黒属性でもエースカードになれますか?   作:秋巻灰兎

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第11話 登校日和

 宵闇が夕焼けを半分染める空の下、片付けの済んだ体育館を一番高い観客席から見下ろす男がいた。黒髪を後ろへ流し、両目は閉じるように細められていた。制服のシャツが悲鳴を上げる筋肉質な体躯は微動だにしない様子も相まって、男体の彫刻のようであった。

 

「メツ、探したよ」

「アスカか……何用だ」

 

 もう一人姿を現した、対照的に細身の男はアスカと呼ばれた。外国の血を引く顔立ちは、雑誌の表紙を飾ると彼を目当てに売り上げが伸びるほど端麗であった。銀色の前髪を払いながら偉丈夫の男に返事をした。

 

「クラブの仲間とやってたから腕が鈍りそうでさ、君を探してたんだ」

「ファイトの誘いか。手間をかけさせたな」

「いつもの道場にいなかったから余計歩いたよ。ここで何してたんだい?」

 

 両名ともこの学校で知らない者はいないほどの実力者であった。男は組んでいた両腕をほどき、固まった筋肉をほぐすように身体を上部から順番に回していった。

 

「見慣れたはずの風景に跡形もなくなった大会の面影を感じていた。わずか数時間前の熱気が露と消え、正反対な静寂だけが残る。盛衰の理は残酷だが、心を揺さぶる趣がある」

「だから映画はエンドロールまで見るべきだって?」

 

 気心の知れた間柄らしく、数日前から引きずっていた愚痴をアスカは冗談めかして言った。メツの反応も軽いもので、ふっと息を吐いて笑った。

 

「お主は急ぎすぎだ。大会も見ることなく部室に籠りよって」

「自分のエクスファイトに当てた方が有意義な時間だと思ってね。君も同じ意見じゃなかったかい?」

「世話になったクラブ存続のためだ、有望な1年は勧誘せねばならん。お主も付き合え」

 

 メツは二年生のうちから所属するクラブへの義を果たそうとしていた。一方のアスカをそれを退屈そうに聞いていた。彼が興味を持つのは自分の糧になるエクスファイトができること、それだけだった。その点では、彼はクラブに微塵も愛着を持っていなかった。

 

「強い子がいるならいいよ。そこはどうなんだい」

「そうだな。戦術、構築、精神力……実力を判断するには煩雑だが、はっきりしていることがある」

 

 こうなることを予見していたように続く言葉は達観としていた。

 

 

 

 

 

「誰も彼も、弱すぎる」

 

 

 

 

 

 寝て起きれば待ちに待った登校日。ボクは学生時代をもう一度味わえる機会にうきうきとしていたが、人に知られないよう制服の胸ポケットにカードとして収められているから誰にも伝わらない。暇だし所有者であるエンマにだけ届く声でちょっかいをかけた。

 

『エンマ。左右別々の靴下履いてること気づいてる?』

「おう」

 

 エンマはどこか上の空。返事だけして確認しようともしなかった。周囲に目もくれないし、ボクにだけ塩対応というわけではないみたい。そんな彼も校門前の不自然な人だかりには気付いた。中心にあるのは、磨かれた黒と異様に長い車体の高級車、いわゆるリムジンであった。どこかで見たことある燕尾服がドアに手を掛け、これまたどこかで見たことあるエメラルドグリーンが降り立った。

 

「皆さまごきげんよう」

 

 そう言って笑顔を振りまくのはご存じ花朱鷺カノンである。彼女の傍まで物珍しいリムジンに集まった人だかりから幾人かが歩み寄っていった。始まった談笑には既に構築された関係が潜んでいて、大勢は距離を空けそれを取り巻くばかりだった。

 

『有名人ってのは大変だね』

「あれじゃファイト頼むのも一苦労だぜ。……ん?」

 

 エンマの正面、カノンらが向かう先にも同じような集団ができていた。彼らは割れるように広がって、中にいた一人のために道を開けた。その人物を短く言い表すなら銀髪外国籍のイケメンくんといった感じの人だかりができるのも納得の容姿をしていた。彼が軽く手をあげカノンに話しかけると、彼女と談笑していた人は下がり、二人だけの空間を囲う形になった。

 

「やあカノン嬢、入学おめでとう。君と学び舎を共にできることを嬉しく思うよ」

「アスカ様……いえ、もうアスカ先輩ですわね。身に余る光栄ですわ」

「入学早々その傑出した腕前を披露したと聞いたよ。どうかな、良ければ僕らのクラブに力を貸してくれないかい?」

「まあ、私を”双門会(そうもんかい)”に。ですが、全国制覇を目指し鍛え抜かれた豪傑にまじるなんて、恐れ多いですわね」

 

 ボクは登校初日の面白そうなイベントに野次馬根性をむき出して、エンマをせっつき取り巻きに加わらせた。カノンの調子は変わらないようで、にこやかな彼に優雅な礼を返すが、のらりくらりとした返事がベールのように本心を掴ませないでいた。

 

「クラブってなんだ」

『それを知らないで入学できるのはエンマぐらいだよ』

 

 その呟きを拾い上げた。エクスファイトの地位の高さはさるもので、頂希中学校にあるエクスファイトに関連した部活動は総称してクラブと呼ばれている。サッカーや水泳、剣道などの部活動に並んで、五十ものクラブが存在しているのはさすがの一言。”双門会”もその一つなのだろう。

 

「なるほどな。双門会ってやつは強えのかな」

「強いですよ。なにせ日本チャンピオンが所属していますから」

 

 二度目のこぼれた呟きは横にいた金髪の女子生徒に拾われた。気になる単語を当たり前のようにぶつけられて、噛み砕くのに少し時間がかかった。エンマも同じことを思ったらしい。

 

「……日本チャンピオン?」

「花朱鷺カノンと会話している彼、天光(てんこう)アスカがそうです。正確には天光ミハエルアスカだそうですが」

 

 話を聞いていけば、十八歳以下のユース大会などを飛び越して去年の日本大会を最年少で優勝し、テレビにも引っ張りだこ。当時は番組のゲストとしてアスカを見て、合間のコマーシャルにもアスカを見て、次の番組でもアスカを見るという日が何日も続いたのだとか。言われてみれば駅や街の広告で見たことある気がする。

 

「日本で一番強いやつが目の前に……!」

 

 エンマは意を決したように握り拳をつくり、人ごみをかき分け二人の立つ空間に躍り出た。現れた第三者にすべての視線が注がれた。エクスファイト大好き少年にしてみればこれほど心躍る相手もいないだろうが、昨日焚き付けたのも影響しているのか、なりふり構わない姿にどこか焦りが見て取れた。

 

「天光アスカ、オレとファイトしてくれ!」

「えっと……誰かな?今は忙しいんだ。サインくらいなら書いてもいいけど」

 

 熱烈なファンと思われたのかエンマの真剣なまなざしは髪をいじりながら適当にあしらわれた。周囲からひそひそと漏れる声も、後ろ指を指すような不快な音に聞こえてくる。

 

「オレは火路エンマ!日本一の実力ってやつを知りてえんだ!今できないなら放課後でも……」

「断る」

 

 なおも食い下がらないエンマを相手してられないと、彼は力強く言い切った。

 

「悪いけど、僕とファイトしたい人なんて星の数ほどいるんだ。せめて、名声か実力どちらかの整理券を持って並んでくれなきゃ」

「あら、私の腕前を評価するなら、追い詰めたエンマも十分な実力ではありませんか」

「……それでも勝利したのは君だろう」

 

 意外な方向から助け舟がやってきて、アスカは通りの石畳をかかとで叩く仕草をして言葉を選んだ。

 

「今日はもういいや。カノン嬢、双門会はいつでも君を歓迎するから」

 

 アスカは背中を見せると校舎に向かっていき、その後ろを大勢がついていった。エンマへの返答を本気にしてサインをねだる生徒が何人か見えた。

 

「話の途中に入ってきて悪かった」

「構いませんわ。むしろ感謝したいほどですもの」

「感謝?」

「ふふ、忘れてくださいまし」

 

 カノンは笑ってはぐらかし、会話を切り上げて去っていった。首をかしげるエンマに説明するなら、花朱鷺の名を背負っている以上日本チャンピオンを無下にはできないけど、カノンとしては面倒くさかった勧誘に横槍を入れてくれてありがとうといった感じではないだろうか。

 

「複雑なんだな」

『そう?むしろエクスファイトが強ければいいって単純な話だと思うよ』

 

 生徒の流れに乗って教室にたどり着いた。お利口に座っている生徒を見回して目的の人物がいなかったことにエンマは嘆息した。

 

「カイトは別のクラスか」

『カノンもいないね』

「ようエンマ!お前も同じクラスなんだな!嬉しいぜ」

「おわっ!?って(はやし)タツか」

 

 茶髪の男子生徒が勢いよく肩を組んできて、わずかによろめいた。彼はたしか大会の二回戦で当たって、ファイト後もエンマと長く話し込んでいた相手だ。普段のエンマと似たテンションなのでウマが合うのも納得である。二人は喋りながら席に着いて始業のチャイムを待った。

 

「そういえばエンマ、精霊はどうしたんだよ。どんな精霊が憑いてんのか気になってんのに」

「あー……そう、恥ずかしがり屋なんだよ。あんま人前に出たくないって感じ」

 

 ふーん、そういう設定で行くんだ。ま、いざという時は勝手に顕現できるからいいけど。むしろ後になるほど期待値が高まるから、早めにバラした方がいいと思う。これから何度も聞くことになるだろうチャイムの記念すべき一回目が鳴って、担任となる先生がスチールの扉を開けて入ってきた。半袖のシャツには汗跡一つない。

 

「はじめまして皆さん。まずは入学おめでとうございます」

 

 お祝いの言葉とともに新品の黒板に白い文字が刻まれていく。見事な達筆で名前を書いた。

 

「まずは私から自己紹介を。皆さんの担任となります、四位(しい)ケンサです。簡単な漢字ですのでぜひ覚えてください」

 

 教壇に立ったのは、ボクらの試験官をしていた人であった。彼は席の端っこから順に生徒の名前を読み上げていく。

 

「おお、あの人が先生してくれんのか」

『嬉しいの?』

「もちろんだぜ。ファイトすれば誰でも友達だ」

 

 エンマは何の不安もないような嬉しそうな様子だった。気付かない様子にしびれを切らしてボクは懸念点を話した。

 

『学校で唯一ボクの事を知ってる人じゃん。口を滑らせちゃうかもよ』

「……あ」

 

 エンマは情けない声を漏らした。そうなってくれた方がボクにとってありがたいんだけどね。どう対応するのかお手並み拝見だ。

 

「火路エンマさん」

「は、はい」

 

 さっきまでの嬉しい様子はどこへやら、冷や汗を垂らして返事をした。

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