浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「……っ、おいカルマ!今の音なんだか知ってる?!」
「知るかよ!取り敢えずプールの方!」
轟いた爆発音。ただ事じゃないことを一瞬で理解らされて音の方向へ疾走する二人は校舎の傍らで合流した。「乙女取り繕う暇も無さそうだしな!」と全速力で駆ける志御はスポブラに運動着の短パン。平時であれば細い身体も相まって男子中学生には中々劇薬な代物だが、あいにくにも今は緊急事態。血走ったような目で彼女は全力疾走した。
そしてプールまで残り50mを割ったというところで、志御は鼻に入る硝煙の香りに気が付いた。「シャレになんないなこれ……!」と最後の草むらを掻き分けると、そこには消し飛んだプールの跡地があり、流された皆の姿がなかった。
「……マジ?」
「何コレ?」
現実を上手く飲み込めず、思考そのままを口に出す二人。抉り取られたかのようなその状態に脳内に混沌を抱えながらも必死に志御は考える。その耳に一人の独白が届いた。
「……がう、違う、俺のせいじゃねえ……あの、あの白い奴が、イトナを呼んで突き落とすからって……」
「おい」
「ひっ……」
聞こえた言葉に怒髪天を衝くが如くの怒りの形相で、志御は独白の主である寺坂の胸ぐらを掴み上げた。
「お前何考えてんの?他人の言葉にノセられて、他人の計画でイキっといて、他人の銃の引き金引いて、それで自分のせいじゃない?」
「違う……!俺は違うんだ……!こんな計画やらせる方が……!」
「どの口がほざいてんだよ!!」
寺坂を突き飛ばし、志御は叫んだ。かつての日のドス黒い殺せんせー以来の怯えを見せる寺坂。「お前、何で
「ち、違うよな、カルマ?俺のせいじゃないんだ、お前は分かっ……」
カルマは、思い切り寺坂の顔面を殴り飛ばした。その衝撃にブッと鼻血を噴き出す彼を見下ろし、カルマは言う。
「良かったね、お前の大嫌いな
そしてカルマもこれ以上構ってる暇はない、と志御の後を追いかける。「人のせいにする暇があったらその空っぽの頭で考えろよ」と最後に吐き捨てた。
◇◇◇
寺坂竜馬はずっと、自分が強者の側にいると思い込んでいた。ここ数年なんてレベルではない。生まれてこの方、彼は自らを過信していた。
まともなケンカなどただの一回もしたことはない。人を殴ることさえ、数えるほど。彼の拳は殴るフリの為にあった。だが、体格に恵まれ、声量が大きいというそれだけで、彼は不幸にも上手く行ってしまったのだ。
小学校から、彼のそのような気質は声高々に主張していた。勘違いは始まっていた。適当に自分より弱そうな奴を見つけ、それを適当にこき使う。それだけで「自分はああはなりたくない」と思った周りの生徒も従うようになった。それだけで、彼はクラスの中心にいることが出来た。
彼は、たまたま勉強が他よりも少しだけ出来た。故に彼は私立の進学校である椚ヶ丘中学校に進んだ。特に何も考えず、小学校と同じように楽勝だろうと彼は成功体験に味をしめていた。
結果から言うのであれば、彼はそこにおいては大した人間ではなかった。一定以上の学力を持つ生徒達は彼のお子様向けの暴力が取るに足りないものであることを理解していたからだ。
そこでものを言うのは学力、すなわち努力だった。一部才能にものを言わせる怪物はいれど、大半は努力がその評価を占める。そして、彼は自分が凡人の側であるとようやく理解することになった。
そして彼は落ちこぼれとして扱われるE組に落ちた。だが、何処かで彼は安堵していた。「落ちこぼれの中では、自分は強者の側だ」と。その目論見はあえなく外れた。突如として現れた超破壊生物がクラスに明確かつ大仰な目的を与えてしまったからだ。けれど、あぐらをかいていた寺坂はその波に乗ることが出来なかった。辛うじて二人ほどつるむ仲間は出来たが、あっけなく離反した。そしてあぐらをかいてぼんやりしている内に落ちこぼれだと思っていたはずのクラスメイトがメキメキと才覚を現していくのを、彼は指を加えて見ているしかなかった。故に、彼は目をそらした。
その結果がこれだ。自分を強者だと思い込むことでプライドを保っていたはずの彼は、気がつけばこうして誰かに利用されて使われた。弱者として扱われたのだ。
彼は腹を立てた。そのことにも、それをどうしようもない自分にも。
◇◇◇
流された生徒達は、殺せんせーの手によって辛うじて救出された。だが、それは殺せんせーの身体に大きな負担としてマッハで助けてしまっては生徒達の身が危ないので丁寧に、だがそうすると寺坂の、シロの工作による殺せんせー弱体化の薬入りの水が触手に染み込んでいく。多少であれば水は粘液で防げるはずだったが、その粘液はこれまた教室に撒かれた、殺虫剤を模したあのスプレーの影響でもう枯れ切っている。どうやら殺せんせーが夏風邪だと思い込んでいたのは薬品の作用だったらしい。
ズブ濡れ+2つの薬品による三重デバフを食らっている殺せんせーに対し、シロによって触手にさらなる調整が加えられたイトナ。本数を絞ることでパワーとスピードを引き上げられたそれは殺せんせーであろうとただでは済まない代物。志御は初めてイトナがE組を訪れたあの日のように、一心不乱にその動きを観察していた。
「……っ、でも殺せんせーならこの程度のデバフくらい……!」
「いや、水と薬品だけじゃねえ」
やってきた寺坂が口を開き、そして殺せんせーの頭上、木の枝に必死に掴まるぽっちゃり系家庭科女子の原を指差す。「あれを巻き込まねえように気を使ってんだ」と彼は説明した。
「って、のんきに言ってる場合かよ寺坂?!あれ巻き込まれたらまじでやばいぞ?!」
「もしかしてお前、今回のこと全部あいつらに操られて……?!」
「……ああ、そうだよ!」
バツが悪そうに寺坂は言い切った。「俺みたいな弱いやつは道具として強えやつに使われるだけなんだよ」と自嘲気味に笑う彼だったが、次の一言で彼は目つきを変えた。
「だが、道具にも使うやつを選ぶ意地くらいはあんだ。あんなクソどもにこれ以上使われんのは御免だぜ。……だからカルマ。テメーが俺を使ってみせろ!」
「……へえ」
カルマの胸を叩いた寺坂に、カルマは僅かに笑みを浮かべる。そして「そのイタズラおつむなら俺くらい使えんだろ、上手く使われてやるよ」と続ける彼に「良いよ」と答えた。
「あ、最悪死ぬかもだけど?」
「良いぜ、元々全員殺しかけてんだ。今更俺一人がビビれるかよ」
「いい顔じゃん」
そう言って、次にカルマは「そうだなァ」と辺りを見回した。軽いノリを装ってはいるが殺せんせーがそう長く持たなそうなことも十分理解してる彼。「よし」と彼は手をポンと打った。
「取り敢えず原さんはほっとこう」
「は?!おい原が一番危ないだろ!あの重量級に枝がいつまでイケるか分かんねーんだぞ?!」
「……寺坂さあ、そのシャツ昨日のと一緒だよね?」
「ん?ああ、多分な」
「やっぱそういうところ頭空っぽなんだよね。まあ、そういう空っぽのやつ使うのも結構俺好きなんだ」
そう言ってカルマは慣れた手つきで寺坂のシャツのボタンをブチブチブチッと千切り取る。何してんだ?と周囲の生徒が首を傾げる中で、カルマは言い放った。
「俺を信じたら良いこと起きるよ」
◇◇◇
「さあ、だいぶ水も吸って薬品も効いてきて状態も最悪になってきたね」
そう言って傍らでイトナと殺せんせーの戦いを眺めるシロは言った。「そろそろ決めようか」というシロの言葉に従って触手を肥大化させるイトナ。そんな中で、現れた寺坂は「おいテメーら!」と声を上げた。
「おや、寺坂君じゃないか。あんまり近づくと危ないけど、どうしたんだい?」
「良くもこの俺を騙しやがったな」
「許さねーぞ!」とボタンの外れたシャツ1枚を手に岩場から飛び降りる寺坂。そして彼はそれを盾、あるいは闘牛のマントのように構えると「俺とタイマンしろ、イトナ!」と声を張った。
「止めなさい寺坂君!君の敵う相手じゃありませんから!」
「すっこんでろタコ!」
「……ふふっ、なんとも健気な話じゃないか。良いだろう、イトナ。彼を静かにしてあげてくれ」
その言葉とともにイトナの意識が殺せんせーから寺坂の方へ向く。「本当に大丈夫なの?カルマ君」と隣の渚が不安そうに問いかけるがカルマは「俺の計算だとね」と答えた。
「あいつらの目的はあくまで殺せんせー。多分原さんを狙うことはないし、寺坂に致命傷を食らわすこともないよ。それに万が一は殺せんせーが助けてくれるっていうのは俺が知ってるし。だから、寺坂にも言っといたよ」
「寺坂君に?」
「うん。「死にはしないから、死ぬ気で食らいつけ」って」
その言葉を裏付けるように、そこにはイトナが振り抜いた触手をシャツ越しに受け止める寺坂の姿があった。確かに今にも吐きそうな顔色だが、その目はまっすぐイトナを見据えている。「なるほど、良く耐えたね。イトナ、もう一発だ」、そうシロがイトナの方を向くと、彼は大きくくしゃみをした。「まさか」とシロはフードの中で目を見張った。寺坂はそれに答える。
「ああ、こいつはテメーの薬品を昨日たっぷり吸い込んだシャツだ。あのタコに効くってことはテメーの触手にも効くよなイトナァ!」
「な……」
「その仕事は褒めてやるよ、寺坂!」
そして一瞬の隙、殺せんせーが原の救出へ向かうとほぼ同時に岩場を駆け下りてイトナに急接近する志御。そしてその勢いに任せて「触手が使えないお前に負ける道理は無いぜ?!」と志御は粘液を垂れ流すイトナをその場に叩き伏せた。水に触れた触手がみるみる膨れて力を失っていく。
「やっぱ動くよね、志御さん」
「っし、俺達も行くぞ!」
志御の後に続き、次々とイトナのいる水辺へ飛び込んでいく生徒達。なんとか動かそうとした触手が飛び降りによる水しぶきでますます薬品入りの水を吸って殺せんせーと同じ状態になっていく。勝負あり、と見たカルマは一人岩場の上からシロに声を掛けた。
「で、俺達あんたに怨みたらたらっぽいけど、まだやる?逃げ帰ったほうが良くない?」
「……チッ」
「帰るぞ、イトナ」と声を掛けたシロ。殺せんせーはぷっくりと膨れたままイトナに「どうです、楽しそうなクラスでしょう。君も一緒に学びませんか?」と勧誘する。イトナはそれに答えること無く、心底不機嫌そうにその場を去った。
こうして、E組にまた一人、真の意味で仲間が増えた。志御は岩場の上のカルマを水辺に引きずり下ろしながら小さく笑った。
高評価とか感想よろしくお願いします!