浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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第42話 賭けの時間

「どうぞ」

「失礼します」

 

 勉強会を終え、学秀は理事長室を訪ねていた。革張りの椅子の背を向けたまま出迎える理事長にA組の強化に着手した事を報告すると、彼は「そうか」と感情を込めずに無愛想に応える。

 

「分かっているだろう?学秀君。必要なのはただ一つ、結果だ。「やった」という報告は誰にでも出来る。「トップを独占した」、肝心な結果が無いようでは優れた報告とは言えないな」

「……そうですか」

 

 同じく抑揚無く応えた学秀は、「椚ヶ丘学園」として手に入れてきたトロフィーや盾、賞状の飾られた棚に手を伸ばす。そして少し手持ち無沙汰になった彼はその棚のサッカーボールを手にすると、慣れた足捌きでリフティングを始めた。そしてボールを弾ませながら、彼は話を続ける。

 

「お言葉ですが、E組にそれほど警戒するべき要素があるとは思えません。「E組が他を上回ることがあってはならない」、その理念は重々承知ですが、あなたのそのこだわりの理由は分からない。確かに少しは上がったようですが、E組が必死になったところでA組(僕等)に敵うとは到底」

「そうだね、私が君に教えたいのはそれなんだ」

 

 そう言って、理事長は椅子をくるりと回して学秀の方を向いた。

 

「良いかい?弱者と強者というのは案外簡単に入れ替わってしまう。歴史上革命によって政治が為された例は枚挙に暇がない。故に最も困難であり、そして重要なこと。それこそが「強者の座を守り続ける」事なんだ。もっと具体的に言おうか。「A組全員がトップ50かつ5教科全ての1位をA組が独占」、これを合格ラインとしよう」

「なるほど。では、僕の力でその条件を達成した暁には一つ、生徒としてではなく息子としておねだりをしたいのですが」

「おねだり?はは、父親に甘えたいとでも言うつもりかい?」

「まさか」

 

 学秀はリフティングしていたボールを少し高く上げながら「冗談はよして下さい」と笑う。そして弾むボールが学秀の身長を越えた瞬間、彼はそれを理事長の顔面目掛けて蹴り飛ばした。ドシュゥン、と音を立てて飛んでいったプロ顔負けのボレーシュートを理事長は左手で受け止めた。

 

「E組について隠していることがあるでしょう」

「……」

「どうも今年度に入ってからのあなたのE組への干渉は度を過ぎているように思う。というよりは、合理主義者の理事長がE組という落ちこぼれ、弱者側にこれほど手間を掛けるにはそれ相応の理由が存在しているはずです。ですが、僕の手元の材料ではそれだけの理由が見当たりません。まさかとは思いますが、E組を使って教育業以外のヤバいシノギにでも手を出していらっしゃったり?」

 

 尋ねる学秀に理事長は何も答えない。だが学秀はさらなる揺さぶりを掛けるべく言葉を続ける。

 

「そういえば、今年度に入ってから不審者の噂が増えてるそうです。黄色い巨大なタコがいるだとか、コンビニスイーツを買い占める黒尽くめのぬるぬるした大男だとか、Gカップのねーちゃんが「ヌルフフフ」という声に振り向くと誰もいなかったとか……まあ、どれだけが本当かは分かりませんが」

「……それを知ってどうするんだい?」

「決まってるでしょう。ネタにしてあなたを支配しますよ」

 

 その答えに理事長は「流石最も長く教えてきた生徒だ」と背もたれにもたれ掛かって笑う。

 

「模範解答、と言いたいところだが残念ながら50%だな」

「半分?」

「ああ。どうにも、私には学秀君の方がE組にこだわっているように見えてね。何か隠しているのはそちらのようだ」

「……」

「ああ、そういえばE組には志御さんがいたね」

 

 今思い出したと言わんばかりにわざとらしく言う理事長。14年あまり見てきたその顔に「図星のようだね」と彼は微笑んだ。隠す必要もない、と学秀は判断した。

 

「そんなに彼女が大事かい?」

「ええ。共に父親(あなた)を倒すと約束した、僕の妹ですから」

「そうか。ならさっきの条件を達成できたら彼女の本校舎復学を認めよう。それもA組にね」

 

 僅かに目の色を変えた学秀に「せいぜい励み給え」と理事長は冷たくエールを送った。

 

◇◇◇

 

「なあ、志御。放課後って空いてるか?」

「ああ、空いてるぜ」

 

 「でもどうした?」と志御は急に声を掛けてきた磯貝に尋ね返す。「実は良いもん用意したんだ」と笑い、彼はポケットから1枚のチケットのようなものを取り出した。

 

「あ、図書館か」

「そう。ウチの図書館、学習書の揃いは凄いだろ?E組じゃ滅多に使えないから、何かの役に立つかもって期末狙って予約取っといたんだ。余裕持って多めの人数で入れといてるから志御もどうだ?」

「良いな、乗った。他の面子は?」

「渚と茅野、あと中村と奥田と神崎かな」

「あっは、濃いな。良いぜ決まりだ」

「私もお供します!」

「了解、律もだな。バレたらマズいから志御のスマホでじっとしてろよ?」

「はい!」

 

◇◇◇

 

 放課後。志御達は訪れた図書室で時々興味のある本を読んだりしながらも試験勉強に精を出していた。古今東西の問題集、参考書が揃ったそのラインナップは磯貝の話通りで、「そりゃ人気になるわけだ」と志御はパラパラとルネサンス絵画の資料集を捲りながら考えていた。というか、学校でクーラーを浴びるのとか久々だった。圧倒的な暑さ耐性の無さを誇る志御には天国である。

 だが、事件は志御が席を立っている時に起こった。

 

「おや、E組の皆さんじゃないか!遠い中ご苦労だったね!」

 

 そのように磯貝達に声を掛けたのは五英傑の二番手、社会科の荒木だった。「君達のような不良生徒にはこの図書室はもったいないだろう。豚に真珠というやつだ。ここは席を譲って少しでも僕達の学力向上に寄与するべきじゃないかな?」という適当な言葉を聞き流しながら(これが件の五英傑さんかぁ)と磯貝達は少し珍しいものを見たような顔をする。だがそんなことはつゆ知らず、五英傑五番手LA(ロサンゼルス)帰りのイキリ小僧瀬尾がもっと直接的にE組をどかしに掛かった。

 

「そういうことだからどけよザコ共。そこ俺等の席だからとっとと帰ってゲームでもしてやがれ」

「な、何をぅ?!せっかく人がやる気出して勉強中なんだからお構いなく!」

「茅野、取り敢えずそのプリン図鑑閉じようか」

「っていうかちゃんと予約取ってんだから俺等の席だぞ」

「そーそー、たまのクーラー邪魔すんなぁー?」

「君達は本当記憶力が足りないなぁ。この学校でE組がA組に口答えする権利なんてないの!成績が悪いんだから」

「お、どこの馬鹿かと思ったら」

 

 成績を盾に強行突破を狙った五英傑四番手小山に志御が声を掛けた。

 

「あ、志御。どこ行ってたの?」

「悪い、ちょっと花摘みにな。んで、「じゃない方」が雁首揃えて何の用?」

「じゃない方、だと?」

「だってお前等全員まとめて兄さん未満じゃん。「五英傑」なんて大層な名前でくくってるけど、実際は「一英傑」の兄さんとオトモ集団だろ?なら「じゃない方」で大正解じゃん」

 

 「違うか?」と相変わらずのケタケタ笑いで煽り倒す志御。その様子は球技大会でその名を轟かせた「E組の悪夢」ここにあり、と言わんばかりである。だが志御はピキり出す小山や瀬尾を尻目に「で、話戻すんだけど」と口を開いた。

 

「A組がE組に言う事聞かせられんのは「E組の成績が悪いから」っていう理由で良いんだよな?」

「そうそう。この学校じゃ当たり前のことだろ」

「つまりは成績上位者に対して成績下位者は従属関係にあるって言い分な訳だ。こっから詳しくいくぞ」

「待てどこからいつ出したそのホワイトボード?!」

 

 志御はホワイトボードに「荒木」「榊原」「小山」「瀬尾」「E組」と書き込んで詳しい説明を始める。周囲の生徒も流石に志御達E組と五英傑の小競り合いにざわつき始めた。

 

「現状では、お前等五英傑(笑)がE組に対して成績で優位にあるからこの要求をしてる訳だよな?」

「志御さん煽るね……」

「この分野じゃカルマ君もお手上げだ……」

「だが、ここに私を放り込んでみると話は変わる」

 

 そう言って志御はホワイトボードに「志御」と書き込み、そこに「中間4位」と付け加え、そして五英傑のそれぞれにも順位を付け足していく。何かを察した五英傑は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「私が中間4位で、これ以上の成績はここには荒木しかいない。そしてお前等の主張に乗っ取ると、私は偶然にもお前等三人に対して命令権を持つことになる。天下のA組がE組如きに命令されちまうって訳だ。なっさけないにも程があるよなぁ?」

「くっ……」

「お、もうちょっと頑張ればぐうの音くらいは出んじゃねえの?まあ出たところでって話だけどな」

 

 小悪魔系どころじゃない。悪魔そのもののような狡猾さで退路を潰していく志御。この手の舌戦の才能に関して志御は学秀を凌ぐ才能を持つ。それを身を以て味わった五英傑だったが、瀬尾は苦し紛れに吐き捨てる。

 

「ふん、だが結局お前が出来るだけでE組が落ちこぼれなのは変わんないだろ。なら……」

「ち、違います!」

 

 答えたのは奥田だった。「はっ、何が違うんだよ」と見下す瀬尾に彼女は力強く言葉を続ける。

 

「志御さんだけじゃありません!私達、次のテストで全科目1位取るのを狙ってるんです!そしたら、落ちこぼれなんて言わせませんから!」

「ああ、お前達に俺等を邪魔して良い道理なんてないだろ」

「はっ、E組はどこまでいってもE組だろ」

「いや、待てよ」

 

 そう呟いて、小山は記憶していた彼等の成績を諳んじる。神崎、中間国語24位。磯貝、中間社会15位。中村、中間英語12位、奥田、中間理科18位。そして彼は「一教科だけで言うのであれば勝負も出来なくない」と馬鹿にしながらも言った。

 

「そうだ、ならこうしよう。俺等A組と君等E組、5教科でより多く学年トップを取ったクラスが負けたクラスにどんなことでも命令出来る」

「はっ、総合は入れなくて良いのかよ?」

「そこは俺等からの細やかなハンデってやつだ」

「ま、こんなザコ共相手命賭けたって良いけどな」

 

 瀬尾が少しでも溜ったフラストレーションを発散しようとイキったところで、「命」という言葉に反応した渚達はシャーペン、定規、ヘアピン、指を差し出し、それを「殺せる位置」で寸止めする。そしてそれを見た志御は後ろから、固まった荒木の頬に両手を当て「私等人殺しにさせんなよな」と嘲り笑う。

 

「ま、ベット成立ってことで」

 

 そして騒然とする空気の中で名ブックメーカー浅野志御は無邪気に笑った。




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