「教育」だ。それとも何だ?お前は教育論が多少違うだけで無害な一般人を攻撃するのか?」
「違う、お前のそれは教育論なんかじゃない」
殺せんせーに代わって言い切った烏間に鷹岡は「俺よりも劣ってる癖に教育を語るのか?」と青筋を立てたまま尋ねる。「ああ」と烏間は断言した。
「教育は生徒達の為にあるものだ。自分のことしか考えずに生徒を使い潰そうとするお前のそれは教育なんかじゃない。……そうだな、お前の言い方に直せばそれは「虐待」だ」
「……分かった。なら教師として俺とお前がどっちが優れてるか決めようじゃないか。お前達のお得意の「暗殺」でな」
鷹岡はそう言うとジャージのポケットから対先生用ナイフを取り出してびよんと弾く。
「お前の一番の教え子が俺に一発でもナイフを当てられたら、お前の方が教師として優れてると認めよう。そしてその暁には俺はここを去る!どうだ?」
「本当だな?」
「ああ、男に二言はない!だが、もちろん失敗したら二度と口出しはさせない。その上で……使うのはこれだ」
「なっ……?!」
対先生ナイフをカバンにしまい、その代わりに鷹岡が取り出したのは本物の対人用ナイフ。「俺を殺すんだから当然本物に決まってるだろ?」と言う鷹岡にE組の生徒達はその目を見開く。
「……烏間先生に一番教わってるのって、いつも放課後残ってる……」
「……志御さん、だよね」
「はっ、上等」
そう言ってぐぐっと背伸びした志御に、鷹岡は内心でほくそ笑んだ。本物のナイフを持つと素人は萎縮して本来の力の半分以下、三割も力を出せなくなる。後はそれを素手で捻り潰すだけ。提案の段階ではフェアを装っていたが、鷹岡にすればこれはただの公開処刑。しかもその相手が恥をかかせてきた生意気な生徒とあればこれ以上は無い。完膚なきまでに叩き潰してやると鷹岡は僅かに鼻を鳴らした。「んじゃ」と志御は前に出た。
そして、それを見ていた烏間はその鷹岡のメカニズムに気がついていた。だが、今の彼に出来ることは防衛省の人間として同僚を諌めることではなく、教師として自らの生徒を信じること。最後に、烏間は口を開いた。
「良いのか?志御さん」
「ああ。目に物、見せてやるよ」
「ははっ、タイマンじゃなくてもいいぞ?俺は何人相手にしようと負けないからな!」
「良いぜ、考えとく。言質取ったからな」
冗談めかしながらそう言って、また前に出た志御は鷹岡から本物のナイフを受け取る。彼女はそれが自らの手に預けられるなり「あっは、クソ軽いのな!」と笑い飛ばした。一挙手一投足が鷹岡の神経を逆撫でしていた。彼女は少し離れると、ヒュンヒュンとナイフの使い心地を確かめるかのように虚空に向けて振り回す。そして志御は「こんなもんか」と呟くと、E組の方へ戻って来た。
「いらねえな、これ」
「は?」
その言葉に、鷹岡は最大級の怒りを顕にする。そして志御は一番前に座っている渚に近づくと、しゃがんで「はいこれ」とそのナイフを手渡した。その光景に、見守っていた烏間は刮目した。
「……え?志御さん?」
「私使わないからお前にやるよ、渚。すきに使え」
「好きに……?」
渚はナイフを預けられたまま、キョロキョロと周りを見回した。みんな驚きこそすれど、それを咎めない。鷹岡は「わざわざ得物を捨てるなんてな」と嘲笑っているが、烏間は「いい、持っていろ」と頷いた。結局彼は、大人しくそのナイフを預かることにした。そして立ち上がった志御は鷹岡の方へ向き直る。
「じゃ、やるか」
「おいおい、俺に素手で勝とうなんて100年早いぞ?」
「どうだかな」
鷹岡は志御を舐め腐っていた。志御もそれを分かっているのか、彼を観察するようにくるくる、くるくる、と鷹岡の周りを時計回り、反時計回りでそれぞれ歩いて一周し、元の立ち位置に戻る。「俺に隙なんてないぞ?」と鷹岡はニヤリと笑った。志御は何も言わず、ただ長めに取った間合い10mを全力疾走した。
「行った!」
一見無策にも見える突撃。烏間も、いくら幼少期から続けているとは言え弱冠14の少女が28という2倍にもなる年齢の軍人を素手で沈めるなど不可能なことは理解している。だが、それでも彼女は何かを起こす、烏間も、殺せんせーも含めて皆それを信じていた。
そして一瞬の間の後、ドンッ、と何かが地面に倒れるような音がした。体勢を崩した志御が背中から倒れた音だった。「いって」と志御は軽い笑いを含めながらこぼす。「おいおい」と鷹岡は不可抗力といった感じで志御に馬乗りになるような形になった。
「志御さん?!」
「大丈夫?!」
「まあな」
「はは、悪いな。デカい口を叩いた過去の自分を怨んでくれ」
そう言って彼女の顔に振り下ろそうと拳を構える鷹岡。志御は「あっは!」と笑いを抑えきれないといった顔でその顔通りの笑い声を漏らし、そして指差した。
「で、お前死んだけど」
志御が指差して、鷹岡は、生徒達は、烏間はようやく気がついた。その首筋にナイフの峰を添える渚の姿に。鷹岡が僅かに目をやると、そこには至って普通の微笑みを浮かべる渚の顔があった。「あー、完璧」と志御はまた笑った。
ナイフを受け取り、そして鷹岡の周りを回る志御を見て、渚は思っていた。「あれ、なんであんな隙を見逃してるんだろう」と。そして、彼はもう一度志御の言葉を思い出した。「すきに使え」と彼女は言っていた。「ああ、そっか」と渚は思った。志御さんは、僕に殺させようとしてるんだ、と。なんだ、「すきに使え」って「隙に使え」ってことだったんだ。そして渚は預かりものだったナイフを、武器として握った。ちょうどそのタイミングで志御は走り出していて、渚も走り出す準備をした。そして鷹岡との距離を詰め切る寸前、志御は前に出した自らの右足を左足で思い切り蹴り飛ばしていた。要は、敢えて転んだのだ。「ここだ」と渚は思い、そして駆けた。本物のナイフがどうとかは知らないけれど、でもナイフの使い方は烏間が確かに教えていた。渚はその教えに従い、鷹岡に近づいた。幸いにも彼は殺気を隠すのは得意だったようで、志御に夢中になっていた鷹岡は彼に全く気が付くことがなかった。そして、彼は一応殺さないように峰の方に持ち替えて、そして念の為に背後から、志御に馬乗りになった鷹岡の首に添えた。
「……!」
「……すご……」
そんな声を漏らすので、生徒達は精一杯だった。「感覚外から殺す」という殺し屋としての完璧な仕事を見せた渚と、この僅かな時間でその筋書きを描き切った志御。烏間でさえ、自らの想像さえ遥かに超えた二人に思わず刮目した。そして彼は気が付く。訓練で渚に感じていたあの悪寒は渚の持つ本物の「殺気」に対するものだと。渚の持つ「暗殺実行の才能」と志御の持つ「暗殺計画の才能」、それが噛み合った衝撃は並外れたものだった。
「ねえ、志御さん。これ志御さんが当てないとじゃない?」
「あ、だな。貸せ」
言葉を失い、身体も固まったままの鷹岡。志御はその首筋に手を伸ばし、渚からまた受け取ったナイフを再び添え直す。「はい勝ちー」と彼女は幼子のように嘲笑った。「勝負あり、ですね」と現れた殺せんせーが言った。「全く、こんなもの子供に持たせるんじゃありません」と殺せんせーはバリバリとそのナイフを食らう。こういうところはかなり人外チックだ。いや、何もかも人外だが。そしてそれに対して烏間が「怪我しそうになった瞬間お前なら助けに入っただろう」と答えると「当たり前です」と殺せんせーはニヤリと笑った。
「あー、面白かった」と昼寝でもするかのように穏やかにグラウンドに横たわったままの志御と、照れながらも元の席へ戻る渚。そのあり方は違えど、二人には「やるじゃん!」「スカッとした!」「ありがと〜!」と歓声が注がれる。その様子を見ていると、とても彼等がたった今大仕事の暗殺を為したばかりには思えなかった。そして、烏間は同時にふと悩んでいた。志御の計画のセンスはともかく、渚の「暗殺」そのものに長けたその才能は喜ぶべきものだろうか、と。今の御時世暗殺者として将来大成したとして……と悩む彼に殺せんせーは「らしくありませんねぇ」と笑った。
そして、友人達に祝福される渚の背後では荒い鼻息が鳴っていた。「まだだ……!」と鷹岡は起き上がった。
「このガキ……!!」
「鷹岡先生……?!」
「よくもこの父親も同然の俺に不意打ちなんぞ仕掛けたな……!!父親に刃を向けるとは言語道断だぞ……!!」
「鷹岡……っ!」
「もう一回だ、今度はお前が相手になれ!!跡形も残さず捻り潰してやる!!」
「なあ」
正気を取り戻した鷹岡は別の意味で正気では無くなっていた。その顔はビキビキと青筋が浮き上がり、その見開かれて血走った目は渚のことしか見ていない。彼からすれば、渚はせっかく志御に対して勝確になっていたのにそれに水を差した無粋者としか映っていないのだ。そして、そんな理性0の鷹岡の肩を起き上がった志御は叩いた。
「それ遺言で良いよな?」
「なっ……」
そう問い掛けるも答えは待たず、志御は振り向いた鷹岡の顎に軽く飛び上がって全体重を乗せた右フックを叩き込んだ。がっ、と鷹岡は泡を吹きながらその場に崩れ落ちた。そして志御はちょいちょいと渚の肩を叩き、「多分意識あるから言いたいこと言ってやれ」と促した。渚は少し畏まった。
「ごめんなさい、鷹岡先生。僕らの「担任」は殺せんせーで、僕らの「教官」は烏間先生です。これだけは絶対に譲れません。僕は父親であることを押し付けてくる鷹岡先生より、プロとして僕らと対等に接してくれる烏間先生の方がずっとあったかく思えます。だから、出て行って下さい」
そう言って、渚はペコリと泡を吹いたままの鷹岡に頭を下げた。そして「どうやらそちらでも纏まったみたいですね」と聞き慣れない、よく響く声が聞こえた。理事長が、姿を現した。
「……何の御用でしょうか?」
「経営者としてたまにはこちらの様子も、と。新しい先生も来たとのことですし」
烏間はにわかに悪い予感を覚えていた。中間であのような手段を取った男だ、もしかしたらE組を消耗させる鷹岡を選ぶかもしれない、と。それを察したのか、志御が烏間に声を掛けた。「安心しろ、アレは「教育」に関しちゃ恐ろしくフェアだ」と。14年を共に過ごした娘としての意見だった。
「ですが鷹岡先生、正直言ってあなたの授業は下らなかった。確かに教育に恐怖は必要ですが、あなたの恐怖は暴力に裏付けされたもの。それでは教育者としては壇上にも登れない。そしてあなたはその暴力ですら敗北した。ならばあなたに価値はありません」
そう言って理事長は手元の書類に、手帳を下敷き代わりにしてさらさらと何かを書き込み、そして泡を吹いているその上から無理矢理に押し込んだ。
「解雇通知です。荷物をまとめて防衛省に戻って下さい。この椚ヶ丘中学校にあなたの居場所はありません。ここを支配するのは
そう言って倒れた鷹岡を置き去りに去っていく理事長。その姿が見えなくなると、生徒達もまた倒れた鷹岡を無視して「やったー!!」「よっしゃあ!!」と歓声を上げた。当然、烏間先生続投が確定したからである。志御もクラスメイトの輪の中に戻っていくと、早速烏間ファンガールの倉橋に「志御さんありがと〜!!」とブンブン揺さぶられる。
「あと私も八極拳講座混ぜて〜!!」
「烏間先生に言えよ烏間先生に……っていうか八極拳専門じゃないぜ?」
「いいから〜!!」
そうしてまた教室に戻っていく生徒達を見送り、校庭に残った烏間は殺せんせーに問いかけた。
「……俺は彼の、彼等の暗殺の才能を伸ばしてしまって良いのだろうか」
「ヌルフフフ、随分と教師らしくなってきましたねぇ、烏間先生。確かに彼等は才能に溢れた若者です。今日もまたその片鱗を見せつけました。ですが、その悩みは至極当然です。というか、それが教師たるものです。本当に自分は正しいのか、自分は正しく生徒を導けているのか、そう葛藤を抱えながらも生徒達の前では迷いのない毅然とした理想の教師を演じなければならない……ここが教師の醍醐味、一番格好いい所です」
「……そうか」
そしてまた物思いに戻ろうとした烏間に、やっぱり、と教室の方から戻って来た生徒達が声を掛けた。
「ねえ烏間先生、私達のおかげで烏間先生は体育教師に復帰できるわけじゃん?」
「私達なんかご褒美ほしいな〜」
「そこだけは鷹岡先生の方が良かったもんねー」
「私も綺麗なスイーツなら興味あるぜ?」
「……はぁ」
烏間はいつものように目をつぶってため息を吐き、そして「仕方ない」と目を開いて生徒達と目を合わせた。
「財布は出す。だから街まで行ったら各自好きなものを言え。それくらいだ、俺に出来るのは」
「わーい!」
「やった〜!」
「先生太っ腹ー!」
「やるじゃないカラスマ!」
「にゅやッ?!先生もぜひその恩恵に!」
「先生今回見せ場なかったじゃーん」
「っていうか志御と渚のおかげみたいなとこあるけどな」
そんな和気藹々とした空気の中、生徒に囲まれている烏間の姿。それが何よりの彼が「教師」である証明だった。
「お願いですから先生も……」
「うわ土下座までしてる!」
「ダセェ!」
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