浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
ごめんなさい
そびえ立つ十数mの絶壁。そしてその上に魔王城の如く鎮座する普久間殿上ホテル。すし詰め状態のレンタカーを降りた生徒達は「おいおい……」とそれを見上げて漠然と呟いた。
「覚悟しちゃいたが……」
「……うん。一筋縄じゃ行かなそうだ」
そして生徒達と烏間、イリーナ、まだ完全防御形態の最中の殺せんせーが揃うと、志御のパソコンの中から律が作戦について説明を始める。
「たった今、皆さんのスマートフォンに先程の図面と警備データを共有しました。見てもらえれば分かりますが、ホテルの特性上正面玄関と敷地一帯には合計で3桁は下らない大量の警備が配置されています普通であればまずホテルに入ることさえ叶いません」
「普通……」
「はい。たった一つだけ、方法があります。それがこの崖の上に配置された通用口。おそらく侵入不可能と考えているのか、ここにだけは警備が配置されていません」
そう言って律は映し出した警備図の、ただ一点の空白をその指で指し示す。それは確かにそれしか手段が存在しないことを生徒達に理解させるには十分であった。それを聞いていた殺せんせーは「ヌルフフフ、それでこそ私の生徒です」とその計画立案を称賛する。
「ですが、本当に良いのですか?今の先生では君達を守ることが出来ません。私を引き渡した方が安全かもしれませんよ」
「ああ。これは明らかに手慣れている犯人の手口だ。君達では明らかに分の悪い賭けになるぞ」
「そうよ!こんなのガキ共が命賭けてまでやることじゃないわ!」
車の助手席を降り、生徒達を強く止めるイリーナ。烏間も同意せざるを得ないと言った表情で考えている。
「そもそもこんな崖どうするのよ!こんなのホテルに辿り着く前に真っ逆さまの転落死じゃない!お陀仏よお陀仏!」
「あっは!まあ見てろよビッチせんせ?」
そう言って志御は平常運転の煽り笑いを浮かべた後、言い出しっぺの法則と言わんばかりに前に出る。そしてカジュアルなスポーツサンダルの金具を止め直すと、彼女は一気に崖を駆け上がった。手の1本すら使わずに、丈の長いノースリーブのジャケットを靡かせて三角跳びの要領で軽やかに登っていく志御。その後に続いて神崎、他のクラスメイトも目を見張るようなスピードで上へ上へと進んでいく。その光景にイリーナは、それを仕込んだ烏間でさえ刮目した。
「な?案外出来んだろ?……少なくとも、私達は本気で取り返すつもりだけど」
「そっちはどうしたい?」、そう言って崖の上から見下ろす志御。ビニール袋の中からその光景を見ていた殺せんせーは烏間に声を掛ける。
「烏間先生、あなたはこれだけの能力を持った16人もの暗殺者を兵として動かせるのです。……この勝負、どうやら分の悪い賭けでは無いかもしれませんよ」
「……ああ、そうだな」
そして烏間は息を吸い込み、いつもの訓練とは違う、戦場で鳴らしたその気迫を以て告げた。
「注目!!目標普久間殿上ホテル最上階!!潜入の後
「「「おう!!」」
◇◇◇
そして最後、イリーナを背負い殺せんせーを持った烏間が上がってきたところで志御はネクタイを締め直し、スマートフォンの中の律に呼び掛ける。
「全員着いたぞ、律」
「了解です、志御さん。……はい、ただいま通用口の電子ロックを解除しました。あの監視カメラも15分前のもののループ再生に切り替えたので私達が映ることはありません」
「すげえな、そんだけありゃ余裕で上まで……は行けないよな」
「はい。対ハッキングも想定されているのか、ホテルの管理システムは多系統に分かれており、現在私が掌握できている割合は20%にも届きません。それも比較的手薄な低層階のみ。力不足で申し訳ありません」
「いや、十分だ。……侵入ルートの最終確認をする。律、マップを出してくれ」
「かしこまりました」
そう言って志御のスマホの中の律がパチンと指を鳴らすと、各自のスマートフォンに内部マップが配信される。まるで迷路、或いはRPGの終盤ダンジョンのような複雑怪奇な内部に生徒達は思わず息を呑む。
「テレビ局か?面倒な設計しやがって」
「……聞いたことがある。テレビ局とかはテロリストに占領されにくいように複雑に作られてるらしい。このホテルもそんなふうに見える」
「よくそんなの知ってんな、千葉。まあ確かにこりゃあ悪い宿泊客が利用するわけだわ……」
「……時間がない、突入する。随時指示を出すから見逃すな」
そう言って扉を開けた烏間。その後に付いて行き、生徒達は壁に張り付くようにしながらも素早く廊下を抜けていく。そして足を止めた烏間と生徒達は廊下の先を覗き込んだ。
「……結構多いな」
「目算二桁。流石に暴力沙汰にはまだ早いな。どうすんだ?烏間先生」
「どうもこうも、普通に通ればいいじゃない」
そんなことを口にしたのはイリーナだった。どこからくすねてきたのかも分からない細いワイングラスを片手にしながら能天気に言う彼女に周囲から小声でツッコミが殺到する中、志御は少し思考に耽る。
そして少し周囲を見渡した彼女の目に、ふとグランドピアノが留まった。それと同時に、「なら見せてあげるわよ」とイリーナはごくごく自然なモーションで一歩を踏み出した。いや、普通というには少しおぼつかなかっただろうか。少し酔いどれ気味にも見えるその足取りのまま、彼女はロビーの警備員にぶつかった。
「あっ……ごめんなさい、部屋のお酒を飲み過ぎちゃったの。それで少し悪酔いしちゃってるみたい」
「……あ、いえ!お、お気になさらず!」
一挙手一投足に満ちる色香。その警備員も思わず鼻の下を伸ばしている。一滴も酒など入っていないにも関わらず赤くなっている顔に「これが演技か」と志御は思わず目を見開いた。
「来週、そこのピアノを弾かせて頂く予定なの。早入りして観光してたのよ。……そうだ、せっかくだしちょっとだけ弾かせてもらっても良いかしら?調律と、あと酔い覚ましついでに」
「ええっと……ならフロントに確認を……」
「良いじゃない」
そう言ってイリーナがボーイを引き止めると、彼はにわかに顔を赤くした。そして彼女は「あなた達に審査してほしいの」とボーイや先ほどの警備員、その美貌に釣られてやってきた他の警備員達に言う。
「し、審査、ですか?」
「そう。私のことをよーく見て、駄目なところがあったらあなた達に叱ってほしいの。だから一瞬も目を離さないで」
そう言ってイリーナは鍵盤に指を置き、ペダルに脚を重ねる。そしてその音色が奏でられ始めた瞬間、志御は潜入中であるということさえ一瞬忘れたかのように「綺麗……」と呟いた。
「これ、どこかで聞いたことある……」
「リスト……だっけ?」
「そう、「ラ・カンパネラ」。しかもこれ、超絶技巧練習曲の方……」
「……志御、ピアノ習ってたの?」
「ほんの少しだけ。ううん、これと比べたら習ってるとさえ言えない。これ、アップライトピアノじゃ構造上弾けないとさえ言われてて……ああ、綺麗……」
誰もが、その彼女らしからぬ呟きに同意した。技量も、美貌も、最上のそれは「綺麗」という一言に集約する。そこにはハニートラッパーとしての色気の見せ方があり、人の目を惹く技術がある。しかし、それさえもどうでも良くなるほどにそれは美しかった。
そして一通りを弾き終えて、その音の余韻が止まった時、志御は確かな名残惜しささえ感じていた。「ほら、もっと近づいて」と男たちに手招きするイリーナ。それと同時に、彼女は椅子の陰でE組にハンドサインを送る。
「30分は止めてあげる」
「早く行きなさい」
そして彼女は再び音色を奏で出す。ヴィヴァルディの「冬」のピアノアレンジ。志御はその技巧に心の底からの称賛を送りながら、その横を通り過ぎた。
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