浅野学秀の双子の妹がエンドのE組に入った話   作:あるふぁせんとーり

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第9話 プロの時間

「ああ、こちらにいらっしゃったのね、殺せんせー!」

 

 そう言ってイリーナは生徒達とともにゲーム中の暗殺がアリというシンプルなサッカー、暗殺サッカーを楽しんでいた殺せんせーに声を掛ける。志御は「そっちから化けの皮剥がしてくんのかよ」と自らのところで止まったボールを慣れた足捌きでリフティングしながら呟く。「やっぱビッチは違うねー」とカルマは志御が浮かせたボールをトラップし、額に乗せてバランスを取りながら言った。他のクラスメイトはそこまでは口にしないが、それでもどこか不審がるような様子でイリーナを見ている。

 

「烏間先生から伺いましたの、殺せんせーがとってもお速いって!」

「ヌルフフフ、それほどでもありませんがねぇ」

 

 「流石のぬるぬるボディ、スペックまで高いなんてますます好きになっちゃいます♡」とベタベタするイリーナ。「いえいえ大したものでは」と謙遜の言葉を言いつつもデレデレとする殺せんせーに誰もが(嘘つけ!)と総ツッコミを入れる。普段あれだけイキっといて何を言う、と。そしてイリーナはわざとらしい猫なで声で「実は殺せんせーに一つお願いがあって……」と切り出した。

 

「私、ベトナムコーヒーっていうのを一度飲んでみたいの。でも本場は中々行く機会が作れなくて……どうか頼まれてくださらないかしら?」

「その程度でしたらお安い御用です。オススメの店がありますから是非ごちそうしましょう」

 

 そのお願いを二つ返事で引き受けた殺せんせーはあっという間に空の彼方へ消えて行く。そしてその背を見送っていたイリーナに志御は「おいおい」と嘲笑うように声を掛けた。

 

「ベトナムコーヒーなんかで良いのかよ。ブラジルコーヒーとかの方がオススメだぜ?」

 

 ニヤニヤと笑う志御にイリーナは小さく舌打ちをする。

 

「片道約4000km、購入込みで所要時間約25分。身の上話には些か短いだろ、ビッチ先生」

 

 志御がそう言うと同時に、キーンコーンカーンコーンと鐘が小さく聞こえる。「ほら、次英語でしょ?俺等バカだから早く頼むよー」と重ねるカルマに、イリーナは露出の多いスーツのポケットから取り出したタバコに火を付けながら「ああ、授業?」と聞き返す。明らかにその顔つきはさっきまで殺せんせーにベタベタしていた見る目のない女ではなく、一人の仕事人のような鋭いものだった。

 

「そんなのやらないわよ。各自適当に自習でもしてればいいわ」

「……?どういうことですか?イリーナ先生?」

「それと、ファーストネームで呼ばないでくれない?私あんたらと仲良く先生するつもりとか一切無いから。どうしても呼びたいなら「イェラビッチお姉様」とでも呼ぶことね」

 

 そして彼女は明かす。自分が国と契約して殺せんせーを殺すために訪れたプロの殺し屋であること。今まで軍のトップやら国の幹部やらを世界中で殺してきた実績があること。E組と仲良くするつもりは一切無いこと。クラスに不信感が漂う中で、「剥がれたねぇ、化けの皮」といつもの薄ら笑いで言うカルマと「ああ、薄っぺら過ぎて腹壊れるぜ。ビッチ姉さんに変更だな」とケタケタ笑う志御。

 

「でさぁ、ビッチ姉さん。一応先生って名目で来てんでしょ?なら授業しないとマズくない?職務放棄でしょ」

「そうそうビッチ姉さん。理事長にクビ切られて暗殺失敗とかクソダセぇにも程があんだろ」

「ガキが舐めんじゃないわよ。大人には大人の殺り方が……って略してんじゃないわよ!!」

「ごめんごめーん、ついビッチにしか見えなかったから」

「逆にもうちょい略しとくか?一周回って好きになるかもしんないぜ?」

 

 プロの殺し屋相手にも全く物怖じしないどころかいつもより楽しげにからかう二人。「じゃあビッチまで行く?志御さん」「完璧だな。必要な情報全部ある」と顔を見合わせて笑う二人に「二人共分かってるのかしら?」とイリーナは口を開く。

 

「あんたらの目の前にいるのは二桁殺した本物の殺し屋よ。口の聞き方には気をつけることね」

「あっは、なにそれ脅しか?未来ある若者一人殺してついでに百億円、なるほどお買い得って訳だ」

「言ったでしょ、大人には大人の殺り方があるのよ」

 

 そう言うと、イリーナは「じゃあ見せてあげるわ」と言って、口に手を当てて笑う志御に近づいていく。「悪い予感すんなぁ」と彼女に目を合わした志御。そしてイリーナは志御の顔に手を伸ばすと自らの口に寄せ、「おい初めてなんだが?」と口にしようとした志御の、若いながら艷やかなその唇に、柔らかく舌を挿し込んだ。

 

「……?!」

「何?!」

「なんで?!」

「おー」

 

 ねっとりと舌同士を絡み合わされるようなディープキス。柔らかく激しい刺激が口腔と舌を伝って志御の脳内を刺激する。思わず目を閉じる者、目を手で隠す者、でも指の隙間からやっぱり見ちゃう者、そっぽを向く者、赤くなりながらも見ている者、ニヤニヤしながら見ている者とクラスメイトも十人十色だったが、中身はどうであれ、育ちの良い顔立ちの良く整った美少女が金髪美人に為すすべなく辱められ、顔を真っ赤にする様子は、ほとんどのクラスメイトを何かイケナイものを見ているような気分にさせた。

 そして余りにも長い数秒が経過し、およそ三十ヒットをキメたその唇と唇が僅かに粘液の橋を掛けながら離れる。志御は何かに目覚めたかのように顔を赤くしながら、力の抜けた右手で徐ろに口元の唾液を拭った。

 

「……っ、やっばぁ……♡」

「あら、私のキスで堕ちないとか結構才能あるわよ」

 

 「志御さんそっちもイケたんだねー」と声を掛けるカルマに「ドアノブくらいには手ぇ掛けてるかもな」とその言葉を否定せず、志御はゆっくりと吸って吐いてしながら答えた。

 イリーナはその間に生徒達を見回すと、立っている水色の髪を二つ結びにした少女っぽい少年に気が付き、「あんたが潮田渚ね?」と近づいていく。「まさか」と渚が僅かに後退りしようとするが、その手と唇はガッツリと渚を捉え、捕らえていた。

 

「……?!……、……、…………」

「……こんなもんよ」

 

 そして志御と同様の三十ヒットを叩き込まれた渚は魂が抜けたようにぐでっとその場に倒れ込む。そしてイリーナは力の抜けた渚の顔を自身の胸に押し付け、耳元で「後で教員室。あんたの集めた奴の情報、一つ残らず聞かせてもらうから」と囁く。解放された渚はその場に腰から崩れ落ちた。

 

「他のもよ。良い情報持ってる奴は私のところへ来ること!お礼はきっちりしてあげるわ。お望みならオトコだって貸してあげるんだから」

 

 そう言ってイリーナが手を挙げると、入口の方から何人かの屈強な男達がE組の校庭に足を踏み入れる。その顔ぶれに、徐々に意識の戻ってきた志御は「やっぱ東欧……ユーゴスラビア辺りか」と冷めてきた顔、額を抑えて呟く。

 

「技術、人脈、全て揃えて使いこなすのがプロの仕事よ。分かったらガキは大人しく指を咥えて見てると良いわ。もし私の暗殺の邪魔したらその時こそ……」

 

 胸の中にイリーナは手を入れる。そして取り出した小さな拳銃を向け、はっきりと言い切った。

 

「殺すわよ」

 

 そう言い放ってイリーナは男達を連れて向こうに去っていく。

 何も違っていない。言葉も、取り巻きも、テクニックも、雰囲気も、本物の殺し屋。見ていた誰もがそれを直感する。彼女は、彼女こそが「本物(プロ)」なのだと。だが、それと同時に誰もがこうも思った。「この先生は、嫌いだ」と。

 

「……キス以外はな」

「ドハマリしてんじゃん志御さん」




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