浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話 作:あるふぁせんとーり
「クッソ、どいつもこいつも……」
僅かに口に残る出汁の風味。カルマは校舎の外で風を浴びながら呟いた。
殺せんせーへの嫌がらせのために朝市にまで足を運んで買ってきたタコ。渚からの情報では殺せんせーはタコを気に入ってると聞いたから目の前で殺せば少しは動揺するだろうという算段だったが、カルマの予想に反して殺せんせーは動揺するどころか自衛隊から奪っておいたミサイルとドリル状になった触手で、鰹節の躍る見事なたこ焼きを作り上げる始末。そしてそれをマッハ20でカルマの口に放り込み、「ヌルフフフ、朝食も食べていないようでは健康優良暗殺者には程遠いですねぇ」と殺せんせーはニヤニヤ笑う。
「カルマ君、先生は錆びて鈍った暗殺者の刃を見ると手入れせずにはいられないんです」
「……!」
「今日一日、本気で殺しに来て下さい。その度に先生は君を磨いてあげます。放課後までには心も体もピッカピカになりますよ」
「ヌルフフフ」と珍妙な笑いを浮かべてはいたが、纏ったその雰囲気は得体の知れなさを改めてカルマに直感させた。
◇◇◇
一限目、数学。
殺せんせーは黒板にサラサラとタコマークを交えながら整数問題の解法を記していく。
「そしてここで余る「−1」!厄介極まりありませんが、これが後々重要なパーツになるので無碍に扱ってはいけませんよ」
「……っ?!」
「いけませんねぇ、カルマ君。銃を抜いてから撃つまでが遅すぎます。」
手元では解法の続きを書き続けながらも、殺せんせーの触手は引き金に指を掛けたカルマの左手に絡みつき、丁寧にエアガンを奪っていく。しかも綺羅びやかなネイルアートまで添えて。「これでまず爪は綺麗になりましたね」と言う殺せんせーに、挙手して「私もネイル入れてくれよ」と口を開く志御。他の女子生徒も、「私も私もー!」と次々に手を挙げていく。「では休み時間に殺しに来て下さい」と殺せんせーは笑った。
「……とまああらビックリ!ここでさっきの「−1」を使うことで「二乗−二乗」を作ることが出来ました!これで──」
「……ちッ」
キラキラと輝く左手を忌々しげに眺め、カルマはいかにも不機嫌そうに頬杖を突いた。
◇◇◇
二限目、社会科。
「今日は折角ですし、実際に環境に優しいものを探してみましょう」と殺せんせーは生徒達に校舎内で探してくるように促す。立ち歩く生徒達の中、いつものようにふてぶてしく足を組んだカルマは殺せんせーに「ちょっと教科書で分かんないとこあんだけどー」と殺せんせーを呼んだ。
「おや、君でも分からないとは珍しいですねぇ」
「そうそうー」
歩いてくる殺せんせーに、カルマは(掛かった)とニヤリと笑った。カルマには「殺せんせーはチョロい」という先入観が未だ残っていた。故に、同じ手も二回程度なら通用する、彼はそのように判断した。床にはまた散らばったBB弾。順当に行けばこの前と同じようにパチュン。一発入れれば後は流れがこっちに来る、そんな確信を持ってカルマはひらひらと殺せんせーに手招きする。「懲りねえなコイツ」とお題に沿ってる気がする空のペットボトルを申し訳程度に用意した志御は机に突っ伏して隣からそれを眺めていた
「……なんてね」
そして殺せんせーが机一つ二つ程度の範囲に入った瞬間、カルマはナイフを引き抜いた。無論避けられるであろうが、この距離なら想定内。むしろ手入れのために近寄ってきさえすれば確実に足元のBB弾を踏む。「ハマった」と確信するカルマと「バーカ」と嘲笑う志御。予想を当てたのは志御だった。
「……!」
「いけませんねぇ、カルマ君。先生に同じ手は通用しません」
そこにいたのはほうきとちりとり、そして志御の机に置いてあったはずのペットボトルに詰まった大量のBB弾を持った殺せんせーだった。カルマはそこでようやく、目の前の
「皆さん集まって下さい!カルマ君が模範解答を出しましたよ!」
「えー」
「マジー?」
「意外と真面目に受けてんのな」
そんな声とともに生徒達が教室に戻ってくる。カルマの苛立ちはその声でまた増した。
「そう、先生が見つけてほしかったのは対先生用BB弾!実はこれ、バイオ素材で作られているんです!」
「……!だから外で射撃訓練が出来るのか……!」
「そういうことです、磯貝君」
「何が授業お構いなしだよカルマくーん」という寺坂達の嘲笑にカルマは飲み終わった紙パックを思いっ切り握り潰した。
◇◇◇
三限目、美術。
カルマは事前に対先生BB弾を溶かして混ぜ込んだ特製絵の具を用意してきていた。後は絵を描く振りをして誰かにそれをぶっかけて、それを拭き取った殺せんせーがダメージを受けるというシステム。これはそれなりに上手くいく自信があったが、「ヌルフフフ、それでは発色がよくありませんねぇ」と殺せんせーにちゃんとした絵の具にすり替えられて敢え無く失敗に陥ってしまう。「おいおい、授業半分終わってんぞ?」と一つ前の席の奥田愛美の肖像画を描きながら笑う志御。カルマは何も言わず、苛立ちも隠さずに教室を出ていった。
◇◇◇
四限目、技術家庭科。
中華風たまごスープを作ろうという中々尖った実習に、20分ほど経ってから戻ってきたカルマ。三角巾とエプロンに身を包んだ生徒達の中、カルマ一人だけが普段通り。「悪い予感すんなぁ」と呟きながら志御が味覇を舐めていると、カルマは「うーん、なんか違うんだよね……」と味見をしながら呟く不破優月に「じゃあ作り直せば?」と声を掛ける。
「作り直す?」
「そう。こんな感じで──!」
思いっ切り振り下ろされた右腕が片手鍋の柄に直撃すると、不破はにわかに目を見張る。テコの原理で宙を舞う熱いスープは丁度近くを通った殺せんせーに降りかかる。カルマの最も得意とする、目眩ましからの奇襲。いつものように袖に隠していたナイフを思いっ切り殺せんせーへ向けて振り抜いた、その次の瞬間だった。
「……?!」
「エプロンを忘れていますよ、カルマ君。それとご安心を、不破さん。スープは全てスポイトで私に掛かる前に回収しました。あと砂糖も足しておきましたよ」
「……お!それっぽさ出てる!」
不破が「そうそうこれこれ!」と満足そうにする中でカルマは僅かに顔を赤くした。いつの間にか着せられていたのは新婚の主婦がギリギリ着るか着ないかといった感じの花柄、フリル、ハートという数え役満なラブラブエプロン。誰かの吹き出す音や「かわいー」という声に聞こえないふりをしながら、カルマはそれを床に叩きつけた。一部始終を「超おもしれー」と志御は録画していた。
◇◇◇
五限目、国語。
教科書に載っている小説を音読する殺せんせーと、その箇所を目で追っていく生徒達。結論から言えば、カルマは何一つ行動を起こすことは出来なかった。その理由を、クラスの殆どが理解していた。
「「──私がそんな事を考えている間にも──」」
「……!」
額を抑える触手。カルマは立ち上がれなかった。殺せんせーは確かになんか妙に小物っぽいところがあったり、ドジもやらかすし、慌てるとクッソ情けない。けれど、それでも。例えどれだけ騙し討ち、暗殺に長けていたとしても。
「「──赤蛙はまた失敗して戻ってきた」」
「……」
「「私はそろそろ退屈し始めていた。私は道路からいくつかの石を拾ってきて──」」
警戒モードの殺せんせーを、殺すことなど不可能だと。
◇◇◇
六限目。
カルマは出なかった。E組の校舎が位置する山、その崖で彼は苛立ちで爪を噛み、考え事に耽っていた。
「先生……先生か……」
その頭にあったのはかつてのカルマの担任であり、現3-Dの担任の大野という男だった。事あるごとに「お前は正しい」とカルマを庇い、「確かにお前はケンカっ早いし問題行動も多い。だが、お前が正しい限り先生はお前の味方だ」、なんてことを言っていたのをカルマは思い出す。そして大野と殺せんせーを比べ、「ああ、俺が殺してやるのさ」と眼下を見下ろして呟いた。
「……無理だよ、カルマ君」
追いかけてきた渚が声を掛ける。殺せんせーにマークされてる状態じゃ絶対にどうやったって殺せない。皆で少しずつ殺っていこうと。カルマは答えない。さらにそこへやってきたのは
「さて、カルマ君。今日先生はカルマ君をピカピカに磨いたつもりです。しかしまだ手入れをされ足りないというのならまだまだ殺しに来ても構いません」
「そこはお任せしましょう」と舐め腐った緑のしましまでニヤける殺せんせー。カルマはスッと立ち上がると、殺せんせーに一つ問いかけた。
「殺せんせーってさ、先生だよね?」
「はい、その通りです」
「先生ってさ、いつでも生徒を守ってくれるんだよね?」
「もちろん。それが先生ですから」
「そっか。……ああ、良かった」
そう言ってカルマはエアガンを構える。「この距離じゃ絶対当たらないのに……?」と僅かに首を傾げた渚の予想を裏切り、カルマはその右足をポンと蹴り出した。
「じゃあ俺の勝ちだ」
僅かに遅れ、渚は驚愕した。目を見開き、崖下へ落ちていくカルマの姿がその目に映る。カルマは全てがスローモーションになる中で思考した。もし助けに来れば、俺が撃って殺せんせーは殺される。もし助けに来なければ、俺を見殺しにして殺せんせーという「先生」は殺される。どっちに転んだって俺の勝ちだ。カルマは確信した。そして感覚を侵食していく視覚、聴覚。これが走馬灯か!とカルマは極限の興奮状態だった。
いじめられていた先輩がいて、いつものようにケンカを売ったこと。助けた先輩がE組だったこと。ボコした先輩がA組だったこと。そして、あれだけ言ってた先生が俺を責め出したこと。「こいつは俺を見てたんじゃなくて俺の「成績」を見てたんだ」、そう気付いてしまったこと。その時、俺は人は生きながら死ぬことを知った。何もかもに絶望すれば、俺にとってそいつは死んだのと変わらない。ぐちゃぐちゃになった担任の部屋と共にそんなことをカルマは思い出す。そして今に意識を戻し、カルマは最大限に意識を尖らせた。殺せんせーは死んで死ぬのか、生きて死ぬのか。「俺が殺してやる」、そう口にしかけたところで、カルマの脇を遥かに素早い何かが飛び込んでいった。
「……え?」
そしてほんの僅かな隙間の後、カルマはベタついたトランポリン、蜘蛛の巣のようなものに絡め取られた。身体の動きが止まり、その気配で自分が殺せんせーに助けられたことに気が付いた。
「全て計算ずくの暗殺、お見事です、カルマ君」
「……」
「音速で助けるのは君の肉体が耐えられない。かといってゆっくり助けては撃たれてしまう。というわけでの先生ネバネバモード解禁です」
「……くっそ、好き放題かよ……」
「ヌルフフフ、こんなに近くに撃ちやすい先生がいるのにこれでは撃てませんねぇ」
僅かに目を吊り上げながらニヤニヤと笑う殺せんせー。けれど、優しい目に戻って付け足す。
「言っておきますが、先生に生徒を見捨てるという選択肢はありません。いつだって助けますから、好きな時に飛び降りちゃって下さい」
そう言う言葉と笑顔は妙に優しくて、カルマは「はっ」と小さく笑った。ダメだ。死なないし殺せない。先生としてはもっと殺せない。俺の負けだ。
そして殺せんせーに抱えられ、カルマは崖上に戻る。渚は「わっ」と驚きながらも、無事で良かったとカルマに声を掛けた。
「にしても、随分無茶したね……」
「いやあ、流石に今のは決まったと思ったんだけどなぁ……」
「おやおや?ネタ切れにはまだまだ早いでしょうカルマ君。先生はまだまだお手入れするつもりだというのに」
「チョロいのはお互い様のようですねぇ」と相変わらずのニヤけた笑みを浮かべる殺せんせーにカルマは再び殺意が湧いてくるのを感じた。けれど、さっきとは違う、少し爽快な殺意が。
「安心してよ。殺してやるから」
そう言ってカルマは自らの首をピッと親指で掻き切る。「良い殺意ですねぇ」と殺せんせーは顔に大きな丸を浮かべた。
「じゃ帰ろうよ渚君。コンビニとか寄ってさ」
「……にゅやッ?!それ先生の財布じゃないですか?!」
「だからジェラートもそうだけど大事なものはほっとくなって」
そう言ってカルマは財布を投げ返す。受け取った殺せんせーが中身を確認するとからっぽ。「ちょっ、中身も!!」と焦りまくった情けない自らの先生に「ええー?」と面倒そうにカルマは除いていた中身も投げ返した。
「じゃーね、先生」
そう言って渚と共に帰路に着いたカルマ。しばらくして山の中腹当たりで、渚はカルマの手に小銭が握られていることに気が付いた。
「結局盗ったんだ……それで何か買いたいものとかあるの?」
「うーん……あんぱんかなぁ」
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