「ターンエンドだ」
「おーほっほっほ!ワタクシの威光にひれ伏しましたわね!」
アマリリスと呼ばれた精霊が小さな体をせっせと揺らすと花びらが舞って、勝利を祝う花吹雪のように振り撒かれた。カノンにターンが回ってしまえば、攻撃を捌く手段がデッキにないことをボクはよく知っていた。エンマのターンエンドは実質的な敗北宣言であった。
「そこまで!」
カノンがとどめの一撃を繰り出す直前に審判が遮った。白熱した攻防から一転、あっさりとした決着だった。あと一手、追撃の手札があればという悔しい敗北にうなだれるよりも、先に会場から拍手が沸き上がった。広大な<エコトーン・モリガルヒ>と”タレット”モンスターの砲撃が織りなす多重奏は体育館の中でも目立っていて、それを追い詰めたエンマと<アンストッパブルライガー>の奮闘は多くが注目する一戦となっていたのだ。
「熱いファイトだったぜ1年!」
「よかったぞ!ナイスファイト!」
賞賛が聞こえたのか、エンマの顔にわずかな喜色が浮かんだ。敗北は悔しくても、熱いファイトを届けるという夢の一節がこの場では叶ったのだ。複雑な心境だろう。周囲が落ち着いた頃にカノンが声をかけた。
「あなた、名前は?」
「ファイト前に名乗らなかったっけ?」
「価値のない名前を記憶するのに私の脳を使うのはもったいないでしょう?」
「すげえこと言うなお前」
とんでもないお嬢様の理屈をぶつけられて引きつった顔をしていたが、裏を返せば花朱鷺カノンに認められたということに思い当たって、親指で自分を指しながら自信満々に答えた。
「オレの名前は火路エンマ!次は負けねえからな!」
「ええ、同じ学校に在籍する身ですもの。すぐに次は来ますわね」
彼女は次という言葉をおかしそうに笑って踵を返した。彼女の完璧な笑顔の仮面は追い詰められたときに剥がれたのか、年相応なふわりとした笑みだった。
空が夕焼けに染まる時間に閉会式が行われた。校長が登壇して式辞を読み上げる。入学式とは打って変わった、大会の熱を冷ますような静かな口調で始まった。
「中学校へ進学すると全く新しい人間関係がスタートします。ともに競いともに学ぶ相手との出会いは貴重な財産になります」
真面目にできるなら最初からそうしてほしかった。あるいは大会が終わって満足したからだろうか。年月に裏打ちされた含蓄ある校長の言葉が生徒の耳に流れていく。
「大会では勝敗が決まります。勝つと嬉しく、負ければ悔しいと感じるのは当たり前です。しかし、敗者を見下し勝者を恨むことはいけません。皆さんがファイトした相手はこれから勉学をともにする仲間になります。ともに手を取り合い、他者を尊重し学びあえる柔軟な姿勢が大切なのです。それは社会に出てからも必要とされる姿勢です。社会では人種や階級といった枠組みで差別するような大人が多く存在します。どのような人とファイトすることになっても、みな同じ地球に住まう人間ということを忘れず、誤った物差しではない、相手の本質を見抜く真の目を培っていくのが私の願いでもあります。それから……」
大会の疲れもあって、立ちながらうとうとする生徒が見え始めた。エンマもその一人だ。やっぱりどこかしらぶっ飛んでるほうが生徒にとってはいいのかもしれない。ようやく長かった校長の話も結びに入った。
「それでは、”ニュービー・イタダキ・トーナメント”の表彰式を行います。名前を呼ばれた選手は壇上に上がってください。3位──
桜のような髪を揺らして女の子が壇上に上がっていった。校長から賞状と透明なケースに入った銅のメダルが手渡された。三位という結果が不服なのか、女の子は額に眉を寄せ受け取った賞状を睨みつけていた。
「2位──花朱鷺カノン選手」
賞状と銀メダルを受け取った彼女は先ほどの女の子とは対照的な笑顔で礼をした。本心が漏れ出る隙間もない完璧な笑顔は、二位という結果を喜んでいるように見えた。
「そして1位──海堂カイト選手」
決勝の舞台でカノンを打ち破り、新入生最強の称号を手にしたのはエンマのライバル海堂カイトであった。金メダルを受け取ってもそれが当たり前というように眉一つ動かさなかったが、拍手の海にまぎれた赤い一点で視線が留まった。なぜそこにいるのかと問いかけるような、挑戦的なまなざしだった。
「おつかれさま」
「あれ、母ちゃんは?」
「明日忙しいからってエンマが負けたあと帰ったじゃん。覚えてないの?」
「悔しさでなにも聞こえなかったぜ」
校門近くの桜並木まで来て思い出したように口を開いた。エンマのお母さんは初戦で負けることも考えていたのか、無事に勝ち進んだエンマを見て喜んだ様子だったけど、当の本人はもっと上を目指していた。世界一を夢見ているぐらいだし、同年代に負けてられない思いが強いのだろうか。
「惜しかったね。くじ運がよかったら決勝まで行けてたんじゃない?」
一回で負けが決まるトーナメントだと特に思う。くじ運悪く二位に当たったから負けただけで、実質三位じゃない?みたいな。だけどエンマの思いは違うらしかった。
「いいや、オレならカイトにリベンジ果たして優勝までいけてたね!」
「……それはどうだろうね」
ボクは跳ねるような足取りで前に立ち、落ちゆく夕日に被さりながら振り返った。精霊は物質に干渉しえない。この瞬間を写真で切り取っても、まさしく影も形もない。しかし、人の目だけはその影も認識できる。人の心に巣くう影なのだ。続く言葉も、その影のように暗い部分を広げようとするものだ。
「キミは花朱鷺カノンに敗れ、カイトは勝利した。じゃあキミとカイトが戦ったらどうなると思う?」
「そ、それは……デッキ相性とかあるだろ」
「たしかにそれもあるよ。じゃあキミがカノンに負けたのはデッキのせい?」
ボクと一本に繋がった影の上で、エンマのうろたえた様子が踊っていた。能天気のままでいられるとボクが困るのだ。もう少し危機感を煽ってあげないと、ボクの口出しを受け入れてはくれないだろう。
「それに何か月もカイトと戦ってないじゃん。向こうがどれだけ強くなったかなんてわかんないでしょ」
「……」
「なのにキミは精霊がそばにいながら耳も貸さないでいる。成長できる機会だっていうのにさ」
ボクはそれっぽい言葉を並べながら、うつむいて動かなくなったエンマに近寄っていく。自分の言葉に絶対的な正しさがあるとは思っていない。だけどエンマがボクの望む方向に歩いてくれるように、ねじ曲がったレールも必要なのだ。ボクの影がエンマを完全に覆った。顔を寄せ、耳元でささやいた。
「いまも変わらずライバルだって思ってるのは、エンマだけかもね」
数秒経っても互いは無言だった。ちょっと言い過ぎたかも。これだけだと、エンマを一方的に言葉で殴る悪い精霊である。エクスファイトの大会を前に待てをされた不満で、少し言葉が強くなったのもあるかもしれない。空気を変えるためにぱんと両手を打ち鳴らした。
「だからさ、アドバイザーとしてボクを使ってほしいの」
「……アドバイザー?」
「そう!制服の胸ポケットにボクのカードを入れてくれれば手札も盤面も覗けるからアドバイスできそうだし、それを聞いてどうするかはキミ次第」
「前はデッキがどうこうっていってなかったか?」
「<烈豪>デッキは手放したくないんでしょ?あれは忘れていいから!」
交渉とは100:0ではなく51:49を取ることが大事なのだ。相手に利益を与えながら、こっちがほんの僅かに有利な条件を打診するのだ。ボクはエクスファイトできて嬉しい。エンマも勝てて嬉しい。win-winだ。それでもエンマはすぐに頷いてくれなかった。人任せのファイトで勝ってもしょうがないという考えがまだ残っているのだろう。
「じゃあ1回だけ!お試しで!」
「い、1回だけ……?」
「うん。そしたらしばらく我慢してあげるから」
「……まあ、1回だけなら……いいぜ」
やったね。ボクはガッツポーズをつくって喜びをあらわにした。何事も心理的ハードルが一番高いのは一回目である。そこを越えるため、多くの人間が力を尽くしてきた。そうして乗り越えてしまえば、あとはなし崩しでどうにでもなる。ボクはにこにこ笑顔でエンマの隣に並んで寮まで帰った。次のファイトが待ち遠しいね。