浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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第5話 基礎の時間

「いっちにー、さんしー、ごーろっく、しっちはち──」

「にぃにー、さんしー、ごーろっく、しっちはち──」

「ヌルフフフ。晴れた空、緑の校庭、生徒達の掛け声……いやぁ、のどかですねぇ」

 

 校庭の片隅でたんぽぽの綿毛を飛ばしながら殺せんせーは呟いた。その巨体が収まるお手製の体操服、その胸元と背中には「殺先生」と無駄な達筆で書かれた名札が貼られている。そしてふーっとまた一本を吹き終わると殺せんせーは目の前の景色に目を戻して付け足した。

 

「……生徒達のナイフが無ければですが」

 

 ジャージを纏った26人が揃って鳴らす練習用ナイフの風切り音。コーチングする烏間は「体幹がブレると軌跡もブレる!」「腕で振るんじゃない!全身で振るうんだ!」と檄を飛ばしている。そして八方向×5回を5セット終えた生徒達に烏間は「一旦休憩!3分後に再開する!」と指示を出す。「ヌルフフフ、お疲れ様です烏間先生」とタイミングを見計らって近寄った殺せんせーに彼は「体育の時間は俺が受け持つと伝えただろう。何故暗殺対象(ターゲット)がちゃんと体操服まで着てここにいるんだ」と無愛想に答えた。

 

「お前は……そうだな、そこの砂場で遊んでいればいい」

「うう……どうしてですか烏間先生……私の体育は生徒の評判も良かったのに……」

 

 大人しく砂場で砂山を作り始めたかと思えばそんな事を言い出す殺せんせー。瞬く間に「おい嘘つくなよ」と周囲の生徒からツッコミが入った。

 

「あんなんが評判良いとか笑わせんなよ。殺せんせー以外の誰があんなんやれるんだっつーの!」

「そうなのか?浅野さん」

「志御でいいぜ烏間先生も。んであれはマジ酷かった。なあ菅谷?」

 

 志御が同意を求めると、菅谷創介は「確かにヤバかったわ」と答え、そして烏間に先日の体育について話し始めた。

 

「この前反復横跳びやったんだけど、まずレベル1から分身なんだよ。しかも「慣れてきたらあやとり混ぜろ」とか言ってくるし。マジで一時間困惑しっぱなしだった」

「ほんとにアレはクラス全員意見一致したもんね。「人間の先生に教わせろー!」って」

「結構先生ショック受けてたっぽけどな」

「うう……皆さん薄情な……」

 

 もう一度ショックを受けたらしい殺せんせーは涙を流しながら砂山いじりに勤しみ始める。そして涙の撤退をキメた殺せんせーを尻目に烏間は「そろそろ再開するぞ」と生徒達に告げる。そんな中で前原陽斗は練習用ナイフを弄りながら問いかけた。

 

「っていうか暗殺対象(ターゲット)がいる前でこんな練習して意味あるんスか?どうせ当たんないっスよ」

「……そうだな、例えばだ。数学の問題を解く時に九九を使わないことはあるか?」

「……いや、絶対どこかしらで使う……っていうか使いまくってるっス」

「そういう事だ。基礎を身につけるほどその先が活きてくる」

 

 「一度試してみるか」と呟いて、烏間は僅かにネクタイを緩めてシャツの袖を捲る。肘先だけでも鍛え上げられた鋼の肉体を察するには余りある程の筋肉が顕になった。

 

「磯貝君、前原君、一発でもそのナイフを俺に掠めれば今日の授業は終わりにしても良い」

「……え、良いんスか」

「ああ、二人がかりで来い」

「えーっと……そんじゃ!」

 

 強く踏み込み、磯貝悠馬が突き出した右手のナイフ。しかし烏間は先読みしていたかのように既に避けていた。続けて「さあ」と前原の方へ促すと、また彼も強く踏み込んで切りかかった。しかし、左手で払い難なく避ける。そして始まった二人による連撃も烏間はものともせずに躱し続ける。

 

「素人のナイフ程度なら、多少の心得さえあれば俺でも簡単に捌ける。そして──」

「わッ?!」

「うおッ!」

 

 頭に切りかかった二本のナイフ。烏間はそれを持つ腕の手首をガッと掴むとその場に投げ落とす。

 

「俺にさえ当たらないナイフがマッハ20に当たるはずはないだろう」

「っ……」

「つ、つえぇ……」

「見ろ、今の間にも奴は砂場に大阪城を築き上げた挙げ句に着替えて茶まで立てている」

「なんで利休殺されてんのに大阪城なんだよ。っていうか殺せんせーそれ何茶?」

「ヌルフフフ、先生余裕があるので狭山茶まで買ってきましたよ」

「思ったより余裕あんなぁ、おい」

 

 「はっ、結構なお点前じゃんか」といつの間にかジャージ姿のまま正座して殺せんせーの抹茶をすする志御に「君までそっちに行くな!」と烏間はツッコむ。「狭山茶の良さが分かるとは、この前の短歌といい志御さんは風流人ですねぇ」と嬉しそうにする殺せんせーを尻目に烏間はネクタイを締め直し、話を続けた。

 

「……とまあ、仮に君達全員が俺に当てられる程の腕になれば、奴でも躱すのに手こずるようになるかもしれん。ナイフ、狙撃、体術。暗殺に必要な基礎技能は全て俺が体育の時間で叩き込ませてもらおう!」

 

 そう告げた烏間にクラスの女子生徒、速水凛香と倉橋陽菜乃は「烏間先生ちょっと怖いけど結構イケメンだよねー」「ねー!ナイフとか当てたり狙撃の成績良かったら褒めてもらえるのかなー」なんて話していた。それを耳にした殺せんせーは茶道用の着物のまま、キィーとハンカチを噛んで「烏間先生!まさか私から体育の時間だけならず人気まで奪うつもりですか!」と嫉妬の念を向けるものの「知るか」と烏間は一蹴する。

 

「「学校が望む場合、E組には指定の教科担任を追加できる」、お前の契約にはそのような要項が含まれている。俺の体育教員としての仕事は「お前を殺すための殺し屋を育てること」、これも立派な暗殺だ」

「ヌルフフフ、良いでしょう。それと、生徒がせっかく付けてくれた名前です。烏間先生も私のことは「殺せんせー」と呼んで下さい」

 

 そんな事を言っている間に五限は終わり、キーンコーンカーンコーンと遠くで鐘が鳴り響く。「以上で授業を終わる。次回は狙撃演習だ」と烏間が締めて皆が帰ろうとした時、渚が校舎の前に立っている生徒に気が付いた。

 

「……!カルマ君……!そっか、今日から……」

「やーやー、久々だね渚君」

 

 カルマと呼ばれた、容姿の整った赤髪の少年。彼は「お、あれが例の殺せんせーか」と手に持っていた紙パックのジュースを投げ捨てて軽い笑いを浮かべながら歩いてくる。

 

「わー、こうして見ると本トにデカくて黄色いタコみたいだ」

「赤羽(カルマ)君ですね。今日から停学明けだとか」

「そーそー」

「ですが、初日から遅刻はいただけませんねぇ」

 

 そう言って殺せんせーが顔に大きくバッテンマークを浮かべると、カルマは笑いながら「ごめんごめん、久々だと生活リズム戻んなくてさ」と言い訳する。

 

「ま、取り敢えず「カルマ」って呼んでよ。よろしくね、先生!」

「こちらこそ、良い一年を送っていきましょう」

 

 殺せんせーはカルマが差し出した右手に触手を伸ばして握手しようとする。しかしその次の瞬間、握られた殺せんせーの触手は無惨に弾け飛んだ。「まさか……!」と殺せんせーが気付いた瞬間、カルマは左手の袖に隠していたナイフを取り出してその顔面を貫こうと構える。殺せんせーは間一髪のところで距離を取った。生徒として初めて殺せんせーにダメージを与えた、その一連の流れを眺めていた志御は「魁ならずかよ」と少し悔しそうに吐き捨てた。

 

「へー、先生本トに速いし、このナイフは本トに効くんだ。貼っつけてみて正解だったな」

「カルマ君……!」

「でもさぁ、こんな単純な手に引っかかった挙げ句そこまで逃げるとかビビり過ぎじゃない?殺せないから「殺せんせー」って聞いてたんだけど……」

 

 人を小馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべて近づいてくるカルマ。殺せんせーは冷や汗をかきながらもずりゅんと触手を再生する。

 

「あッれェ、せんせーもしかしてチョロいひと?」

 

 そしてカルマがその顔を覗き込むと、殺せんせーはその顔をゆでダコの如く真っ赤にした。「少なくとも人じゃねえだろ」と志御が補足すると、もうちょっとだけ赤くなった。

 

「ねえ渚、私まだE組来たばっかだから知らないんだけど、彼ってどういう人なの?」

 

 困惑気味の茅野が渚に問いかける。1年、2年と共に同じクラスだった渚は彼について知っていることを語りだした。

 

「カルマ君、2年の時に何度も暴力沙汰起こしてさ、それで停学食らって。E組にはそういう問題児も落とされるようになってるんだ」

「あー、志御ちゃんみたいなもんか」

「そうだね。……でも、暗殺教室(ここ)じゃもしかしたら1番の「優等生」かも知れない」

「……?なんで?」

「凶器の使い方、騙し討ちのやり方、そういった「基礎」じゃ多分カルマ君はずば抜けてるから」

 

 そしてカルマは殺せんせーに狙いを定めると悠々自適に、一足先に教室に帰っていった。




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