浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「濃厚ドロドロに煮詰めた魚介だし、あっさりめの肩チャーシュー、これまたドロっとした半熟卵にたっぷりのネギ、一匙のニンニク……まさにつけ汁としての最高のハーモニー」
男はひとしきり香りを嗅ぎ、その出来に納得し、仕上げに──
「そして銃!!」
──銀色の銃口を、丼の中に叩きつけた。
手入れの行き届いた得物が浮いた油にまみれてひどく汚れるが、彼はそれを一切ためらうことなく口元に運び、チュバチュバとしゃぶり出す。
「つけ銃……うめえ……ひんやり冷えた
「ククク……相変わらずイカれた趣味だな」
もう1人の男はタバコを吹かしながらそう声を掛ける。
当然だ。
傍から見れば狂人としか言いようがない。
何せ、これらの行為は既に実弾が装填された上で行われているのだから。
しかし、彼は答えた。
「ご心配なく。受けた仕事でヘマはしないんで。「毎朝毎夜懇切丁寧に手入れして、その上で食う。そんで一番美味い銃がその日の仕事をキメてくれる」、俺の長年の経験則っスよ」
「酔狂だな」
「酔狂と言われれば酔狂、でも俺等みたいに技術一つで飯を食ってる連中はそういう拘りが自然と産まれるもんなんスよ。“スモッグ”が自前の研究室を持ってたり、“ナード”が全身を包帯で巻いてるのもそういう拘りの一つっス」
「そうか。では、“グリップ”は?」
「あいつは……一際、変な拘りを持ってまして」
◇◇◇
「……っ! いたぞ……っ!」
先陣を務めていた寺坂は足を止め、後ろへ声を掛ける。
回避不能な展望通路にて待ち構える、長身痩躯の白人。
数ヶ月を暗殺教室で過ごしてきた生徒達の目には、それは十二分に判断できるものとなっていた。
すなわち、その人間が「殺す」側の人間であると。
(この展望通路は狭い一直線、奇襲や数の利は意味を為さない隘路!! くっ、実弾の一つでもあれば話は違ったが、よもやこのような場面が来るとは──!!)
幾つも脳内でシミュレーションを重ね、本調子には程遠い脳を回しに回して策を練る烏間先生。
そしてそれを牽制するように、男は展望通路のガラス窓へと掌を叩きつける。
張り詰めた空気を引き裂く断裂音と共に、ガラスにクモの巣のような亀裂が迸った。
「……つまらぬ。興味を唆られる相手が誰一人としておらぬとは、虚しいぬ。精鋭部隊の教師さえ“スモッグ”にやられてボロボロとはぬ……」
(あのガラス窓、握力だけで割ったのかよ……!?)
(ば、バケモンだろ、あれ……!)
「出てこい。顔くらいは見てやるぬ」
僅かに戦慄く生徒達に、男は姿を現すように促す。
完全に空気を支配されている中、彼らに抗う選択肢はなかった。
そして恐る恐る前に出る生徒達の脳裏には、一つの疑問が浮かんでいた。
(なんか、言える雰囲気じゃないけど……)
(でも、これ……)
(やばい、言いたいけど言えない……)
「あのさ、おじさん“ぬ”多くね?」
「あっは、日本語で頻出する文字じゃねえだろ“ぬ”は」
カルマが言った。
志御が追撃した。
(こいつら言いやがった!)(言ってくれてありがとう!)と視線が2人に注がれた。
「“ぬ”をつけるとニホンのサムライのようで響きが良い。カッコよさそうだから使っているんだぬ」
「へえ。実家はデンマークとか?」
「御名答だぬ。まあ、それを知ったところでどうにもならぬ。元より全員殺すつもりだぬ故」
そう言って指を開いて、閉じてを繰り返す“ぬ”おじさん。
その度に「ゴキッ」「ゴキゴキッ」と先ほどガラスを割ったのに相違無い、殺人的な握力を示すように骨が軋む。
「なるほど……あなたの暗殺道具は「素手」というわけですか」
「そうだぬ。身体検査にひっかかぬ上、何よりも使い慣れた道具だぬ。頭蓋骨を握り潰すのもよいぬが、そんなことせぬとも頚椎を一捻りすればそれで充分だぬ」
「しかし、強くなると人は力を試したくなるものだぬ」と“ぬ”おじさんは生徒達、そして烏間先生を一瞥する。
「それこそ死闘、文字通り、自らの認められる強敵との殺し合いだぬ。だが、今はそれに及ぶ者すらいぬようだ」
もはや力を使う気も失せたと言わんばかりに、ボスやら仲間やらへの連絡を図る彼。
志御はそれを見据えたまま、烏間先生へ小声で持ち掛ける。
「私は行けるぞ。多分烏間先生が回復するくらいの時間は稼げんだろ」
「だが、それは……」
「志御さんにはまだやることあるっしょ。……ここは俺が出るよ」
そう答えたカルマの顔はいつにもまして真剣で、舐めプなど1mmもない、本気の目。
「いいぜ、今回は譲ってやるよ」
「……分かった。無理はするなよ、カルマ」
「もちろん」とおふざけゼロで頷いたカルマは並べられたインテリア、鉢植えの観葉植物を手に掴むと──
「っ──!?」
──それを自然体で窓ガラスに叩きつけた。
巻き込まれた携帯電話が無惨に破壊され、窓ガラスは先程よりも遥かに大きな亀裂で覆われる。
「ねぇ、おじさんぬ。やっぱプロって地味なことの積み重ねなんだね。だってガラスとか頭なら俺でも割れるもん」
「……」
「てか、仲間呼ぶのは大成功だよ。だって烏間先生がいなくても俺みたいな中坊1人であんたの相手なら充分だし」
“侮り”とは違う、明確に相手を自らのフィールドへと引きずり込むための“挑発”。
顎を突き出し、相手を見下すのではなく、顎を引き、相手の芯をまっすぐ見つめるカルマ。
それは敗北を知ったが故の構え。
「いいだろう、試してやる。だが──」
(来た……っ!!)
「得物は、考えて選ぶべきだぬ」
急接近し、観葉植物の幹を容赦無く握り潰すおじさんぬ。
先程の言葉が嘘や誇張でないと、カルマはその身を持って理解する。
そして迫る掌底を、彼はすんでのところで身体を反らして躱した。
(やっぱ現実だとパワータイプは遅いなんてことはない……マジで一発即死の無理ゲー……!!)
「大丈夫かな、カルマ君……」
「心配すんなよ、神崎。あいつ、私の次には強いしな」
(くっそ、やばいなこれ……殺せんせー、いつもこんなことやってんのかよ)
烏間先生のナイフ避け、あるいは殺せんせーの銃弾避け、それを可能な限り再現し、カルマはおじさんぬの攻撃をいなし続ける。
それでも避けきれず、威力を殺してなおじわりじわりと溜まっていくダメージ。
(こんなことなら俺も放課後徒手空拳講座受けとくんだった)と冗談めかした思考がその脳裏をよぎる。
「どうした? 避けるだけでは戦いは終わらぬぞ?」
「いや〜、俺が囮になって、ちょっとずつ皆が進めるスキを作るのもアリかなって思って」
「……」
「大丈夫、今ので諦めた」
そう言って彼は指を鳴らし、改めて構えを取る。
「今度は俺から行くよ。正々堂々、“素手”の“タイマン”で」
「ふっ、良い覚悟だぬ少年戦士。こちらも全力で行かせてもらうぬ」
わざとらしいカルマの宣言に乗り、再び構えを取るおじさんぬ。
しかし、その裏でカルマはバッチリ、E組の方へ後ろ手でこっそりと手招きしていた。
「はっ、やる気じゃん、あいつ」
志御は笑い、ぐぐっと背を伸ばす。
それと同時、カルマvsおじさんぬの第二回戦が開幕した。
「……ほう、中々だぬ」
カルマの回し蹴りを受け止めて笑う彼。
しかしそれに構うことなく、カルマは体格差を活かした縦横無尽なラッシュを叩き込む。
防御、防御、また防御……前半とは打って変わって一方的なカルマのターン。
「くっ……!!」
そして一瞬の隙を突き、彼はおじさんぬの脛を狙い、全力の回し蹴りを叩き込んだ。
いくら殺し屋だろうとそこは弁慶の泣き所、おじさんぬはのけぞり、カルマに背を向けて脚を押さえる。
当然さらなる隙をカルマが見逃すはずもなく、追い打ちをかけようとした、その次の瞬間だった。
「なっ──」
「まさか……っ!?」
「カルマくん!!」
炸裂する、見覚えのあるガス攻撃。
一瞬の靄が晴れると、確かにその手にはあのスプレー缶が握られている。
「一丁あがり、だぬ。なるほど、“スモッグ”が傑作と言うわけだぬ」
「お……おい! そんなの隠し持っといて何が正々堂々だよ!!」
「ずるいでしょ、そんなの!!」
「俺は正々堂々など一言も言ってないぬ。拘りは大切だが、それを優先し過ぎては三流だぬ。そしてこの至近距離でのガス噴射、予期してなければ防ぎようがないぬ」
意識を失ったカルマの顔面を掴み、高く持ち上げるおじさんぬ。
だが、さらに次の瞬間。
「いやー、分かるわ」
もう一度吹き出す麻酔ガス。
今度煙に覆われたのは、おじさんぬの顔面であった。
「な……なんだ……と……」
「いやー、もっとヤバい騙し合い仕掛けてくる奴がクラスにいるからさ、こんなの慣れっこなんだよね」
「ぬ、ぬ……ぬうううぅぅぅ!!!」
しかし彼も烏間先生の領域に足を踏み入れているのか、即座にくたばろうとはせず、服に仕込んだ折り畳みナイフで最後の抵抗を仕掛けるおじさんぬ。
「いいよー」
「……にゅやっ!?」
カルマの掛け声と同時に、その頭部にレジ袋に入った鉄球のような何かが炸裂した。
ゴン、と鈍い音を立て、時間が止まったかのように揺らぐその身体。
「新記録、だな」
そう言って、志御はドヤ顔を浮かべた。
「し、志御さん……!! せ、先生を投擲武器にするのはやめてください……!!」
「良いだろ。手頃な最大火力だぞ」
「っし、じゃ、仕上げといくか」
一戦終えたカルマは想定外の打撃に意識朦朧のおじさんぬの方へE組を呼び寄せ、左右に別れるように指示する。
そして彼の掛け声に合わせ、E組はまるで綱引きのように、右腕と左腕を引っ張った。
「ふぎゃァァァァッッッッ!!!?」
脱臼確定といったダメージに間髪入れず、カルマの持ち歩いている超強力粘着テープで全身を素早く縛り上げていくE組。
おじさんぬが意識を取り戻した時には、その身体は芋虫のようにされていた。
「……見事だった。よく俺のガス攻撃を見切ったな。俺は素手しか見せていなかったというのに……」
「そりゃそうでしょ。相手はプロなんだし、“素手以外の全部”も警戒しなきゃ勝てっこない。素手に拘るような二流三流がこんなところにいるとは思えないしね」
それはまさしく、侮りを捨てた彼の心からの言葉だった。
敵に対する敬意と、惜しみない評価を込めたその発言に、殺せんせーも投擲武器にされたことを忘れて「君はまた、一つの大きな壁を越えましたね」と頷く。
「ふっ……俺の完敗だぬ、少年戦士。一時の戦いではあったが、とても楽しめたぬ」
「へえ、そっか。俺はこれからが楽しみだけどね」
「……え?」
困惑するおじさんぬ。
その手には鼻に詰め込む用のチューブわさびにからし、鼻フック、それらを押さえるための栓、口にぶち込む用の唐辛子の千倍以上の辛さを持つ最凶最悪のキャロライナ・リーパー、さらにそれをたっぷり味わってもらう用の猿ぐつわと準備万端。
「志御さん、そっちもなんかない?」
「あー、濡れタオルとかでいいか?」
「おっけ、それでいこ。ってことで頑張ってね、おじさんぬ」
その夜、無秩序なホテルに、とある殺し屋の悲鳴が響き渡った。