黒属性でもエースカードになれますか?   作:秋巻灰兎

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 序章 輪廻
第1話 見たことある


 

 暗闇が包む狭い部屋のベッドから赤い髪がひょっこり出ている。部屋の中央に揺れる人影が覗き込むように距離を縮める。はらりとこぼれた髪が額に掛かっても、赤髪の少年は身じろぎ一つしない。人影は吐息がかかる距離でささやいた。

 

火路(ひじ)エンマ……ボクを使いなよ。そしたら負けることなんかないのに」

 

 言葉が世界に染み込めば実現すると信じているように、何度も何度も繰り返す声はまるで呪詛だ。自身の境遇を嘆き語り掛ける姿は、煤で汚れた衣服と相まって亡者にも見える。

 

「エンマ……ボクを」

「だぁぁぁぁうるさぁい!!!」

 

 エンマと呼ばれた少年は勢いよく布団を蹴り上げ、眉間にシワを寄せて人影を睨みつけた。人影は少女だった。惜しげなく晒した肩をおどけるようにすくめてみせた。黒の衣装にベルトを通し、スカートは燃やして丈を合わせたように焦げ跡が裾に残る。この少女こそが精霊としてのボクだ。かなり顔がいい。その顔に不満を滲ませて話しはじめた。

 

「びっくりした。もう、急に大声出さないでよ」

「毎晩毎晩、嫌がらせされたら大きい声になるぜ!このままじゃ寝不足だ!」

「寝不足って、まだ10時じゃん。それに大きい声出したら、周りに迷惑だよ」

 

 使われないカードの身にもなってほしい。ボクも罪悪感はあるけれど、こっちの気も知れないで呑気な顔で眠られるとつい魔が差すのだ。

 

「ねえエンマ、ボクを使いなよ。ライフが1枚増えるみたいなもんだし、サーチ効果まで付いてる美少女カードが自分の精霊なのに使わないなんてもったいないよ」

「嫌だ!お前黒属性だろ。俺は赤属性のデッキで戦いたいんだ」

「じゃあ赤黒で組もう」

「種族も噛み合ってないし、それに……」

「それに?」

「……なんでもない。寝る」

 

 エンマはついに頭まで布団ですっぽり覆って、聞く耳を持たない姿勢を取った。エンマとは顔を合わせる度に口論してる気がする。自分のデッキで戦う願望を崩さない彼はボクの主張に一切聞く耳持たず、実世界に干渉できない"精霊"としては、甘んじるしかない現状が辛い。"精霊憑き"の人間は千人に一人。選ばれし者が手にできる自分だけのオリジナルカードであり、カードゲーマーとしては心躍るものだ。まして美少女カードともなれば、ボクが所有者なら至る友達に自慢して回るのに。

 

 ……まてよ、美少女? 

 

「もしかして美少女カード使って、『こいつエロだぜー!』って言われるのが嫌とか?」

「……」

 

 布団バリアは聞きたくない声を遮断するようだ。この反応はどっち? そりゃあ思春期真っ盛りな中学1年生だけど、それが理由で使わないのはこの世界の住人としてどうだろうか。この調子だと使ってくれる日は遠いかも。展望のなさにため息が漏れ出る。今はデッキ相性のせいということにしておこう。

 

 エンマが拗ねたらやることがない。ボクも寝ようと、敷布団に倒れこんだ。これを敷いてくれるのはエンマだから本気で嫌われると困る。いざと言う時はカードの中で眠れるけど、元人間には居心地が悪いのだ。だから、この布団はボクのわがままその一ということで、そのわがままを聞き続けて嫌になるエンマの気持ちは分からなくもない。

 

「おやすみエンマ。今度パジャマ買いに行こうね。光らないやつ」

 

 子供っぽさが抜けないエンマにくだらない言葉をかけながら、意識は遠いところあった。あの時、ボクが精霊にならない未来もあったのだろうか。あるいは、もっと前、ボクがこの世界で目覚めた日に運命は決まっていたのだろうか。やがて思考はほつれて意識がまどろんでいった。

 

 

 

 

 

 はじめは夢のようだと思った。浮遊感だけが存在し、頬を抓ろうとしても、その頬も指も存在しなかった。ほんの数日前までカードゲームが取り柄なだけの平凡な学生だったものは、精霊でもなく、幽霊にすらなれない、意識のあるレンズとでも言うべき姿になっていた。それがボク。目を覚ましたのは、赤い三角屋根をした見知らぬ家で、今は三人家族の四人目としてお邪魔していた。ここがのちの所有者となる火路(ひじ)エンマの自宅で、この時は誰も僕を認識してくれなかった。

 

 この姿で出来ることは少ない。物体は触れず、通り抜ける。浮けるのは地面から二メートルの高さまで。遠くまで行けるけど、大体十時間を過ぎると見えない糸に引っ張られるようにこの家まで引き戻される。そんな状態でも、暮らしているとこの世界は僕の居た世界とは異なった文化が発展していることが分かってくる。顕著なのは平日のテレビ番組で、例えば

 

『昨日車で出掛けたまま夜になっても帰宅せず行方不明となっていた男性でしたが、公民館の職員が"エクスファイト"をしていた姿を発見し、通報しました』

『いやー、そうですねぇ。最近は上司が部下にデッキの内容を訊くだけでも"デキハラ"なんて言われる時代ですからねぇ』

『つまり、佐藤さんのデッキが燃やされた本当の時刻は20時45分。誰もが偽の時刻に振り回される中、唯一正確な時刻で言及していた人が居た……そう、犯人は貴方です!』

 

 ニュースにバラエティー、刑事ドラマにまでカードゲームの影が散見されるのだ。さらに共通してタイトルに限定されている。

 

 "エクスファイト"

 

 元の世界にもあり、カードゲーマーなら知っている程度の知名度のまま十年目に入っていた、ボクがこれ以上なくのめり込んでいたタイトルだ。目が覚めたら好きなカードゲームが中心の世界だなんて、夢のようだと思うでしょ。実際には目の前のご馳走を食えない拷問のような悪夢だけど。

 

 暇を持て余し辺りの風景も見飽きてくると、火路エンマの観察に楽しみを見いだすようになった。彼が学校に行って帰ってくる時間がちょうどよかった。

 

『古代の力で未来を拓け!<始原竜トアルシアン>顕現!』

「うおぉ……かっけぇ」

「緑のドラゴンかー。欲しいなー」

「俺らが買えるのはもっと後だよ。都会の奴らはいいよな」

「今度買いに行こうぜ。電車乗ってさ」

 

 この日は商店街の宣伝に目を奪われたようで、ガラスにべったりとくっつきながら友達と一緒にブラウン管を食い入るように見つめていた。いっておくと、この世界の科学技術は元の世界と同じかわずかに進んでいるくらい。デジタル放送でどうやって電波を受信しているんだか。

 

「こぅら小僧!人の店にべたべたと手形をつけおって!」

「うわっ、今日は居んのかよ!?」

「やば!逃げろ」

 

 店の中から怒鳴り声。シャッターの目立つ商店街に幾重の足音が鳴り響く。年配の男が出てくる頃には、エンマたちは走り去った後だった。周りを巻き込む明るい性格に赤い髪。エクスファイトをこよなく愛するエンマをホビアニの主人公枠だと思っていたけど、今のところ年相応の悪ガキといった感じだった。あるいは、数ある主人公達の日常を切り取ると案外こんな感じなのだろうか。徐々に彼が特別でない可能性に傾いていくが、簡単に割り切れない理由もあった。

 

 そう、やたらキャラの濃いライバルの存在である

 

「カイト、今日はファイトしないって、なんでだよ!?」

「今日だけじゃない。今後一切、お前とファイトすることはない」

「待てよ!……どうしたんだ、あいつ」

 

 ライバル、決別。学校では終わりの会が済むと、クラスがエクスファイト会場と化す。そんな中、エンマの誘いをにべもなく断ったのが海堂(かいどう)カイト。学校一の座をエンマと争う男である。エンマと毎日ファイトし合う仲だったけど、昨日まで何ともなかった態度が豹変していた。

 

「エンマー。悪いことしたなら謝りなー?」

「な、なにもしてねえよ。……してねえよな? ちゃんと訊いてくる!」

 

 クラスメイトの言葉を背にエンマは教室を飛び出した。階段を二段飛ばしで下っていき、追いついたのは傾きだした日が照らす下駄箱の前だった。

 

「いったいどうしたんだよ。俺が悪いことしたなら謝るから!」

「これは俺の問題だ」

「どんな問題なんだ?教えてくれれば、オレも手伝うぜ!」

「俺に一切関わらないこと。それがお前の出来る手伝いだ」

「……どうしても言わないつもりかよ」

 

 そういってエンマは腰に手を伸ばした。カラビナで留められたデッキケースに手が触れる。カイトはゆっくりと振り返る。その手に、デッキが一つ握られていた。エンマはデッキを見て、嬉しそうに目を輝かせる。彼らにとってエクスファイトは口よりも雄弁で、カイトがデッキを手にしていることは、対話の意思の表れだ。

 

「へへ、そうこなくちゃ!」

「お前を黙らせるには、こっちの方が効率がいい。正真正銘最後のファイトだ」

「いいや、オレが勝ったら飽きるまで付き合ってもらうぜ! そんで何があったか聞かせてくれ!」

「なら、俺が勝てば、二度とファイトを誘わないことだ」

 

 こういうのでいいんだよ、こういうので。ボクの心情はそんな感じだった。深い事情を抱えるライバルに熱い気持ちをぶつける主人公。譲れない想いと想いの行く先がエクスファイトにのみ委ねられる。熱くなってきました。

 

「俺たちが戦った回数を覚えているか、エンマ」

 

 海堂カイトは生粋のデータキャラである。一本の棒が入ったようなピンとした姿勢に眼鏡を直す仕草が光る。勝利に必要なのは計算だ。彼のモットーであった。

 

「昨日までで999戦。俺は500勝499敗。勝率は50.05%。だが、これまで2勝以上差が開いたことはない」

「そうなのか? じゃあ今日戦ったらオレが勝つな!」

「そうはならない。こい、ミラジュエル」

「ほっほ、お呼びですかな?」

「……!!本気だな、カイト!」

 

 カイトは自分の精霊を呼び出した。1枚のカードから光が溢れ、光が束なり形作っていく。現れたのは、色とりどりの宝石で出来た甲羅を持つ亀の精霊。精霊の力によって両者の目の前に光のプレイエリアが広がった。精霊を展開したエクスファイト、"精霊ファイト"はこの時のエンマにとっては二度目、ボクにとっては初めての光景だった。ダメージのフィードバックが危険だからと、二人は精霊ファイトをしない取り決めをしていたそうだ。カイトはエンマを本気で突き放そうとしていた。

 

「お前が勝てる確率は0.1%未満だ。それを証明してやろう」

「望むところだ!」

 

 データキャラの確率ってあてになんないけど大丈夫かな。

 

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