浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「あっつぅぅい……しぬぅ……」
「エラー発生……エラー発生……水冷クーラーの増設を希望……」
志御のいつもの不遜さは鳴りを潜めていて、至って普通の少女のような様相を呈していた。ギリギリなんとか固体状態を維持しているだけで、一切重力に抵抗せずに机の天板に上半身を預けている彼女。現在は地理の授業中であったが、この5分間で志御の口から「しぬ」という言葉が出てきた回数は58回であり、E組で発せられた「しぬ」の約75%を占めている。E組暑さに弱いランキング堂々の第一位は冷却が追いつかずに大幅にスペックダウンしている律だったが、それに次ぐ第二位には十分君臨できるほどの暑さへの耐性の無さ。何でもこなしてしまう彼女の弱点にクラスメイトは少し意外さを覚えていた。冷えピタを貼っててもこれである。
とはいえ今日の最高気温は36度。記録的な猛暑の連続の真っ只中である。エアコンのないE組には地獄の季節であり、律や志御ほどではないにしろ、生徒達は暑さに参りっぱなしである。それは殺せんせーも例外ではなく、教卓に突っ伏しながら指し棒を伸ばしてなんとか授業を進めていっているという状態。さながら水風呂のないサウナのような状態である。ちなみに殺せんせーにも汗腺は存在しているらしい。
「でもこれ頑張ればプール開きだよ!早く冷たいプール飛び込みたい〜!」
「いや、それが一番やばいんだよ……だってプールって本校舎にしか無いんだぜ?」
「あ……」
「炎天下の山道1km、確かに行きはその後プールに入れるからまだマシだとしても帰り道はもっとヤバいぞ?いわゆる「E組、死のプール行軍」、プール疲れした身体に鞭打って来た山道登り直すんだ。カラスの餌になっても知らねーぞ……」
「……あ、なら殺せんせーに運んでもらえば……!」
「ヌルフフフ、それは無理な相談ですねぇ。いくら先生がマッハ20とはいえ皆さんをまとめて本校舎へ連れて行くのは不可能です」
「そっかぁ……」「だよなぁ……」と残念そうに呟く生徒達。それを見かねた殺せんせーは教科書を閉じ、団扇を携えて立ち上がる。
「しかし流石にこれでは授業になりません。水着に着替えて裏山の方の沢にでも行きましょうか」
「そんなのあったっけ?」
「ああ、あれだろ。……っても足首が浸かるくらいか」
「じゃあパシャパシャして終わりかなー」
「まあ今よりはマシだろ……」
そして教室から男子を追い出す女子組。「律もいくぅ……?」とへなへなになりながらも着替える志御が問い掛けると律は「じゃあ志御さんのスマホにお邪魔します……」ともはやスパコンに匹敵するレベルを目指して日々進化を重ねる本体ほどではないにしろ、現行のAIを遥かに凌ぐ志御のモバイル律を起動する。志御が流石にこの気温では、とオーバーヒート対策に用意していた保冷バックと保冷剤で冷やされた防水仕様のスマートフォンに律は「大幅な冷却を確認……私は「涼しい」「生き返る」を理解しました……」と天国にいるかのような声を上げた。
「っていうかこの前の鷹岡の件でも思ったけど志御ホント鍛えてんね」
「今は抵抗できないからさわんないで中村……」
「夏場の志御さんこんな弱くなるんだ……」
◇◇◇
「さて、そろそろですよ皆さん」
「そろそろ……ってそんな大げさな。たかが沢だろ?本校舎のプールに比べれば……」
「ヌルフフフ、それはどうでしょうか」
妙に含みを持たせた言い方に「まさか……!」と期待を抱いた生徒達は小さな沢のある方向へ駆け出していく。そしてたどり着いたそこには件の沢をせき止めたE組だけのプールがあった。自然を活かしたそれにはきっちりと25mコースも二本確保されており、取り付けられた水門で調整も自由自在。岩肌に備え付けられたビーチベッドにパラソルとビジュアルや雰囲気にもバッチリ気を使っている。
「やれやれ、小さな沢を利用したものですから制作に1日!なんとか形になりましたねぇ」
「おお……!」
「先生、良いんだよな?!」
「もちろん。後は移動に1分、飛び込むのには1秒です」
「い……」
「い……」
「いやっほぉう!!」
そしてE組は、揃って思いっきり飛び込んだ。
「っし、ようやく浅野志御の復活ってとこだな!」
「はい!皆さん楽しそうで何よりです!」
「はっ、任せろ。律にも水冷クーラー増設してやるぜ」
泳ぐ者、引き続き繰り返し飛び込む者、バレーボールに興じる者と三者三様十人十色。志御は律の要望でスマホカメラを構えながら遊泳し、クラスの様子を写真に写していた。
「はぁ……楽しいは楽しいけどボディラインはちょっと憎いなぁ……」
「安心しろよ茅野。その身体もいつか需要が出るさ」
「……取り敢えず盗撮止めなよ岡島君」
「っていうか今更だけど渚って男なのね……」
「いや最初からそうだよ?!」
「……まあしょうがないよ」
とまあ皆が好きに楽しんでいる中、一人椅子の上から指示を出すプール奉行がいた。何を隠そう、殺せんせーである。
ピピーッ。
「木村くん!プールサイドを走ってはいけませんよ!」
「あ、すんません」
ピピーッ。
「矢田さんに速水さん!25mコースに近づきすぎです!」
「はーい」
ピピーッ。
「菅谷君!ここはE組だから良いですけど本来であればボディペイントはいけませんよ!!」
ピピーッ。
「志御さん!律さん!いくら思い出を残したいとはいえ盗撮にならないように気をつけて下さい!」
そう、殺せんせー、クソうるさいのである。自分が主人だと仕切りたくなるタイプ。「うわ、小うるさいぞ」と生徒達の思考が一致する。だが「うるせー!」と誰かが水をぶっかけると、殺せんせーは「きゃんっ」と生娘のような声を上げた。そして少しの沈黙とともにその事実に気がついたらしい生徒達。
「……え、先生もしかして水嫌い?泳げない?」
「い、いえ。別に。そんなことありませんし。触手がふやけて動けなくなるとかそんなことありませんし」
「っていうかビート板持ってるじゃん。なら泳げるんじゃないの?」
「いえ、これはふ菓子です」
「ふ菓子?!」
だが、それはおそらく今までで一番の弱点だった。「水に弱い」、暗殺に活かすのであれば「水殺」。
暗殺教室の夏は、まだ始まったばっかりだ。
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