宝石の国Any%RTA フォス生存&月人消滅チャート   作:あじまる

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#9.5 玻璃のモラトリアム

 

 初めは、ほんの気まぐれだった。

 

 

 あの日の俺は、日も落ちてみんなが眠りについたあと、”ゴースト”の体を内側から動かして部屋を抜け出しあてもなく廊下を歩いていた。

 

 

 何をする訳でもないんだが、日頃は存分に体を動かしてんだから、たまには俺が使わせてもらっても構わないだろ?

 

 

 問いかけても返答は無い。そりゃそうだ、こちとら”ゴースト”が完全に眠りにつくタイミングを狙ってたんだ。こんな事でせっかくの自由な時間を奪われちゃ困る。

 

 とはいっても、俺には仲のいいヤツもいない。みんなは”ゴースト”には話しかけても、中にいる”俺”には話しかけてこないからな。唯一俺を見て、話しかけてくれたのはラピスだけだったが、そんなアイツも連れ去られて久しい。

 

 ふと、ラピスに本を読んで貰っていた事を思い出し、懐かしくなる。

 ...どうせ誰もいないんだ、前に読んでもらった本でも探すか。

 

 そう思い立って、階段を降りて図書室へと向かう。角を曲がって目前まで来た俺は、妙な足取りで図書室へと入っていく白い宝石を見て足を止めた。

 

 …なんだコイツ?

 こんなヤツいたか...ああ、そういえばかなり前に先生が、新しい仲間を受け入れたとか言ってたか。全然部屋から出てこないから忘れてた。

 

 それにしても、なんで今になって抜け出してきたんだ?そんで、なんで図書室に?

 

 気になった俺は、後をつけて図書室へと入る。白い宝石はガサゴソと本棚を漁っては、表紙も見ずに本を床へと重ねていく。それを見て思わず俺はソイツの手を押さえた。

 

「おわ!...むがが」

 

 馬鹿野郎、声を出すんじゃねぇ!

 ゴーストが起きたらどうすんだ!

 空いている手で本を口元へと押し当て、指で口を閉じるよう示す。こちらのジェスチャーが通じたのか、白いアホはコクコクと頷いた。

 

 ったく、こんなに本をだして、誰が直すと思ってんだ。まあ俺じゃなくて”ゴースト”が直すんだが。

 

 そういや最近本の位置が入れ替わってることがやたらと多かったな。原因はコイツか。

 

 俺の非難するような目を受けてか、白いのは必死に身振りで本を読む仕草をしている。

 まあ、こんな時間に本を読みに来るぐらいだ。おおかた先生から部屋から出ねーように言われてんだろう。

 

 …一瞬、コイツに俺自身が重なって見える。”ゴースト”の檻に囚われて、誰にも見つけて貰えない俺と、教室に閉じ込められているコイツ。似たようなモン同士が夜に集まったとは、皮肉だな。

 

 

 落ちていた本をいくつか拾って、未だに本を指して踊っているアホに、簡単な詩集を投げ渡す。目を丸くして本を受け取ったアホの服を引っ張って窓際に連れていき、座る様に促す。

 

 大人しく座った白いのの横に腰掛けて、先程取ってきた本を開いて目線を落とす。横からは困惑した様な空気が伝わってきたが、そのうち窓際にはページをめくる音が響くのみになった。

 

 

 

 

 

 

「ありがとー!そろそろかえうごごご」

 

 

 どれくらいそうしていただろう。不意に叫んだアホの口に丸めた本を突っ込み黙らせる。コイツホントにアホだな。ぺしぺしと寝間着を叩いてくるので、遊ぶのも程々にして口から本を抜く。

 アホは口をもごもごと動かしたあと、やかましい動きでこちらに頭を下げ、図書室から出ていった。

 角を曲がって姿が見えなくなるまで見守ったあと、散らかった本を片付けようと立ち上がった俺の口から、よく知った声が響いた。

 

 

「ねぇ、さっきの子、初めて見るね」

 

(...いつから起きてたんだよ)

 

「君が部屋を出たあたりかな」

 

(最初ッからじゃねぇか!なんで返事しねぇんだよ!)

 

「だって、返事したら不貞腐れるでしょ?」

 

(だからって覗き見はいいってのか?)

 

 

 俺の表層を覆う透明な兄弟にうんざりしつつ、力を抜き身体を明け渡す。一瞬の浮遊感と共に、身体がぐっと踏ん張り、不満気な声が聞こえてくる。

 

 

「片付けはしてくれないの?」

 

(起きてんならお前がやれ。図書室管理は”ゴースト”の仕事だろ)

 

「僕たち二人でゴーストでしょ?」

 

(チッ...うぜぇな。こっちだって好きでお前の中に居るんじゃねぇ)

 

 

 こちらの声を無視して本を片付けていた”ゴースト”は、不意に手を止めた。

 

 

「...案外優しいのね」

 

(あん?何の話だよ)

 

「さっきの子、追い出しちゃうかと思った」

 

(...しねえよ、そんなこと。アイツだってこんな時間に抜け出して来てるんだ。それに、ゴネられたら俺が困る)

 

「あの子の事、気に入ったの?」

 

(いーや全く、見てるだけでもアホになりそうだ。あんなのがここに居座るとラピスも浮かばれねーだろうよ)

 

「あら、でもさっきあの子に渡した本、ラピスに読んでもらった本よね?」

 

(.........どうせ内容も覚えてんだ、今更読む必要もねえ。あんな中身の無い本、バカにはお誂え向きだろ)

 

「君のそういう素直じゃないとこ、ほんとイヤ」

 

(俺もそういう厚かましいところ嫌いだぜ)

 

 

 軽口もそこそこに本を片付け終わり、”ゴースト”は部屋へと戻り始める。せっかく見つけ出した俺一人の時間がパーだ。

 

 

 …本当にうんざりする。

 どうして俺だけこんな目に会わなくちゃならないんだ。俺だって、みんなみたいに自由に動いたり、話したりしたい。

 

 

「...ごめんね」

 

 

 俺の考えはもう一人の自分にも伝わっているようで、取って付けたような言葉をかけてくる。いや、言葉だけじゃない。こちらを想う気持ちも、疎む気持ちも、同じ様に綯い交ぜになり伝わってくる。それがどうしようもなく不愉快で、俺はだんまりを決め込む。

 

 自分の気持ちすら覗き見られている不快感。それはあっちも同じだろうが、それでも俺は...

 

 

「ねえ、しばらくの間、夜の図書室を見回りしてみない?」

 

 

 突然”ゴースト”が話を振ってくる。

 虚をつかれた俺は少し面食らったあと、つっけんどんに返事をした。

 

 

(どういうつもりだ?あの白いのか)

 

「ええ、あの様子じゃまた来るだろうし。こっちで案内してあげたほうが、昼間の片付けも楽になるわ」

 

(そりゃそうだが、俺たちが休む時間が無くなる。ほっときゃ問題ない)

 

「でもあの子の事、心配だわ。眠いのは少し辛抱すれば平気よ」

 

 

 …結局こうなるのか。

 俺が何を言おうと、最後にはこいつのくだらない優しさに付き合わさせられる。

 

 本当に、うんざりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい。ほわいと、だいやもんどです。よろしくおねがいしま!」

 

 

 

 あれから十年間、ついぞ俺が自由に体を動かせる時はこなかった。いや、元から俺に自由なんて無かったのか。あの時も、俺が動き始めた時から”ゴースト”は起きていやがった。

 

 ”ゴースト”は十年間の間、甲斐甲斐しくアホの世話を焼き続けた。と言っても話しかけたりしてやったわけじゃない。せいぜい本を選んで渡してやるぐらいのことだが、アホはみるみる”ゴースト”に懐いていった。それは、アイツの接触禁止が解除されてからも変わらなかった。

 

 

 

「はーい、どちら様で...あらダイヤと、ホワイトね。昨日ぶり」

 

「うん、きのうぶり!あのね、ものしりなひとにききたいことがあって、それでゴーストのところにきたの」

 

 

 

 

 

 

 あの時、気まぐれで相手をしてやるべきじゃなかった。もうアイツは”俺”を見ちゃいない。アイツの中では、助けてくれたのは最初っから”ゴースト”なんだ。

 

 

 

「…今度からは昼に来てね。僕も手伝ってあげやすくなるから」

 

「うん、ゴースト、ありがとう!」

 

 

 

 …気に食わない。能天気なアイツも、俺から何もかも取り上げる兄弟も。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...あら、ホワイト?図書室以外で会うのは初めてだね。何か御用?」

 

「あのね、ゴーストのところにいきなさいって、こえがきこえたの。おはなし、きいてくれる?」

 

「.........ええ、どうぞ」

 

 

 仕事を上がり、寝間着に着替えて自室の掃除をしていた俺たちの所へ、アホのホワイトがやってきた。と思えば、開口一番訳の分からん事を言い出した。

 “ゴースト”が小声で問いかけてくる

 

 

「…ねえ、この子、もしかして…」

 

 

(俺たちのような身体じゃあるまいし、声なんて聞こえるわけないだろ。これ以上コイツに深入りするのはやめた方がいい。あの役立たずとつるみ始めてからまだ二、三日しか経ってないのに、コイツらは問題を起こしすぎる。絶対に厄介事だ)

 

「でも、ほっとけないわ」

 

 

 ぶっきらぼうに言った俺の心の内を知ってか知らずか、”ゴースト”は続けて質問した。

 

 

「.........ねえ、ホワイト、あなたの言うその”声”って、もしかして、身体の内側から聞こえてきたりする?」

 

「うん、よくいきすぎぃ!とか、あぁ〜だめだめだめとかさけんでるよ」

 

「そ、そうなんだ。結構個性的ね...」

 

 

 …アホの中身は相当アホな性格らしいな。

 

 

「あとはね〜、たすけて、わすれたくない、せんせい、って、いろんなこがさけんでたよ」

 

「っ...!.........それ、どういうこと?」

 

「んーわかんない!でも、せんぱいがたすけてくれたの!いまは、みんなねむってるよー」

 

 

 何?ひとりじゃないのか?

 …そういや身体から金属が吹き出したとか、急に胴体が穴だらけになったとかルチルが言ってたか。しかも、その声…まさか、俺のように体に閉じ込められてんのか?

 

 今更ながらに、俺をコイツと重ねた事を後悔する。何が似た者同士だ、コイツと俺は端から違う。

 

 コイツは「檻」だ。

 表層の兄弟と同じく、自由を奪い、我が物顔で利用する。

 心が急速に冷えていくのを感じる。だが、罵声を浴びせようとしても透明な”檻”によって塗り固められた口は動かない。

 

 

 

「あっ、そうだ!それでね、そのこえが、せんぱいをたすけるために、ゴーストのたすけがいるっていうの。ぶき?がいるんだって」

 

 

 

 

 ほぉ、殊勝な心掛けだな。だが、違うな。

 お前の”中身”は、お前の意思を拒めない。俺のようにしっかりとした自我は持っちゃ居ないんだろう、お前の願いを叶えるように、無意識に動かされて言葉を発しているに過ぎない。

 

 

 

「...ねえ、ホワイト」

 

「んー?」

 

「あなたは.........その”声”のこと、どう思ってるの?」

 

「んー.........ときどきひどいこというけど、でも、ぼくができないこと、てつだってくれるから、すき!」

 

 

 

 

 手伝ってくれる、だと?

 はっ、嫌嫌に決まってんだろ。

 お前の中のヤツらだって、出来ることなら逃げ出したいだろうさ。だが、俺ら”中身”はいつだってお前ら”外側”に縛られ、自由は無い。

 

 

 冷えたと思っていた心の奥底から、ふつふつと熱が湧き上がってくるのを感じる。

 それを悟られないように、理路整然ともう一人の自分へ声をかける。

 

 

 

 

(おい、コイツは先生から禁止されているってのに戦うつもりだぞ。しかも、もう既に二回も連れ去られかけてる。ここで俺たちが武器を渡せば、みすみす攫われる隙をくれてやったことになるぞ。お前は仲間を月人に売るつもりか?)

 

 

 

「うん、わかってる、でも.........」

 

 

 

 

 “ゴースト”は少し考えた様だったが、直ぐに口を開いた。

 

 

 

 

「ホワイト、ついてきて」

 

 

 違う!

 お前は何もわかっちゃいない!

 

 

 叫ぼうとするも声は出ない。俺の口は”ゴースト”に覆われており、どう動かそうとも動かない。

 

 

 俺たちの後ろからついてくるホワイトの目は”ゴースト”を見ている。

 

 

 

 ………誰も俺を見ようとしない。

 

 俺はここに居るのに。

 

 俺にだって心があるのに。

 

 まるで居ないかのように扱う。

 

 俺はお前の道具じゃない。

 

 

 掘り起こした剣を振り、無邪気に笑うホワイトを見て。荒れ狂う心を抑えつけながら、もう一度兄弟へと声をかける。

 

 

(わかってんのか!このままマトモに戦えないコイツが外に出たら、間違いなく攫われる!そうなりゃコイツの中にいる”声”も道連れだ!バカの思いつきに付き合わせて、助かるはずだったヤツまで連れ去られるのをただ眺めてろってのか!止めるなら今しか無いんだぞ!)

 

「.........うん、そうね。それは、僕も同じ気持ちだよ...でも...」

 

 

 …ああ、わかってたよ。

 

 そうだ、ハナっから、コイツは”使う側”だもんな。”道具”の言うことなんて聴かないもんな。

 

 

 …わかってたよ!!!!

 

 

「…だめよ!」

 

 

 心の内から湧き出る熱に身を任せ、”檻”を破るべく全身に力を込める。いつもならここまで力を出すことは無い、だが…!

 

 

 動かないはずの腕が、足が、動く。

 そのまま、棚の隙間に隠した大鎌を取り出し、激情のまま背を向けたホワイトへと斬りかかる。

 

 

「ホワイト、避けて!」

 

「おわ!っと」

 

 

 

 一撃目を外し、再び斬りかかろうとした所で、再び透明な檻が俺を閉じ込めようとする。そうはさせまいと全力で押し返す。

 

 

「っ!この、勝手しないで…!」

 

(勝手だと?………もう、たくさんだ!俺は、俺たちはお前らの道具じゃない!!俺たちは、ここに居る!!俺を、見ろ!!)

 

 

 透明な檻にヒビが入り、兄弟の気配が揺らぐ。

 

 

「...逃げて!僕の内側の子、あなたを割るつもりみたい!もう、抑えられない...!」

 

 

 その言葉を最後に”檻”は崩れた。

 

 フロアに風が吹き抜けるのを感じる。

 この身体で、感じている。

 

 

 ああ、

 

 待ち望んだ、

 

 自由だ。

 

 

 

 

 すぐに、お前らも自由にしてやる。

 

 今までどうやっても動かなかった手が、足が、口が、思い通りに動く。砂埃ごと”檻”の残滓を振り払うように大鎌を薙ぐ。こちらへ向けて剣を構えるホワイトへ突きつける。

 

「…いくぞ?」

 

 

 

「いくよ!」

 

 

 硬度十のヤツを砕くには、いつものやり方じゃ力不足だ。

 

 大鎌を背中にまわし、背を軸に折れる寸前まで力を込める。宙を舞い、すり抜ける”ゴースト”のやり方とは違う、いつか本で見た、大鎌を使っていた宝石が編み出した古い構えだ。

 右手を離し左手で振れば、内に潜り込んだ敵を素早く刈り、左手を離して右手で振れば、反り返った柄の反動により高速で遠間の敵を刈る。

 

 間合いに入った時がお前の最後だ。

 

 

 こちらの顔へ真っ直ぐ剣を突きつけるホワイトは、その振る舞いに似つかわしくなく、待ちの姿勢を見せている。

 

 …中のヤツの入れ知恵か?

 

 待ってろ、今その檻を砕いて、そこから自由にしてやる。

 

 

 逸る気持ちを抑えきれず、じわじわと距離を詰める。応じるようにホワイトは後ろへと下がる。

 

 

「どうした?剣を欲しがる癖にビビって動けませんってか?だったら、尚の事お前をここから出す訳にはいかないな」

 

 

 こんな無責任なヤツ、外に出す訳には行かない。口だけのヤツは薄っぺらな期待を振りまき、みんなを疲弊させ、壊す。

 断言していい。

 コイツは辺り構わず周りを巻き込んで道連れにする、そんな気配を纏っている。

 

 

「むー...」

 

「はっ、下がるだけか?それで相棒を守れる訳ねぇだろ」

 

 

 俺の煽りにも動かず、ホワイトは淡々と後ろへ下がり続ける。動き続けていた足が、壁にぶつかって止まった。

 

 

「どうするよ、もう逃げ場はないぜ?」

 

 

 とは言ったが、心の冷静な部分で分析する。

 コイツ、大鎌の振りの大きさをわかった上で、敢えて壁際まで引き付けたな。

 俺が距離を読み違え踏み込み過ぎれば、大鎌は壁に当たり折れるだろう。

 だが、コイツが先に仕掛けてくるなら別だ。この構えであれば、剣が俺に届く前に間合いに入ったコイツの首を刎ねるだろう。

 

 

「......こわいの?」

 

「あ?」

 

 

 

 唐突にホワイトが口を開く。

 コイツは、一体何を言ってるんだ?

 

 

 ホワイトは怪訝な顔をした俺を見つめたまま、言葉を続ける。

 

 

 

 

「かまえたまま、なにもしない。それに、よくしゃべる」

 

 

「.........は、ははは!」

 

 

 

 

 安い煽りに、思わず笑いが出る。ずいぶん、俺の事を見下しているな。”使う側”の余裕か?

 …気に食わねえ。

 

 

「......割れとけ」

 

 

 左手を離し、大鎌を解放する。

 

 

「いま!」

 

 

 同時に、叫んだホワイトが剣を突き出し飛び込んでくる。この間合い、踏み込んだ俺の鎌は当たらず、ヤツの剣は俺の頭を貫くだろう。防ぐには鎌を引き戻して柄で受けるしかない。

 

 

 なんてのは読めてんだよ。

 

 

 大鎌を軸に体を反転させ、道を譲るような軽い動きで突きを躱す。そのまま足を踏み変え、突きを外し姿勢を崩したホワイトの後ろに回り込み、構える。

 

 武器狙いとはお優しいこった。

 

 そんなところも気に食わない。

 

「おおかた振り抜いた瞬間なら柄を盾にして防御するハズって計算だろ?アテが外れて残念だったな。さて、遊びは...」

 

 

 引き絞った大鎌を解放する。

 

 

「終わりだ!」

 

 

 高速で弧を描いた大鎌は未だこちらを振り返っていないホワイトの首を捕え…無かった。

 

 

「おりゃー!」

 

 

 大鎌が動き出すよりも早く、既にホワイトは剣を手放し、こちらも見ないままに蹴りを放っていた。

 

 それを認識し防ごうとした時には、既に俺たちの顔面にヒビが入っていた。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 やるな、だがただの靴底で砕かれるほど俺たちの体は脆くは…!?

 

 

 右手に衝撃が走ると同時、身体が割れるような嫌な音が響き、大鎌が急激に軽くなる。まさか、これが狙いか…?

 

 壁際に引き付けたのは、俺が下手を打って鎌を壁に当てるように…

 

 

 バランスを崩し、壁にもたれ掛かる。顔を上げれば、立ち上がったホワイトが俺へ剣を突きつけていた。

 

 

 負けた…?

 

 

 急激に身体から力が抜ける。

 

 

「チッ、こんなバカに……」

 

 

 尚も罵声を浴びせようとした俺の口に、再び透明な”檻”が絡みついた。

 

 そんな、せっかく、自由になったのに、俺はまだ何も…

 

 いくら口を動かそうとも、俺の口は動かない。

 

 

 ああ、俺に、初めから自由なんて無かったんだ。とっくに祈り疲れたはずだったのに、何を期待したんだ。

 結局、俺は自由になる事も、自由にしてやることも、何も出来なかった。

 

 ただの、道具。

 

 

 無力感に打ちひしがれている間にも、二人の会話は無遠慮に俺の耳へと入ってくる。

 

 

 

「...ごめんね、ホワイト。どこも割れてない?」

 

「うん、だいじょうぶ!ゴーストも、だいじょうぶ?あし、あたっちゃった...」

 

「平気よ.........ごめん、危ない目に合わせて」

 

「ううん、たのしかった!さっきのこ、なんておなまえなの?」

 

 

 ………は?

 

 楽しかった?さっきのが?

 

 い、いやそれはいい。

 

 俺の、名前…?

 

 

「え...っと、名前は無いの。この黒いところ、これがさっきの子」

 

「えー、ふべん!じゃあ、おなまえつけてあげる。...うーん、くろいから、くろ!」

 

 

 

 

 あんまりにもあんまりな名前に、動かなくなったはずの身体が急速に力を取り戻し、噛み付くように言葉が飛び出た。

 

 

 

「いやだ!なんだよその雑な名前!要らねぇよ!」

 

「おわ!びっくり」

 

「チッ、期待して損した...」

 

 

 …?

 俺、喋ってる…?

 

 

「わかった!いくぞー」

 

「な、なんだ!触んな......えぇ!?ちょっと、ホワイト!?」

 

 急に触られて混乱している俺の身体は、再び”檻”に包まれるが、以前ほどの強固さは感じない。柔らかくて、何時でも破れそうで…

 

 そこまで考えた所で”檻”とともにまた違った浮遊感が俺たちを包む。白いアホが俺を抱えあげたのだと気づいた時には、アホは既に凄まじい速度で階段を駆け下り始めていた。

 

 瞬きもしないうちに、先生の教卓の前で降ろされる。コイツ、何の為に…

 

 

「せんせー!おなまえください!」

 

 

 

 

 …マジ?

 

 

 

「......ホワイト、先生、説明がほしいかな」

 

「くろ、おなまえなくてふべん。でもくろはくろがいやなんだって!せんせーたすけてー」

 

「...ゴースト、説明を」

 

「あ、えーっと...僕の、内側の子とホワイトがお話をした時に、名前が無いと不便だなぁーって...」

 

「ふむ...そういうことならば」

 

「わ」

 

 

 先生が俺たちの頭を撫で回し、すぐ近くで見つめてくる。

 先生が、”俺”を見てくれている。

 

 

「よし、カンゴームだ」

 

 

 

 

 ひとしきり頭を撫でた先生は、そう告げた。

 

 

 カンゴーム、俺の、俺だけの、名前。

 

 

 初めての、”俺”のもの。

 

 

 …うれしい。

 

 

 

「......ふふ、先生、中の子も気に入ったみたいです......ちょっと、動かないで!」

 

 

 

(やめろテメェ!!こっちは余韻に浸ってんだ、ちゃちゃ入れてんじゃねえ!)

 

 

 

 

「カンゴーム、てれてるー」

 

「ホ、ホワイト......うるさい!お前、調子に乗るなよ?もし外でヤったなら俺は負けてなかった!」

 

 

 

 

 まただ、簡単に動けるし、話せる。どうなってるんだ。一回壊したら緩くなりましたってか?

 

 

 

 

「ん?カンゴームよ、それはどう言う...」

 

「丁度いい、先生こいつが......コホン!!い、いえ先生、かけっこで競走していただけです。それだけです…」

 

 

 

 チッ、チクってやろうと思ったが、さすがにゴーストが許さないか。まあいい。

 今はただ、この気持ちに浸っていたい。

 

 

 

 

「...そうか、だがもう夜も深い。競うなら明日にしなさい」

 

「はーい!」

 

 

 

 

 廊下を歩きながら、前を歩くホワイトを見つめる。コイツの奇行のせいで武器の件は有耶無耶にされたが、まあ、止めたのは止めたし、あとは自己責任って事でいいか。

 

 

「ふふ、カンゴーム」

 

(…なんだよ)

 

 

 小声で問いかけてきたゴーストにぶっきらぼうに返答する。

 

 

「僕も嬉しいよ」

 

(何がだ)

 

「名前があると、なんだか内側の君のこと、ハッキリと感じるんだ」

 

(あ?どういう事だ)

 

「うーん、上手く言葉に出来ないけど…今までは全部が混ざってて、君の心も体も、僕の中で溶け合ってる感じだったの」

 

(…それで?)

 

「今は、僕と同じなんだけど、でも違うところもあるって、分かるんだ…なんだか僕の方はふわふわしてるみたい」

 

(………そうか。しばらく見回りのシフトから外してもらうように調整するぞ。今の状態で上手く戦える自信は無い)

 

「あら?いっつも戦う時は口を出してばかりだったんだから、てっきり自信満々かと思ってたわ」

 

(言うのとやるのとじゃ勝手が違うんだよ…特に、お前が戦う時が心配だ)

 

「そうね、僕も少し肩慣らしの時間が欲しいわ……ホワイトに感謝しなくっちゃね」

 

(なんでだ。言っとくが、俺は武器の件も”声”の件も納得していないぞ)

 

「それでも、彼は僕たちに贈り物をくれたよ…ホワイト」

 

「なに?」

 

 

 無邪気にこちらを振り向いたホワイトからは、怒りも、不安も、恐怖も感じない。それは、随分と危うい事のように思う。

 

 月人の狡猾さは俺たちの予想の上を行く。純粋なのはいいが、それで攫われるなら最悪だ。”声”共の為にも、お前、

 

 

 

「くれぐれも、気をつけてね」

(くれぐれも、気をつけろよ)

 




☆ステータス紹介


name:ゴースト・クォーツ

硬度:7/10
靱性:7.5/10
INT:7/10
POW:8/10
DEX:6/10
 
特性:憑牢


name:カンゴーム

硬度:7/10
靱性:7.5/10
INT:6/10
POW:7/10
DEX:6/10
 
特性:磨陋



装備:大鎌

本来は長期療養所に敷き詰められた草の手入れを効率良く行う目的で、図書室に存在した古本に記載された武器から着想を得たラピス・ラズリによって工房へ提案された。
そのため、戦闘で使用するには「大鎌術」が必要になる。





スキルブック:大鎌術

古い時代の宝石によって作成された教本。
大鎌を使用した戦闘についての記載がある。

これを作成したのは生まれつき片足が無い宝石であったため、教本には空中戦の記述がなく、本来は地上戦かつカウンターに重きを置いた戦術であったようだ。

ラピス・ラズリによって、空中戦を含めた、高機動な戦闘法についての注釈が施されている。



かつての宝石が使用した武器として、六度の流星より得られた隕鉄を使用した大鎌についての記載があるが、そのような武器は長期療養所には存在せず、真偽の程は定かでは無い。
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