宝石の国Any%RTA フォス生存&月人消滅チャート   作:あじまる

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#10.5 奮迅忿怒

『起きなさい、ウェントリコスス』

 

『…んぅ…?』

 

 

 柔らかい手で優しく頭を撫でられたわたしは霞む眼を擦って起き上がった。

 となりでは弟がすやすやと寝息を立てていた。おかあさまは弟の頭も優しく撫でたあと、わたしにむきなおって手招きをしてくる。

 

 

『おかあさま…』

 

 

 胸に飛び込んだわたしを優しく抱きとめたおかあさまは、海面を見つめながら口を開いた。

 

 

『そろそろよ、ふたりとも、準備はいいかしら?まあ、準備するような物も無いけれど…』

 

『…そろそろ?』

 

『おい、まだ寝ぼけているのか。もうすぐ月人の迎えが来る。王族らしい立ち振る舞いが出来るよう気を張れ』

 

『おとうさま…』

 

 

 不意に厳しい声が響く。振り向くと、今しがた泳いできたのであろうおとうさまが顰め面でわたしを見ていた。寝ぼけた頭ではなんの事かわからず、目を回しているわたしを撫でながらおかあさまが声をかける。

 

 

『ふふ、少しくらいいいじゃない。何せ、やっとこの子達は苦役から開放されるのよ』

 

『しかしだな…』

 

『おとうさま、おかあさま、なんのお話?』

 

『……お祖母様が月人との間で協定を結んでくださったおかげで、我ら一族は徐々に月へと移住することが出来るようになったわ。初めに渡ったお祖母様から、移住が終わるまでの間この海を任されたけど、それも今日で終わり。我ら王族を最後に、全ての民は月に渡り、救われるのよ』

 

『あっ、そっか…今日なんだ……先に行ったみんなは元気かな』

 

『ええ、きっと元気よ……ごめんなさいね。王族に生まれたあなた達に、この痩せた海に最後まで残ることを強いてしまった。あなた達がこの海で過ごした時間は短いけれど、よくぞ、王族の務めを果たしました』

 

『おい、まだ終わっていないぞ。先に月へと渡った仲間たちを導くのも我らの務めだ。王は民を守るもの、かつての過ちを繰り返してはならん』

 

『は、はい!おとうさま!』

 

『だから厳しいってば…さて、迎えが来たようよ。この寝坊助は抱いていくわ』

 

『おい…雄だからといってアクレアツスを甘やかすな。俺のように強くなってもらわねば、皆を守る事など……』

 

『はいはい行くわよ。あまり待たせたらそれこそ面子が立たないわ』

 

『むう……』

 

 

 どこかホッとした様子のおかあさまにくっついて、海面に現れた月人ののりもの?に飛び乗る。

 月人……初めて見たけど、なんだかちょっと怖い。みんなおんなじ顔で、薄く笑ってて、何を考えているのかわからない。

 しがみついたわたしを宥めるように撫でたおかあさまは、海をしばらく見つめたあと『だしてください』といった。

 

 

 わたしたちの乗った足場がうねり、包まれるように閉じていく。家から離れる不安感と、先に行った仲間たちに会える期待感でふわふわ揺れているわたしは、おかあさまとおとうさまの間に座り、頑張って気持ちを落ち着かせた。

 

 だいじょうぶ。ちょっと怖いけど、おばあさまも、おかあさまも、月人はわたしたちを助けてくれるって言ってた。

 だから、きっと……

 

 

 

 

 

 

『なんなのだ、これは………』

 

『……うそ……』

 

 

 なにが、おこってるの?

 あの大きいのはなに?

 大きいからだ、大きい殻、あんなの、見たことない。こんなの、こんなの知らない。

 

 

『ね、ねえ!あなた!』

 

『オウ……ヨクゾ………ゴブジデ……』

 

『っ…………!?』

 

『オウ………オウ……』

 

 

 そんな、うそ、うそだよね?

 先に行ったみんなは、どこかで元気に暮らしてるんだよね?飢えることも、苦しむことも無いって……おばあさまはいったって……

 

 

『──────っ!!!きさまらァッ!!!』

 

 

 弾かれたようにおとうさまが月人に襲いかかった。一瞬で数十の月人を霧に変えたおとうさまは、そのまま奥に座っていた顔に何かを載せている月人に向けて突っ込んで行った。

 

 

『よくも!よくも謀りおったな!!皆を、お母様を返せ!!』

 

「王子、お下がりください」

 

「……ふむ」

 

 

 “おうじ”と呼ばれた月人が手を振ると、凄まじい熱が足元から吹き上がり、わたしは目を開けて居られなくなっておかあさまにしがみつく。

 

 

『そんな……』

 

 

 熱が収まり、おかあさまの声でおそるおそる目を開ける。

 

 削り取られたかのように半身を喪ったおとうさまが、”おうじ”の足元に倒れている。

 絶叫しかけたわたしの口をおかあさまが抑え、静かに前に出た。

 

 

『……どういうつもりだ。先代との約定では皆に食糧を提供し、月での生活を保証するといったはずだ。だが、こちらに来てみれば、姿を変えられ思考を奪われた同胞は、ただ捨て置かれているだけではないか。説明をしろ』

 

 

 聞いた事のない、底冷えするようなおかあさまの声に対し、おうじが口を開く。

 

 

「…我らは飢餓への解として合成食料を頼られ、それに応えたに過ぎない。しかし、何分初めてな事で、月の合成品が君たちにどのような影響を与えるかは未知数だったのだ。故に最初は私も断った。だが、度重なるコンウァラリウスの請願に折れる形で君たちを月へ招待したのだ」

 

『説明になっておらぬ!生活を保証すると言ったなら、この状況を黙って見ているのは筋が違うぞ!』

 

「保証はしている。見ろ、ここだけではなく、あの五つの月、その全てにアドミラビリスがいる。今やアドミラビリスは六つの月を埋め尽くす程に繁栄した」

 

『何が繁栄だ!お母様はこのような繁栄は望んでいなかったはずだ!』

 

『それは我々の預かり知らぬところだ…そして、コンウァラリウスの請願、その約束を果たしてもらうぞ、王族よ。忘れたとは言わないな?』

 

 

 “おうじ”はおかあさまを冷たい目で見つめ続ける。

 約束って、なに……?

 

 

『…下衆が!!』

 

「断れば君たちを保護するというコンウァラリウスの約束に応える義理は無くなるな。だが、協力すると言うならば、約束に基づきこの伴侶を救おう」

 

 

 足元に倒れているおとうさまを指しながら、淡々と、なんでもないかのように言い放ってくる”おうじ”を睨んだおかあさまは、絞り出すような声で一言だけ言った。

 

 

『…娘達には手を出すな』

 

「結構。伴侶の治療が済み次第、二人は別の月へと移ってもらう。子供達はお前たちに任せる」

 

「かしこまりました、王子」

 

 

 何を、いってるの?

 

 いや、

 

 いやだ

 

 

『いやだ、おかあさま!』

 

 

 縋り付いたわたしを抱き締めたおかあさまは、傍らで未だ眠っている弟をわたしに差し出してきた。弟を抱きとめたわたしを、おかあさまは包み込むように抱き締めて、声をかけてくる。

 

 

『お願い、ウェントリコスス。アクレアツスを護るのよ』

 

『いや、いやあ!』

 

『私にしてあげられる事は、もうこれしか無いわ……だめな王様で、ゴメンね……!』

 

 

 涙声の母に抱きしめられて、さっきの激しい熱とは違う、優しい温かさが流れ込んでくる。

 

 頭が、熱い、重い。

 

 いや、いかないで、おかあさま。

 

 おかあさまから受けとった熱が、身体の中が作り替えられる感覚に耐えられなくなり弟を抱き締めたまま倒れ込む。

 

 最後にわたしを撫でたおかあさまは、”おうじ”の後に続いて遠くに去っていった。

 

 

 

 

 

 

『あねうえ、ちちうえとははうえは、どうされたのですか?』

 

『……今は、たべるのだアクレアツス』

 

『ですが…みなは……』

 

『それでも、だ。今のわれらではやつらに勝てぬ……どうか、たのむ』

 

『……わかりました』

 

 

 

 

 

『あねうエ、なんダか、かラだが』

 

『……っ!アクレアツス……!』

 

 

 

 

 

 

 

『アネゥエ……オソバ…二』

 

『アクレアツス……大丈夫だ、私が居る……』

 

 

 生きるために、連中の差し出す餌を喰らい、アクレアツスは徐々に思考が覚束なくなっていった。もはや月に来る以前の幼い頃の面影は見えない。月の甘い水と砂によってわたしと弟の体は醜く肥え太り、知恵を奪われ、ただ飼われるだけの存在に成り下がった。

 

 母から受け継いだ王の証によって、朦朧とする意識を辛うじて繋ぎとめる。

 

 わたしが折れれば、我が一族は本当に終わってしまう。この地獄から目を背ける訳にはいかない。

 

 強く、ならねば。弟を、同胞を守る為に、大きく、強く、王に相応しく。

 

 月人の撒く餌を、嫌悪感をこらえて必死ですする。

 

 

 

 

 力だけではダメだ。情報も足りん。

 やつらの動きを観察し、求めている物を探すのだ。やつらの巣に目を向けて動きを観察する。

 

 

 時折月人共は、餌を撒いた後、同胞の身を切り裂いて石を取り出していく。同胞はその度に叫びをあげるが、わたしは動けない。

 やつらに襲いかかったところで、お父様のように焼かれて終わるだけだ。己にそう言い聞かせて同胞から目を背ける。

 

 今はただ、再起の為に情報を集めるしかない。

 

 

 月人共の狙いは、わたし達の身体から作られる石か……?

 

 

 その時虚空から月人共の乗り物が現れ、わたしは集中して動きを観察する。やつらは、何の為に乗り物を使う……?

 

 乗り物が開き、月人の群れが溢れ出した。その手にはキラキラと光る黄色い石が握られている。

 

 

 やつらの狙いは……石か!

 恐らくあの輝きは”骨”の者、我らの体から取り出している石のように、キラキラと輝く石を求めている……!

 

 

 これハ…取引に使えル……くそっ思考が纏まらん!しっかりしろ…!お母様に託された役目を果たすのだ……!耐えられなくとも耐えるのだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 もはやわたしの体は月に来る前とは比べ物にならない。巨大な殻に、強い体、溶かし削る汁もより強くなった……しかし、もうわたしの意識は持ちそうにない。お母様から受け継いだ熱も、今にも潰えそうな程に縮んでいる。

 

 もう限界だ。これ以上、己の恐怖に負けている訳には行かない。

 

 ……王子に、立ち向かわなければ。

 

 

 

 

 

 月人の巣を溶かし、近づいてくる雑兵をなぎ払いながら、声高々に叫ぶ。

 

 

『我は全アドミラビリスを束ねる王、ウェントリコススである!!王子と話させよ!!』

 

「うわっ、何あれー!」

 

「武器、武器取ってきて!」

 

「軍に連絡を……!」

 

 

 出来るだけ威厳がある様に、いつか聞いたお祖母様の口ぶりを真似、王として振る舞う。

 

 

『貴様らでは相手にならぬ!……ぐぁっ!!』

 

 

 何度目か、月人共を塵に変えた時、わたしの半身は強烈な熱に包まれ感覚が失われた。

 

 

「ふむ、確かウェントリコススと言ったか」

 

 

 振り返り、熱が来た方向を睨みつける。いつか見た王子がこちらに手をかざした姿勢で、なんでもない事かのように突っ立っていた。

 

 

「私に、何か用かな?」

 

 

 

 

 

 

『わしは当代の王、ウェントリコススじゃ。わしがお前たちの仕事を手伝う。その代わりに同胞を解放せよ。飲まなければこの巣を破壊し尽くす』

 

「それは困るな…さて、我々の戦争の駒になりたいという認識でいいか?」

 

『……そうだ』

 

「良いだろう」

 

 

 私の尊大な話し方が効いたのか、王子はやけにあっさりと許可した。

 面食らったのを悟られないように口を噤んだわたしに、王子は変わらない調子で続ける。

 

 

「知っての通り、我々は宝石を奪うために地上へと赴いている。お前にはそこで宝石を喰らい、連れ帰ってもらう。宝石次第では弟だけでなく、父や母も解放しよう」

 

 

 …なにかおかしい、都合が良すぎる。

 だが、どの道わたしに選択肢はもうない。この思考とて、いつ消えてもおかしくは無いのだ。

 困惑する私を他所に、王子は指を二本立てた。

 

 

「二点、押さえておいて欲しいのだが。一つ、宝石は必ず喰らってつれてくること。二つ、宝石は多ければ多い程いいが、透き通るような浅瀬色の宝石が最上だ。覚えたか?」

 

『……あいわかった』

 

「では直ぐにでも取り掛かろう。こちらに着いてこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだ?わたしはどうなった?

 痛む身体を何とか動かして光を目指して泳ぐ。やっと水面から上がれば、わたしの視界は色とりどりの光で埋め尽くされた。いや、違う、宝石だ。いつか月で見た輝きにそっくりだ。だがなぜ……

 

 

 ……思い出してきたぞ。確か浅瀬色の宝石とやらを取り込んだまでは良かったが、あの黒い宝石に殻を砕かれ、何とか水場に逃げ込んだのだ。頭を覆っていたモヤは払われ、思考が急速に回りだす。

 

 故郷の水に触れれば尊厳を取り戻せるなら、月にいる同胞を助けることも不可能では無いはず。だが、いまや巨大な身体は失われた。こんな矮小な身体でどうやってこいつらを連れされば…

 

 

「…フォス?」

 

『ええい揺するでないわ!今考え込んどるんじゃ!』

 

「フォスなのね!?」

 

 

 …このかわい子ちゃんは一体何を言っているんだ?

 

 

「すぐにルチルに直してもらいましょう!」

 

 

 誰かと勘違いしているのか…?

 もしやわたしが飲み込んだあの浅瀬色の宝石か!

 ならば、それに扮してこやつらを海へおびき出せば……!

 

 

 

 

「とりあえず、バラしますか」

 

 

 のぉぉおおお!!!

 

 ぜー、はー、肝が、冷えた……

 こやつら、感覚がわたし達とはまるで違う。おちおちやっておってはこちらの身が持たないぞ……!

 

 早いとこ、連れて行けるだけ宝石を連れていくしか……ん?

 

 

「んー?あなた、だあれ?」

 

「そうね、こんなになったら分からないわよね。すっごく変わってしまったけれど、あなたの先輩のフォスよ、フォスフォフィライト」

 

「そうなんだー。あなた、せんぱいとおなまえいっしょなんだね!」

 

 

 こいつ、あのフォスとかいう宝石と組んでいたのか?だが、相当な凡愚とみた。ダイヤモンドの言うこともまるで理解していない。

 こいつは、釣り出し易そうだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こころはみえない、みえないからこわいの。だから、たくさんおはなしするの!わからないことをわかるために!」

 

 

 ……くだらぬ。

 

 我らは同族同士ですら、わかり合うことが出来なかった。

 

 お母様から聞いた、我ら王族の罪。長きに渡る支配、それによって生じた民との軋轢は、もはや言葉で解決出来る域を超えていた。

 

 当時の王は膨れ上がった民草を飢えさせぬべく、海から食糧が消えぬようにと、各々が食べる量を制限した。だがそれが、これまで付き従っていた民草の怒りを爆発させた。枷を失った暴徒は故郷の全てを喰いつくし、なお飢えは満たされず。

 抑え切れぬ渇望により仲間同士を喰らい合うまでになった。

 

『全て、我ら王族の罪である』とお母様はいった。血に甘え、民草と言葉を交わす事を辞めた、我らの驕りが招いた滅びであると。

 

 だからこそ我ら王族は、月人との約定によって民草の最後の一人が救われるまでこの海に残り、責を全うしなければならないのだと。

 

 

 だが、約定は捻じ曲げられた。

 言葉など、その程度のものでしかない。

 言葉では、何も守れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修復されたフォスフォフィライトは、我らの言葉を解するようになっていた。

 先の考えは訂正しよう、いまやわたしが頼れるのは言葉のみ。幾千の言葉を尽くしてフォスを連れ去らねば、同胞を助ける事は叶わぬ。

 

 欺瞞で同胞が救えるならば、わたしは……

 

 

 わたしは、進んで非道へと入ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行こっか、海」

 

 

 ホワイトを帰らせたフォスはあっけらかんとそう言った。

 あまりに軽いノリだったので、自分の振る舞いも忘れて思わず突っ込んでしまう。

 

 

『いや、軽いのう!先生から禁止されとるんじゃろ?もっとこう、葛藤みたいな、あるじゃろ!』

 

「うーん……そう言われても……」

 

『わしが言い出した事だが、あの後輩を帰らせても良かったのか?おまえさん格別脆いんじゃろ、もし砕けたら帰って来れぬやもしれんぞ』

 

 

 どの口が、と思いながらフォスに声をかける。

 

 

「……うーん、でも、いいよ」

 

『なぜじゃ?』

 

「…僕は、どうせ役立たずだから。ホワイトは僕無しでもやって行けるだろうし、危ないところには連れて行けないよ。それに……」

 

 

 フォスはこちらを見つめて困った様に笑う。

 

 

「ホワイトも大事だけど、王も大事だよ。弱っててひとりじゃムリ......誰!?...ってホワイト!」

 

 

 こ、この凡愚、ついて来よった……!

 フォスの心配など知らぬ顔で……!

 

 ぎゃあぎゃあと言い合うフォス達を見て嘆息する。不死であるこやつらにも、互いを想い慈しむ心がある。そんな彼らを、わたしは……

 

 ……迷うな、大義の為に進み続けると決めたはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……われらにはわれらの心がある。それに、今更道を引き返すことが出来るとも到底思えぬ。われらは、自分や仲間を守るために、戦わなければならない…』

 

「なかなおり、できないの?」

 

「そうだよ、王の言う通りなら”魂”だって昔は仲間で一つだったんでしょ?」

 

 

 

 

 ……信じた者たちは裏切られ家畜となった。今更、仲良くなど出来るはずもない。

 

 

 

『……さあなあ、だが月にいた時感じたのは……月人は天敵がいる訳でも無いのに争いを好み、満足することがない。なんとなくだが、あの理由なき焦り様は、”にんげん”がそういう生き物だったのかもしれぬ』

 

 

「なら、僕らはずいぶん良い風に変わったんだ。僕らだけでもうまくやっていこうよ」

 

 

「ぼくも、おうさまとなかよくなりたい!これからもたくさんおはなししてね!」

 

 

 

 フォスとホワイトにかつての自分が重なる。この世の淀みを知らぬ、透き通った精神。だが、これからわたしの謀により、彼らの心は穢される。

 ……考えるな。

 

『…………ああ、そうだな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、にげてー!!」

 

『……許せ』

 

「な、なに!?」

 

 わたしの拘束から逃れたホワイトがフォスへと走るが、もう遅い。

 海面より飛来した矢が、フォスの全身に突き刺さった。恐らく服の下はヒビ割れ今にもバラバラになる寸前だろう。目の前で無数の矢に貫かれた先輩を見て、ホワイトが崩れ落ちる。

 

 

「せんぱ、い」

 

「……ホワイト、ごめ」

 

『…アクレアツスと、引き換えなのだ』

 

 

 砕かれて尚ホワイトを心配するフォスは、月人によって引き揚げられて行く。わたしは動かなくなったホワイトを絡め取り、月人の乗り物へと飛び移った。

 

 

 海上では引き揚げられたフォスが今まさに器へと載せられていた。器を抱える巨像の後ろには、見間違えるはずもない、愛しい弟が縛られた状態で眠っている。

 

 

 弟を見つめるわたしの耳に、不意に音が聞こえる

 

 

「つぎ、は?」

 

 

 こいつらは……この期に及んで…!!

 

 

『バカな!次を連れてこいだと!?約束と違う!!フォスフォフィライトに、ホワイト・ダイヤモンド、価値は十分のはずだろう!!…っ』

 

 

 叫んだわたしを焼かんと火を灯した槍が突きつけられる。思考がハッキリとしたときに見る火は、お父様が焼かれた光景と重なった。体が恐怖で強ばる。

 

 くそっ、今は従うしかない……

 でも、そのあとは……?

 いつまでこんな事を……

 

 

『……向こうもバカではない。二名も行方が知れぬ上で同じ手が通じるとは思えん。フォスとホワイトを餌にするなら……そうだな、孤立していて察しのいい、シンシャなら』

 

 

 思考とは裏腹に、口は弟を救う為に考えを纏め出す。

 

 ガシャ、と硬いものの擦れる音で顔を上げると、巨像の手元からフォスが身を乗り出して、こちらに懇願するような目線を送ってくる。

 ……あの日の、お母様の背を見つめるわたしに重なる。

 

 気づけばわたしの口は勝手に動いていた。

 

 

『……やはり、この二名が限界だ。私はもう怪しまれている。戻っても……』

 

 

 言い終わらないうちに炎が大きく揺れた。月人共がこちらに火槍を突きこんで来たのだ。それを認識しても、わたしの体は石になったかのように動かない。

 

 こわい。

 

 痛いのは、嫌だ。

 

 お父様、お母様……!

 

 

 

「……………だ、め!!!」

 

 

 身を焦がす熱の代わりに強い衝撃が体に加わる。一体何が……

 

 目を開ければ、今まさにわたしに突き立てられようとしていた火槍は、ホワイトの口によって受け止められていた。

 

 …まさか、わたしを助けたのか!?

 なぜだ!?

 

 

「────っ!ホワイト!」

 

 

 

 フォスの叫びが上がる。

 

 

 

 

『おまえ、なにを……!』

 

「おゔ、ざま…!にげ、て……!」

 

 

 口元から赤熱した液体を零しながら、ホワイトは強く雲を蹴った。反動で絡みついたわたしも空中へ放り出される。

 

 待ってくれ、まだアクレアツスが……!

 

 

 視界が途切れる寸前、わたしの視線はアクレアツスではなくフォスに吸い付いて離れなかった。

 

 落ちゆくこちらを見つめるやつの目には深い絶望、恐怖が浮かんでいたが、何よりも、安堵が浮かんでいたのだ。

 

 

 

 

 海面に叩きつけられて、ホワイトに引っ張られるようにそのまま沈む。

 

 こいつも、フォスも、騙されて利用されようともなお、誰かを思いやるというのか。

 

 もしかすれば、彼らとなら、良い関係を築けて居たのやもしれない。だが、その機会は喪われた。

 

 フォスはすぐにでも連れ去られるだろう。当然アクレアツスも同じだ。今からでもホワイトを差し出せば……

 

 

 ……無理だ。

 

 身を呈してわたしを守ってくれた彼を、やつらに渡すことは出来ない。もう、わたしは非道を行けない。こんなにもつらく、苦しい道だとは思わなかった。

 

 すまない、皆の者。

 

 すまない、フォス。

 

『すまない、ホワイト』

 

「……」

 

 

 わたしは半端者だ。

 仲間を救う為と大義を掲げ、純粋な彼らを利用しながら、怖気付いて何も出来なかった。

 

 少しづつ離れていく黒雲を見つめてわたしは拘束を緩める。

 

 

『……もはやわたしがお前を、お前達を傷つけることは無い。丘へと逃げるがいい。それともわたしを斬るか?……好きにせよ、わたしにはそれだけの咎がある』

 

 

 脇に落ちていた剣をホワイトへと差し出す。これが傲慢だと言うことは承知だ。裁かれる事を望む資格すら、本来わたしには無いだろう。

 

 

「………おゔ、かな゙しい?」

 

『……わたしには悲しむ資格が無い』

 

「どう、じて?」

 

『…自らの目的の為に、おまえ達を騙し、引き裂いたからだ』

 

「なんで、だま、じたの?」

 

『………わたしは…!家族を、助けたかった……!でも、でも……もう、むりだ…アクレアツスも、お父様も、お母様も、みんな月に囚われた…ごめんなさい……ごめん…なさい……』

 

「……ごえ、きごえる」

 

『……え…?』

 

 

 突然ホワイトの声色が変わり、うずくまった身を起こす。ホワイトの体は海面の夕陽を受けてか、ゆらゆらと橙に輝いている。

 

 

「…わがった、これが、おこる、ってこと?」

 

『……ホワイト?』

 

「……おねがいみんな゙、ちがらを、かじて」

 

『…っ!な、なに…?』

 

 

 橙の光が強まると同時に、ホワイトの体から強烈な熱が放たれた。堪らず後ろに下がったわたしを見据え、ホワイトは毅然と言い放った。

 

 

「……わるい゙こと、は、ゆるざない。みんな、たすげる!!」

 

『うぅっ…!』

 

 

 瞬間、強烈な熱と泡、少し遅れて波がわたしを襲った。

 

 衝撃が収まった時、海中にホワイトはおらず、顔を上げたわたしの瞳には、去りゆく黒雲に追いすがる、煌々と輝く赫い星だけが映っていた。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 王とホワイトが落ちていった先を伺っていた月人が、困惑した様子で周りの月人と顔を見合わせている。

 

 

 僕、これからどうなるのかな…

 

 ホワイト、巻き込んじゃったけどちゃんと逃げれるかな…

 

 王、怪我してないかな…

 

 不安だけがぐるぐると渦巻く。

 

 そのうち、ゆっくりと雲が上昇を始めた。ああ、もうすぐ僕は月に攫われるんだ。

 

 

 あの時、ホワイトを無理にでも返していれば。

 あの時、僕がもう少し早く避けれていれば。

 

 僕が、もっと強ければ。

 

 こんな事にはならなかったのに。

 

 

 はるか遠くに点のようになった丘が見える。

 

 先生、みんな、シンシャ、僕のこと、心配してくれるかな?

 

 …ホワイトは、僕のこと忘れないでいてくれるかな?

 

 

 

 いやだ、行きたくない。

 

 誰か、助けて。

 

 誰か、

 

 

「たすけて!!!」

 

 

 

 僕が叫んだ瞬間、巨大な水柱が上がり、その中を一筋の流星が走った。

 水煙を貫いた赫い流星は、僕らの頭上を飛び越えて、黒く冷え固まり始めた。足元からは弦の音が響き、音を追い越すように無数の矢が落ちゆく黒い塊に吸い込まれていった。

 

 徐々に速度を上げた塊は矢を全て弾き飛ばし、轟音を立てて僕らの乗る足場へと落ちた。

 

 

「な、なに……?」

 

 

 月人が囲む塊を見つめる。

 黒と灰色が混ざったような岩の塊、でもなんで飛んできたの…?

 

 王かホワイトが投げた……?

 

 でも、なんか光ってたし……

 

 

 取り留めの無い考えは、岩から響く甲高い音によってかき消された。

 

 甲高い音が響く度、岩を囲む月人が一体、二体と霧散していく。あれ、割れてる、ような……?

 

 一層甲高い音が響いた瞬間、黒い塊は弾け飛んで、内側から夕陽にも負けない輝きと、炎が溢れ出した。

 

 いや、あれは、炎じゃない。

 

 

「……ホワイト!?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 割れ飛んだ岩の影から、光る棒を高く掲げたホワイトが見える。その体は棒と同じく眩い光を放っており、服からはメロンが電撃でやらかした時のように炎が上がっている。

 

 

 ゆらりと揺れたホワイトは、燃える棒をこちらに構え、砕けた口を動かして叫んだ。

 

 

「ぶっこわじてやる!!!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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